十四、
十四、
黄泉に桜が咲き、現世には落ち葉が箒に引っかかる。大入道を斜め右にちらつかせながら、私を横目に一反木綿には軽い会釈で返した。とはいえ、実際に会ったことのあるアヤカシなんてそんなもので、今隣で器用に箸を使ってナスを食べている化け狐ほど関りを持った輩なんて今までいなかった。
「ほら、お嬢さんも栗ご飯を食べたらどうだい?」
「あ、うん。」
渡された栗ご飯を受け取って、ぱくりと一口食べる。
「あんだけ菓子食べてたのに、まだ食べるのか…。」
「子供なんだからたくさん食べればいいさ。」
急襲に備えた金平糖を食べるように、楽観視された五百ミリアンペアの流動食を断つ。ヘキサグラムの嫌煙をもぐもぐと租借し、簡易的な古さを身に沁みながら、私は住職さん特性の美味しい栗ご飯をまた一口、頰張った。
「美味しいかい?」
「はい。」
短く答えた私は、太るぞとのたまう化け狐が、気を抜いてユラユラさせている尻尾を引っ張った。
「…おい、お前最近俺に対して容赦ないな?」
「別に、だったら何?」
「仲のいいことだな。」
笑い皺を浮かべて、住職さんが立ち上がった。
「二人でゆっくり食べてなさい。私は、これから少し用事があるから。」
「わかった。」
「うん。」
行儀良くうなずけば、住職さんは私と狐の頭を優しくなでて去っていった。
「そういえば、住職さん。あなたのしっぽが出てても何も言わないのね。」
「まあ、あの人はこっちの事情を根掘り葉掘り聞くような人間じゃないだろ。最初にうっかり耳出した時は、さすがにじっと見つめられたけどな。」
「当り前よ。」
座敷童なんかと違って、彼のように身体的特徴があるアヤカシは厄介だ。ボロを出せばすぐ人間でないと気づかれてしまう。季節外れのナスを永遠に食べ続けている彼をちらりと見て、私はすぐに床の間にかけられている狐の掛け軸に目を移したのだった。
「そういえば、今日も絵を描いていたの?」
「ああ、見るか?」
「うん。」
それは、落ち葉に埋もれた銀杏であった。墨一色で書かれたとは思えないほどの鮮やかさ。仄かな銀杏色を誘発し、薄いソラテラスの炉外にヒエロニムスの錚々(そうそう)たる線形を書籍化する。パーライト系統に白熱するコマンドを入力すれば、秋を感じる心景が広がった。
「私達が、掃除している間に描いたの?」
「ああ。」
ただ一点、不自然な空白を埋めるため、私は筆をとった。
「いいんでしょ?」
「待っていたんだ。だから、早く書いてくれ。」
そんなに待っていたようには思えなかったけれど。私を引き寄せて、頭の上に顎をぽすんと置いた狐を呆れて見上げる。何も考えていないように色を移さない琥珀の瞳は微笑を称え、早く書けとでも言うように視線を動かした。
しかし世界は、星を繰り返し誰も見えない形を描く空に迷い込む。流れ焦がれる昔昔の咎人は、呼吸を無くした白日を伝った。
「鬼火の香り、露草に枯れて」
いつの間にか、それは言葉となり浮かび上がっていた。
「鬼火?俺が描いたのは銀杏だが...。」
「銀杏は確かに銀杏よ。でも、それが落ち葉に埋もれる。不変のものが不変でなくなった時、それはもう銀杏ではないし、ましてやイチョウと呼べるものですらない。ただ、唯一残るのは銀杏の香り。それだけよ。」
畳張りのチクチクした感触が着物からのぞいた足に摩擦を起こす。夕映えの鴉が、比叡山の麓を折り返すような鳴き声をあげ、私と青年を嘲笑った。
「なら、君はどうだ?」
「?」
質問の意図が分からず、障子越しにこぼれてくる秋の残り火を見やる。薄ぼんやりとした風が梵鐘を鳴らし、突如触れられた頬がびくりと引きつった。
「何?」
「君には問いかけていないんだ。自らの絵と見比べているんだよ。大概の心境とね。」
「そう。」
すっと、視線を逸らす。ただ、添えられた手のひらの形だけを感じていると、狐は何故か微笑んだ。
「お前が木の葉に埋もれたなら、俺はきっとこうやってお前に触れたくなるんだろうな。」
「...、それは私がアヤカシだから?」
意地悪く、彼を揶揄る。
「いいや。...いや、どうだろうな。それも、お前と俺が持っている関係の一部だ。」
狐は、掛け軸に描かれたもう1匹の狐を見て、鼻で笑った。
「でも、それは全てではない。」
「当たり前のことを...。」
「お前にとっては、そうでもなさそうだ。」
化け狐と言われるだけあって、口が達者だ。私は、なおも私の頬に触れたままの狐の手をはらいのけると、美味しい栗ご飯へと意識を戻したのであった。
今週の金曜日と、来週の月曜日はお休みしますm(_ _"m)