二、
二、
「それにしても、見事な雪ね。」
家のない、宿無しである現実を忘れたくて、頭上を見上げる。
竹林に滔々(とうとう)と降り注がれていく、白銀矮星。耳を塞がれ、湖水を滴らせる神秘性にも似た感情的な希少さに呼吸も止まる。後ろを振り替えれば、竹林の向こうに聳える密度の高い木々達から、暁の余韻を残した恍惚を受け取った。
シンセサイザーの危機的メカトロニクス。メカニズムを越えた、恒常的な憐憫さ。
身体中にスタッカートと言う名の、決まり文句。若しくは、水銀柱の人たる所以に一度の懐かしさを感じた。
それが、自らと近いものの存在から放たれていると言うことに、私は少し時間を要した。
「あ…。」
竹林がやや開けて、遥か何かの建物の門へと続く階段が現れる。しかし、私を驚かせたのは、その階段の長さでもなく、お地蔵さんにしては不気味すぎる笑みを浮かべた顔が彫られている苔むした岩でもなく、その階段に腰かけて、写生をしているらしい青年だった。
青年は、どうも此方に気づいてはいないようだった。着流しの着物。黒い髪は邪魔そうに括られている。
旅人の葬送を身にまとったような、男性でありながらの気品と色香。雪明かりに落ちてきた、織姫の落命を抱いているような幻想性。私よりも幾何か色の濃い肌をした手が、迷うように紙の上で揺れる。長い前髪が、何かを探すように夜を見上げた彼の動きに従って横に流れ、美しい琥珀色の瞳が露になった。
互いの瞳がかち合い、ああ懐かしさは彼から生まれた飴高銀だったのだと理解する。金属に製鉄された今際を流すように、彼は近づく私を黙って見ていた。
「絵。」
指さした先を、彼が見つける。夜獣に誘われたアマテラスを煌煌と成すエキゾチック。手の平が置かれた白い紙には、寒菊と思われる細い線が連ねられ、彼の指先に摘まれたままの筆の墨へと繋がっていた。
「綺麗ね。」
その言葉が全てだった。この絵を、それ以上の言語で表すことは不毛なものに覚えた。端正な彼らしい心象を描いた絵。私は彼に近づくことも、遠ざかることもせずに、じっと見つめた。
「なるほど。君はこの絵を、そう評価したんだね。」
筆を持った手を顎に当て、興味深げに私を見る彼。けれど、私は口元に人差し指をあてがい、眉をひそめてみせた。
「評価は嫌い。私は、私が最も言語化する上で正しいと思った言葉で、貴方の絵を表したのに過ぎないわ。」
淡々と降雪する、百光年先の特異点。耳がボウっと麻痺して、陽炎の森が覆い隠されていく。
「なら、君だったら。この絵に何を付け加える?」
「え?」
考え込んでいた様子の彼が、ゆっくりと顎から手を離し、真っ直ぐと私を見つめる。
私は動けずに、琥珀色の色味が少ない瞳を見返した。
雪で作ったかき氷が食べたい…。
結晶の核はほこりだというけれど、一度でいいから雪のかき氷を食べてみたいものです。