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篝人(かがりびと)  作者: Mei.(神楽鳴)
18/23

十八、

十八、


 木の床にぺたりと座り込み、口の中でわらべ歌を呟きながら、お手玉を放り投げた。粗末な布で作られたもの、豪華な着物から作られたもの、色とりどりが私の手を離れて、空中に輪を描く。

「そうしていると、座敷童子らしい。」

 煮つけたかぼちゃを食べる狐が、感心したように私の手遊びを見つめてきた。にやつく目元から、私をからかっているのだと分かる。

「一言余計よ。」

 最後にすべてのお手玉を左手に受け止めて、私は狐にさらりと言い返した。それよりも私は今、目の前で美味しそうな香りを漂わせている白菜鍋に心惹かれているのである。ぐつぐつと煮えている鍋の蓋を少しだけ開けてみた。

「まだ待たないと、硬くて美味しくないぞ。」

 狐が囲炉裏の火を強くしながら、白い湯気を顔に浴び続けている私に苦笑する。その笑い声につられたように、住職さんが台所から甘納豆や柚子茶、三人分の白いご飯などを持って帰ってきた。

「おやおや、わらべはもう待てないのかな?」

 私の前に甘納豆を置き、狐にはお稲荷さんを手渡す。狐にお稲荷さんなんて、随分ベタな取り合わせだなと思っていると、彼の耳がぴくぴくと動くのが見えた。…案外、単純なもので喜ぶのかもしれない。

「美味しそうだったから。」

 鍋の蓋を元に戻して、手持ち無沙汰にまたお手玉を取り出す。それを見た住職さんが、お手玉なら遠い昔にやったことがあると言って、付き合ってくれた。


 ぐつぐつと煮えていく鍋。ほんのり銀杏が枯れていき、とうに季節は冬となった。私は住職さんが投げたお手玉を受け止め、狐が味見をしながらパタパタと尻尾で床を叩いている。囲炉裏以外の照明を消した部屋は三人がいる場所以外薄暗く、その場所のかすかな余韻と冷たさに少しだけ見とれていたら、お手玉が頭にこつんとぶつかって我に返った。

「ごめん、ごめん。」

住職さんが笑って、私の頭をさすりながらお手玉を回収する。

「ううん。私も見てなかった。」

 私がそういえば、狐が鼻を鳴らす。

「座敷童子でも、お手玉失敗するんだな。」

「細かい芸もできない狐に言われたくないわ。」

 そう言えば、狐は嬉しそうに私の体を持ち上げて、自分の膝の上に座らせた。

「わかってるじゃないか。」

「そっちこそ。それより、かぼちゃ食べたい。」

「はいはい。」

 食事を始める前に描いていたらしい南天の絵を、筆と共に懐にしまったうと、彼は箸で器用にかぼちゃを摘まみ、私の口へと放った。住職さんがほほえましげにその光景を見ている。狐がかぼちゃを摘まんでいた箸をおいたのを見届けた後、住職さんは白菜鍋を一人一人に取り分け始めた。

「ほら、煮えたよ。仲良いお二人さんも食べなさい。温かいうちに、鍋は食べないと。」

「はい。」

「早く、口の中のかぼちゃ食べちゃえよ。」

 まだかぼちゃをもぐもぐしている私に、狐が早く呑み込めと催促をかけてくる。どうやら、私が食べ始めるのを待っているらしい。私は、甘苦いかぼちゃを口の中で溶かすと、ようやくメインの白菜鍋を手に取った。

「よし食べるか。」

「いただきます。」

 どうやら、その私の様子を見守っていたらしい二人も鍋の汁をすすり始める。

「出汁が効いててうまいな。」

「うん。鍋なんて初めて食べたけど、美味しい。」

「俺は逆に、田舎にいると鍋ばかりだったな…。」

 そう言いながら、お腹に白菜鍋をどんどん詰めていく狐のせいで、鍋が見る見るうちに減っていった。

「私の分も残しておいて。」

「分かってるよ。さすがに、おまえの分までは取らないってば。」

「大丈夫だ。年寄りはあまり食べないからね、私の分をあげよう。」

「お前は食べろよ、住職さん。」

 体を壊したらどうするんだと、狐が私を横に下ろして器に大量の白菜と肉をのっける。

「さ、さすがに食べれないな。」

「頑張って食えよ?」

 和やかな談笑に、大きすぎない囲炉裏の火が温かく見える。私は、二人の声を聞きながら、白菜の甘みを感じたのだった。


 はぁっと溢した息が、冬の銀河に吸い込まれていく。七つの星が北極に落ちてしまったから滲む空。狐に何重にも巻かれたマフラーと、住職さんがはめてくれた手袋を顔に押し当てながら、私はもう一度白い息を溢した。

 鍋の火にずっとあたっていたら、少し熱っぽくなってしまったらしい。夜風に当たってくると言った私に、何故か暖かくして行かなくては駄目だと慌てて狐達がコートやらブーツやら、果てには耳当てまで持ってきただ。最終的に、マフラーと手袋だけをつけて出てきたのだけど。…体を冷やしに行くと言ってるのに、さらに温めてどうするんだろう?

「あ、雪が。」

 空に上昇していく、雪の結晶が私の頬に触れる。宝石箱に砕けた流れ星を閉じ込めたような、囁くフクロウが雪の知らせと共に翼を広げたような、心が安まる静寂の一時が流れ、私は軽く息をついた。

「二人のところに、戻ろう。」

 一人きりでいたときには感じなかった、閑寂と鉄道に乗った流星群を見送るような悲しみが、胸の奥に散る。雪が温かいものと知らず、狼の遠吠えを捕食の象徴と信じていた頃に近いだろう。私は、マフラーに手袋をはめた手を添えて、徐々に冷えてきた頬を温めるように寺の中へと入っていったのだった。


白菜鍋、食べたいなぁ。夏だけど。

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