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篝人(かがりびと)  作者: Mei.(神楽鳴)
15/23

十五、

十五、

「おやおや、お邪魔だったかな?」

私の頭に顎を置いたまま、転寝をしていたらしい。住職さんの面白がっているような調子の声に、狐ががくんと体を揺らし、その衝撃で私も食卓に突っ伏しそうになった。

「おっと!...、危ない危ない。」

狐の食べかけナスに頭を突っ込みそうだった私を、彼がひょいっと抱えあげる。

「お前が小さくてよかったよ。」

「...褒めてないことは、わかったわ。」

すとんと、床に下ろしてもらう。住職さんはくすくすと袖を口に当てて笑った。

「本当にお邪魔だったようだ。」

「そんなことないです。そろそろ、この狐と二人っきりなのも、気まずかったし。」

「傷つくなぁ。」

私が突っ込みかけたナスを箸で摘まんだ狐は、全く傷ついていなそうな顔でそう言ってのけた。そんな私たちの姿に呆れたのだろうか?住職さんは、不思議と優しい表情を浮かべて、座布団に座るよう私を促した。

「もう、いいのかい?干し柿をいただいたから、みんなで食べようと思って持ってきたんだ。昔からこの時期になると柿を置いて行ってくれる人がいてね。今年は、二人も若い子がいるから冬までに食べきることが出来そうだ。」

「そうだな。」

狐が一欠片の干し柿を口に含んで、お茶を啜り始めた住職さんに相槌を打った。私も、甘そうに熟した干し柿を目の前に、一つだけ口に含んでみる。すると、美味しさが口に痛いほどしみて私は思わず咳き込んでしまった。

「ん?まだ、苦いやつだったか?」

狐が咳き込む私の背をさすって、慌てたように立ち上がった住職さんに大丈夫だと視線で促した。味が濃いという訳では無い。朝ごはんを食べ損ねた11時に、初めて味のある色彩を食べたような、川を流れる乙姫から竜宮城の七つ星を頂いたような痺れが、舌に刺激を与えたのである。決して、苦かったわけでも辛かったわけでも、ましてや不味かったわけでもなく。強いて言えば、本当にこの世のものが作ったのか疑いたくなるほどに、美味しい干し柿だったのだ。

「大丈夫。美味しすぎただけ。」

「いくら、食べなくても平気とはいえ、甘いものを食べなさすぎなんじゃないか?子供の見かけなんだから、もっと沢山食べればいいのにさ。」

「私も、なるべくゆっくり甘いものを与えていたつもりだったんだが、今日は与えすぎてしまったかな?大丈夫かい?」

住職さんが、少し苦味のある抹茶を私に啜らせた。干し柿の強烈な甘みと旨みが消え、渋いお茶の味が残る。

「ありがとうございます。」

私は丁寧にお礼を言うと、ほっと一息ついた様子の住職さんに空になってしまったコップを返した。

「もう、日が暮れてきた事だし、今日は眠ったらどうだい?コセン、布団を敷いてきてくれないか。私は、しばらくこの子といるから。」

「分かった。」

彼は頷くと、緩く結った髪を風に泳がせ、瞳を細めたまま部屋を出て二階へと上がっていった。

「そういえば、布団を干したままだったか。二人分か...、私も行った方がよかったか。」

「あ、なら。」

「いいんだよ。少し、休んでいなさい。」

住職さんが、なるべく風通しを良くしようとしているのか襖や障子を開け放つ。秋風がどこか火照った頬を撫で、隣に座った住職さんに優しく頭を撫でられる度、不思議と眠気が瞼に降り立った。

「住職さん。」

私は、ここで寝る訳にはいかないと。彼に声をかけた。けれど、眠い頭であれこれ考えた結果、出てきた言葉があまり良くなかった。

「なんだい?」

「あなたは…、私達のことを知りたくはないの?」

「…、どういう意味なんだい?」

 耳の奥で風鈴が鳴る。マザーボードにコンビネーションを書き換え、星座占いの末に希釈を取り違えた鈍い商売人のように肩を丸めた。いくら眠りを覚ますためとはいえ、もっと他の話題があったのかもしれない。干し柿について聞いてもよかった。コセンと呼ばれる化け狐の過去を聞いても、面白かったかもしれない。私も彼も、お互いのことは特に知らないから。

けれど、私が口にするのも時間の問題だったのかもしれないと、夕焼けが下りて仄かな月光があたりを照らす新月を視界にとらえ、享受した。不都合かもしれない。しかし、嚙み砕いた倫理観の最適解は、いつも白亜の城を乗せた飛行船とは限らないのだから。三原色のアーキペラ語がぐるぐるとカラスの眼を介して、四次元ボックスに感情を捨て入れる。そして、私はつばを飲み込み、そろそろと住職さんの顔を覗き込んだが、彼は思いのほかいつもの温かい顔を崩していなかった。

「それは…、君たちが人間ではないということかな?」

「そう…かもね。」

 狐と彼の中でも、何となく避けていた話題であっただろうに。申し訳なさを感じると同時に、住職さんの表情を眺めて、この問いはいずれするべきものであったことに私は気づき始めていた。

「眠りに任せて出した言葉だよ?」

「別に構わないさ。」

 住職さんは、微笑むと月影のウサギにススキと餅を添える動作をし、ゆったりと縁側に腰を掛けた。

「おいで。君たちがこの家で、なるべく生きやすいように生きてくれることが私の望みなんだ。そのためなら、いろんな話をしておきたいんだよ。」

 揺らぐ水槽に閉じ込められた宝石箱は、阿吽の息にまかれて融けてしまう。仏閣で眠りについた座敷童もまた同じ。六百年が堀に刻まれたテスラの囁きが、私を酸性的な白昼夢に陥れ、ラボに取り残された有核が黄金に輝くエストロゲンを呼吸の対象とした。

 月灯りが煌々と私と私以外の影を映し出す。それが、どれだけ嬉しいことだったか。もしかしたらあの化け狐なら分かってくれるのかもしれないと。私はくすりと笑って、住職さんが手招く方へと歩いて行ったのだった。


一週間くらいかな?期間があいて申し訳ありませんでしたm(_ _"m)

僕も、ようやく夏休みという恩恵にあずかりましたので、今週からは月曜日と金曜日の投稿に戻したいと思います。住職さんと座敷童ちゃんの絡みをずっと書きたかったので、今回なんとか縁側に座らせることができてよかった…。まだ、座っただけで本題を喋ってないんだけども。

小説内では秋ですが、現実世界では真夏です。既に、僕は二回ほど熱中症で倒れました。皆さん、熱中症にはくれぐれも気を付けて夏を乗り越えていきましょう!

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