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篝人(かがりびと)  作者: Mei.(神楽鳴)
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十六、

十六、

「それで、住職さんとはどんな話をしたんだ?」

「気づいていたの?」


 コトコト、針の音が深夜を塗り替えていく。エメラルドの煌めきを胸に、母なる地へ口づけをする淡いサーモンピンクが目の前を通り過ぎ、私は口を結んだ。コキリコが耳の奥で鳴りやまない。ごろりと寝返りを打って彼を見つめれば、同じく彼も私を見返した。

「私たちについて話していたの。私たちが人間ではなくアヤカシだと。」

「そうか。」

 狐は予想通りの答えが返ってきたと言わんばかりに薄い掛布団から手を出し、私の髪に触れた。ただ撫でるのではなく、掬い取るように。

「秋に金魚はないだろう。ふさわしいのは十五夜のお月様であって、せわしい蝉の鳴き声ではないんだ。」

「それも、もっぱらでは違うようだけど。でも、そんなことはどうだっていい。」

 私はため息をつくと狐から視線を外し、木目の浮き出た天井をなぞるように指を動かした。涼やかな風が瞼の上を通り抜けて、素直な微睡を打ち消してくる。銀河鉄道を追いかけるように伝記をめくれば、私の心拍数が一つだけ上昇したのを感じた。

「私は座敷童で、あなたは化け狐だと。そして、私は住む家をなくしてあなたに会ったのだと。住職さんに告げたわ。でも、それ以外に言うべき言葉が見つからなかった…。黙ってしまった私に住職さんは、何も言わなかったけれど。あなたが来る直前に、一つだけお話をきかせてくれた。」

 眠るときに硬い着物では寝にくいだろうと住職さんが着させてくれた、白い寝間着の袂をぎゅっと握り締める。髪留めについた鈴がチリリと琥珀の音を、紅葉が散り始めた部屋に拡散させた。

 隣に横たわる狐を見つめることが何となくできない。私は、明後日の方向に目を向けたまま、彼に住職さんがしてくれた話を語り始めたのだった。


ススキが、紅葉にまかれて美しい色彩を放っている。絢爛の並木とでも言ってしまえばいいのか。見る人が見れば、一等の芸術品に見えるに違いない。そこに蛍までもが寄ってきた。淡い光に包まれて、ますます荘厳な雰囲気だったが、ある一人の俳人はそれを無粋だとして怒ったんだよ。

 俳句には季語があると同じように、すべての景色には季節がある。特に日本は顕著だろう?もちろん、座敷童として六百年生きてきた君の方が、きっと鮮やかな四季折りを見てきたことだろうね。」

 私は、その言葉に黙ってうなずいた。

「四季折りはずれてしまった。この場所は四つの色素を埋め込まれ、仄かな季節の移り変わりを散らしている。けれど、太古の森ともまた違う。この時代でも、未開であった森は既に私達人間が生きる時間軸とは大きくずれてしまったんだ。」

 私は静かに目を伏せた。どこからか吹かれてきた紅葉に、人差し指の先が触れる。住職さんの言葉の意味が分かってしまうからこそ、私の心は軋むように揺れていた

「君たちが此処にたどり着いてくれて、本当によかった。」

 住職さんが、そっと私の肩を抱く。私が思わず彼を見上げれば、その顔はいつになく嬉しそうな表情をしていた。

「コセンも、人間の時の流れに疲れて此処までやってきたんだ。もしも、たった一人だったら今も寂しさに震えていたのかもしれない。」

 住職さんは私の肩を離すと、代わりに優しい手つきで頭を撫でた。

「アヤカシだろうと何だろうと、生きているものはその寂しさを埋めるために手を繋ぎ、共に在ろうと努力をしなければならない。もちろん、すべての人にそれを当てはめる必要なんてないんだけれどね。でも、私は濡れそぼって悲しげに誰かを見つめていた狐も、その狐に傍で何か諦めたような顔をしている座敷童にも、幸福を感じてほしいと思うんだ。大きな幸せでなくていい。ただ、毎日を生きるのに必要なだけの小さな幸せを。」

 障子を開ける音。狐は、縁側に座って話をする私たちを一瞥するし、仲良くなってよかったと、安心したように呟いた。

「さあ、もう寝なさい。優しい夢を見るんだよ。」

 アヤカシとは違い、年を重ねたことで彫りが深くなった手の平が、そっと私を狐の方へと押し出す。私は、何か言いたいと口を開きかけたが、結局何も言えずに口を閉じ、狐へと付き従ったのだった。


「なるほどね。あの人は相変わらずだな。」

 語り終えた私に、狐は納得したように頷いた。

「誰よりも、生きるために必要なことを知ってる人だ。そして、俺たちはあの人のその考えに助けられている。」

「そう、なのかな。」

 自信がなくて、曖昧な言い方をする私に彼がふっと笑いを溢した。

「それはそうと。お前は、俺がどうして濡れ狐になって悲しげにしてたのかとか、興味ないのか?」

「…、聞いてもいいの?」

 そこまで、彼に踏み込んでもいいものか分からない。私が確かめるように、彼の顔を見ようとすると、寝具から抜け出てきた狐が私の隣に肘をついて横たわり、私の顔を覗き込んで笑った。

「最初、出会ったばかりに聞かれていたら、あの森にお前を置き去りにしたかもな。」

「やっぱり。」

 私は、眉間にしわを寄せた。

「でも、今ならいいだろう?それとも、俺が思っていたよりもお前と俺の関係は希薄だったのか?」

 取り外し忘れたのだろう。秋風の冷たさとは似つかない風鈴の音が虚空に響く。夕方でもないというのに、少しだけ開けた障子の向こうに烏が飛び去ったような気がして、私は思わず目を閉じた。

「違うと思う。」

 行燈の灯りが、ぼんやりと部屋を照らしている。私の枕元に置かれ、橙の光で影を作る行燈。なんとなく、今の心象に合うような気がして手を伸ばせば、ちゃんと自分の話を聞けとでもいうように不服そうな表情をした狐にたしなめられた。

「なら、聞いたっていいんじゃないか?」

「あなたが話したいだけでしょ。」

「いや?お前の話も聞きたいから、そういう提案をしてるんだよ。」

 にやりと笑う狐の顔を見て、やっぱり人を化かすアヤカシは質が悪いとため息をつく。

「わかった。いいよ、私の話もする。あなたの話も聞いてみたい。唯一、あなたは私の傍にいるアヤカシで、住職さん風に言うなら日々を生きるために共にいる存在、でしょ?」

 ふふっと笑ってそういえば、逆に面食らったように狐が私を見返す。

「違った?」

 私が小首をかしげて見せると狐はいいやと首を振り、電気を消した部屋で金色に輝いていた尻尾を、私の体の上にふわりと乗せた。

「お前の言うとおりだ。」

 時計の秒針が煌々とした軌跡を残す。私は細められた琥珀の瞳を見上げて、彼が次の言葉を発するのを待ったのだった。


セミの鳴き声を聞きながら秋のくだりを書くの、案外難しいな…。

気を抜くと、風鈴やら金魚やら秋関係ないものが大量に出てきますね。

次は、座敷童ちゃんと狐くんの過去の話へと移りたいと思います。二人は、どんな過去を背負って住職さんの元へとたどり着いたのか…。そろそろ物語も終わりに近づいてきていますが、ここまで閲覧してくださっている方、本当にありがとうございますm(_ _"m)

ここから先の展開も、お楽しみいただけると幸いです。

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