十一、
十一、
「スイカ。せっかく持ってきたんだ、食べるぞ。」
襖を開ける音を聞き、ゴロンと転がって上を見上げると、狐は白い皿の上に載せられた赤い色のものを指差していた。それほど美味しそうには見えない。ちゃんちゃんこを折りたたんだような、安っぽい雰囲気のする果物だった。
「ん…。」
「ほら、座って食べろよ。寝たまま食べたら消化に悪い。」
「うん。」
「はぁ。」
一向に、畳にへばりついて離れない私を見て、抱えていったほうが早いとでも思ったのだろうか。継承の奈落が街を覆い隠す、その前に。彼は唐突に私を持ち上げると、粗雑に縁側に放り投げた。
「痛い…。」
「アヤカシは、蜃気楼みたいなもんなんだから大丈夫だろ。ほら、スイカ食べるぞ。」
だからといって、放り投げなくても…。
ジトっとした目で彼を見上げる。けれど、彼は意に関せずといった感じでスイカをしゃくりと齧り始めた。蛍が、ストロボを投影したような曖昧な光を放つ。蒸気機関車が冬を駆けるように、夏には蛍が月光の道筋を飛び去って行く。狐の琥珀の瞳が、ふとその篝に向けられて、そして少しだけ細められた。
「ほら、」
切られたスイカを唐突に口に放り込まれた。思わず、ごくりと飲み込んでしまってむせる。げほげほと咳き込む私を横目に、彼も箸で取ったスイカを食べ始めた。
「美味しいか?」
「むせたせいで分からない。」
ため息をついて、そう言えば狐は皮肉に笑って見せて、紅色のアーキテクチャを飲み込んだ様な仕草で私を膝に乗せた。
「悪かったよ。でも、美味しかっただろ?」
樹海に潜む焔を見つけるつもりで、彼の瞳の奥を探る。Requiemを海の底で沈め、人魚達を殺戮する漁師を眠りに脅かす。鬱蒼とした、砂漠の街で太古の急流を知る、不可思議な呼吸音。思わず、不安に思って狐の着物を握りしめると、彼もまた私の頭に手を置いて、悲しげに笑った。
11次元の宇宙に置かれたアーキテクトを垣間見。雲一点のにわか雨を、恐れずの森として私の心を揺さぶる。
「冷たっ!」
彼の驚いた声が、はるか遠くロシアの山脈にまで響くジプシーを請う。遺骸に鎮められた液状化がとめどなく流れ流れ、気づけばエンドロイドに創世を気づかせる賛歌を歌っていた。
つまりだ。私は、彼の口元に対して、意趣返しのように冷たい氷を麦茶から取り出し、その口に放り込んだのだった。
「まったく、座敷童子ってのは、しつけがなってないんだな。」
「人を化かす狐に言われたくないわ。」
私は着物の裾で口元を隠すと、非常に不服そうな顔で氷をバリバリと食べている彼を見つめた。冷えた泉に一葉だけが舞い落ちたような美しい顔立ちが、氷の痛みからか顰めっ面を作っている。
「そういう顔してると、お前にも食わせるぞ。」
「遠慮しておく。」
彼の膝からひらりと飛び降り、元のように縁側に座ると、私は氷の少し減った麦茶をこくこくと飲んだ。
「...。」
その様子をじっと見ていた彼。彼は、おもむろに懐から筆を取ると、白い紙を広げた。
「描くの?」
私の問いにはもう答えない。黙って、墨を筆に湿らせ始めた狐は、邪魔そうに前髪を払い除けていた。
「...。」
麦茶をもう一口飲む。蛍の光は既に薄まって、辺りにはススキの風鳴りが聞こえ始めていた。
「季節が変わりはじめているのね。」
そう言えば、一瞬だけ顔を上げた狐が近くに畳まれていた薄い布団を私の肩にかけた。
時の流れが幽玄を映し出す。重なる涙が、言いかけて含める哀愁を称え、私の隣で絵を描き続ける彼の心が鼓動していることが、なぜか嬉しかった。
一応、ここで第一幕が終了です!来週からは第二幕として、秋から冬にかけての彼らの姿を書いていきたいと思います。ここまで、読んでくださった方、本当にありがとうございますm(_ _"m)
もしかしたらですが、再来週は休載するかもしれません。ちょっと、テストに追われておりまして…。七月が終われば夏休みに入るので、そこからは通常通り月曜日と金曜日の投稿ができるかと思います。