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篝人(かがりびと)  作者: Mei.(神楽鳴)
20/23

二十、

二十、


「すまないね。」

結局、おかゆも食べずに寝てしまった住職さんの傍で、私は狐とオハジキをして遊んでいた。医者を呼んでこようかとも思ったが、私たちの姿は人間には見えない。住職さんが起き上がるのを、私たちは待つしかなかった。

 数時間後、目が覚めた住職さんは、朝より顔色が良かったものの、まだ体調の悪さを引きずっているようであった。

「絶対に、お医者さんには行った方がいいと思う。保険証はこれですか?」

「ああ。」

カバンに必要なものを詰めて、台所に置きっぱなしだったおかゆに蓋をしておく。住職さんを背負って、私からカバンを受け取る狐が、不安でいたたまれない私に微笑んでみせた。

「大丈夫だ。暗くなる前には帰ってくるよ。」

山を下って、そこからはタクシーで病院まで向かうらしい。私もついて行きたいと思ったが、狐よりも下界の影響を受けやすい私は、留守番をするしか無かった。私まで具合が悪くなったら、狐の手に負えない。

「じゃあ、行ってくるよ。」

玄関で二人の姿を見送る。少なくとも、これから四時間は帰って来ない後ろ姿に、私は目を伏せたのだった。


「あれ...。」

住職さんを狐が病院に連れて行って、一時間が経過した時だった。

「今日、お墓に行く予定があったのね...。待ち合わせって書いてあるけど。来られないことを伝えた方がいいのかしら。」

やることもなく囲炉裏の火で足の裏を温めていた私の目に入ったのは、壁にかけられているカレンダーだった。今日の日付に丸が付けられ、お墓で待ち合わせ、三時からと書かれている。

「今は二時半だから...、特にやることもないし行ってこようかな。」

特にすることもない。ビー玉もおはじきも、すべてやり尽くした私は立ち上がると、大して防寒もせずに外へと出ていったのであった。


氷空の下、チラチラと舞い始めた雪を髪から払う。寺の裏に回り込み、灰色の石が立ち並ぶ場所にたどり着いた私は、きょろきょろと辺りを見渡した。

「まだ来ていないのね...。」

地面に腰を下ろした私は、風が吹く大気の凍えを感じながら、何か暖かいものでも羽織ってくれば良かったかと、少しだけ後悔していた。心象を海に返すような、青く冷えた風の唸り。墓を取り囲む木々がざわめき、私は心の中に落とし込まれた結晶を還元した。

「っ。」

草を撫でた指から血が流れる。思わず口に運ぼうとしたそれを、シワだらけの手が止めた。

「お嬢ちゃん。この絆創膏をあげるから。あんまり、軽々しく舐めるもんじゃないよ。」

白い絆創膏を受け取った私は、顔を上げた。

「特にアヤカシの血はね。自分の血だとしても、何が起きるか分からないんだから。」

小柄なおばあさん。けれど、ひび割れた顔の奥にある青い瞳に自分の姿が写っていないことを確認した私は、驚きで目を見開いた。

「初めて会いました...。」

山の主とも呼ばれるダイダラボッチ。その化身が、私の隣に座ると、にこやかな笑みを見せたのだった。

「私もよ。可愛らしい座敷童子なんて、山に居ると出会う機会もなくてね。小うるさい狐や狸は、よく見かけるのだけど。」

「私たちは、人の住む家にしか存在できないから...。」

そう答えつつ私は、この人が住職さんを待っている人なのか、混乱した頭のまま考えていた。ダイダラボッチと知り合いなんて、いくらアヤカシが見える人といっても、なかなか信じ難い。

「私を探していたんでしょう?」

彼女は私の手を優しく握ると、そっと私の顔を覗き込んでくる。

「そうなん...でしょうか。」

住職さんの話を伝えようとして、口を開くと指で止められてしまう。氷山を頂く幸いの美が、欠片に落ちていく不可思議な微笑。寒さに身を震わせれば、彼女はマフラーを巻いてくれた。

「あの人のことは知っているわ。そろそろだと、ね。山を大事にしてくれる、とてもいい坊やだったわ。でも、人間の時が経つのは私達よりも、うんと早いもの。」

「え...。」

膝の上の手を、きゅっと握りしめたままダイダラボッチが悲しげに私を見る。私は、何か否定の言葉を告げようとしたが、上手くいかなくて黙ってしまった。

「あなたも六百年かそこら生きてるんだとしたら、分かってるんじゃないかしら?人間の歩みは速すぎるということに。」

「ええ。」

目を伏せて、そう告げれば彼女はゆっくりと頷いた。速すぎる一生と、速すぎる時代の流れ。変革をオシロスコープと形容する自信家達が過敏なゆえの影響は私にも彼にも広がるのだろう。バイアスを無視した啓蒙に、テトラポットを抱く少年。爪を噛もうと、口元に思わず持っていけば止められた。

「早すぎる営みに追いつく必要は無いのよ。私達は、それだけの存在なのだから。それよりも、お嬢ちゃん風邪をひいてしまうわ。坊やのことは分かったから、もう戻りなさい。それと、柿は美味しかったかしら?」

「あ、甘かった。」

「なら、よかった。」

マフラーを返そうとすれば、そのままでいいと言われる。冬がちらつく寒さの中を、曲がった腰で歩いていこうとする、ダイダラボッチに私は思わず声をかけようと口を開いた。

「あの子をよろしくね。」

それを悟ったように振り帰る、彼女。私が頷くのを確認すると、そのまま去っていったのだった。


水銀燈を見送る少女は、王国の水溜まりで声を上げた。扇を司る藍色の継承と、冷え切った指先を温め直した蒼生の賽の目。

「帰ろう...。」

呟いた声が消え入りそうなことなことなど、きっと私以外には誰も、白い積雪さえ気づかなかったことなのだろうと。手袋を填めてはめていない手で祈るように、空を見上げたのだった。


今までお昼頃に投稿していたのですが、これからしばらく月曜日の投稿のみ、夕方に投稿させていただきます。

とうとう、狐くんと座敷童ちゃん以外のアヤカシが出てきましたね。ダイダラボッチとか、もののけ姫かな?ちなみに、住職さんの事を彼女は、本当に小さい頃から知っていて、見守っていたようです。家の裏にある山にも、山の主みたいな人おったら面白いんけどな~。

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