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篝人(かがりびと)  作者: Mei.(神楽鳴)
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十九、

十九、


「おい!大丈夫かよ?」

朝靄を火桶にくべ、あかぎれた手に白い息をかける。なかなか起きてこない住職さんの代わりに境内を吐き掃除していた私は、狐の焦ったような声に後ろを振り返った。梵鐘ぼんしょうには雪が積もり、十二月の寒さを現したように静まり返った山頂は、朝日を浴びて輝いている。この寺は、どうやら山の中腹に位置しているらしいが、凍り付いたナンテンが絡む竹垣から顔を出すと、この地の絶景を見ることができた。

 山脈が連なり、遠くには富士山が見える。盆地には家が立ち並び、私はしばし何の感情も持たずに、それを見下ろした。

「掃除なら、あいつがやってるから休んでろ!」

怒鳴るような狐の声に、私ははっとして箒を下に置いた。狐の声からして大事が起こっているわけではなさそうだが、さすがに様子を見に行った方がいいだろう。

掃除をしながら、ぼんやりと冬の朝に心を奪われていた私は、慌てて寺の中へと戻っていったのだった。


「どうかしたの?」

 土間がある裏口から入り、障子を開けてそのまま囲炉裏の部屋へと入ると、既に作務衣に着替えた住職さんが困ったように、尻尾の毛を逆立てている狐と向き合っていた。

「ああ、来たのか。」

 狐が入ってきた私に気が付くと、開けっ放しだった障子を閉めて私の手をひっつかんだ。

「お前からも言ってやってくれ!朝起きたら、手足が痺れてて熱もあるのに、童一人には掃除は任せられないとか言って、薄ら寒い外に出ようとしてるんだぞ。取り合えず、寝てろ!後で、医者を呼んでくるから。」

「大したことはないんだよ。私も、もう八十になるからね。昔のようにはいかないだけさ。少し休めば、楽になるよ。」

 優しく、落ち着いた口調で告げる住職さんを見て、いらだったように狐が私をせっつく。私はしばらく、どうすべきか考えていたが、焦って住職さんに詰め寄る形になってしまっている狐と、住職さんの顔色の悪さを鑑みて、まずは狐を住職さんから引きはがすことにした。

「確かに、住職さんは休むべきです。でも、立ちっぱなしで体調の悪い人に詰め寄るのはよくないわ。あなたは、取り合えず住職さんから離れなさい。」

 狐の襟首を引っ掴みたかったが、届かないので袖を引っ張った。それを見て、住職さんがほっとしたような顔をする。しかし、このまま立ち掃除に行かせるわけにはいかない。私は狐に布団をここまで持ってくるように耳打ちすると、住職さんを囲炉裏の傍の座布団に座らせた。

「部屋まで戻る体力もないんですよね?それに、囲炉裏の傍で温まったほうがいい。体が冷えてるわ。」

 かさついた肌に指をあてれば、住職さんはすまなそうに笑った。

「長年生きている年の功と言うやつなのかな?冷静だね。」

「六百年、だらだらと生きてたわけではないので。」

 戦国時代には、負傷した武士が部屋で雑魚寝状態だった時があった。世界大戦の時も、空襲でケガをした人たちが運ばれてきて、猫の手も借りたいほど切羽詰まっていた病院に住み着いていたこともある。座敷童ができることなんて限られているが、長年生きていた甲斐あってか、その場に応じた適切な処置だけは判断することができた。

「おい、布団持ってきたぞ。」

 狐が持ってきた布団一式を、囲炉裏の傍に敷いた。

「今日はもう休んでろよ。俺とこいつで、何か体に良さそうな物を作ってくるから。」

「掃除は終えたわ。こんな寒い中、訪ねてくる人も居ないはずだもの。ゆっくりしていてください。」

 私たちは各々そう言うと、作務衣から寝やすい格好に着替えた住職さんを布団に押し込み、危なくないように火を小さくすると、自分の寝床から湯たんぽを持ってきて、お腹に充てておくように言った。

「こんなにしてもらって悪いね。」

 最後まですまなそうな笑顔だった住職さんを振り返りつつ、私たちは滋養にいいものを作るために障子を閉めて、台所へと向かったのだった。


「ほら、ねぎを切って。」

「お前も、少し手伝ったらどうだ?」

「身長が届かないんだから仕方ないわ。指示だけは出すから、後は頑張って。」

「はぁ…。」

 エプロン代わりの布を腰に巻いた狐は、椅子に座って作り方を教える私に向かって、ため息をついた。どうやら、私にも手伝ってもらう気でいたらしい。私もそのつもりだったが、丁度いい高さの椅子がなく、後方で見守る方が無難だと判断したのだった。

「ねぎは細かく切ればいいわ。多分、おかゆぐらいだったら食べれると思うけど、念のため長めに煮込んでね。」

「言われなくても。」

 狐が必至で包丁をまな板に叩きつけているのを見ながら、私は住職さんの様子を思い返していた。真っ白な顔をして、足取りもふらついていた。いつも通り姿勢の良い姿ではあったけれど、痛みに耐えているような脂汗が出ているのを、私は横目でとらえていた。

 世界が一輪の花によって生まれたと言われる、宝石の叙事詩を思い起こす。四原色的パラドックスは世間体により失われ、ナバホの泣くサンフランシスコへと投下されたのである。トランペットに騎乗したエメラルドグリーン。手で影を作り、それを鳥と呼ぶように、私は一抹の不安を感じていたのであった。

 痛みに耐えるという事は、それだけの疾患が体のどこかに存在しているのだろう。私は残念ながら医師ではないが、長い間生きてきて、痛みを抑圧しようとする人間ほど長くないことを知っていた。

「どうした?」

 おかゆが煮えるのを待ちながら、卵を二個手に持った狐が振り返る。

「ううん…。」

 手遊びがしたくて、袖からあやとりを出す。ぐちゃぐちゃに絡まっていた紐をほどきながら、私は訝しげにこちらを見てくる狐の視線を避けたのだった。


お昼が、ちょっと忙しかったので夕方に投稿しました。


いよいよ、ラストに向けての足踏みが始まってきましたね。住職さん、大丈夫かな…。早く元気になってほしいと思いつつ、この後の展開を考えながら僕は日々、悩みぬいています。

三人は、どうなっていくのか。アヤカシの二人は果たして、この世界で生きていくことができるのか。

恐らく後、三回ぐらいで最終話となります。ここまで読んでくださっている方、本当にありがとうございます!僕と一緒に、この三人の行く末を見届けて下さると、幸いです。

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