十、
十、
「うぅん...。」
あれ?辺りを見渡して首を傾げる。いつの間にか眠ってしまっていたのか。頭の傍には麦茶が置かれ、体には布団が掛けられていた。どのくらい眠ってしまったかは分からないが、月は天中に位置し、漣の風は緩やかさを期している。
それほど、たくさんの時間。眠っていたわけではないのかもしれない。傍らの麦茶をこくりとひとくち飲むと、麦茶の味を感じながら、障子を開け、廊下に出ていったのだった。
「あ、」
「おや、起きたんだね。」
「あ、お前もスイカ食べるか?」
ギシギシと木の音が鳴り、古びた埃の匂いが漂う廊下を歩き、適当に開けた襖の先に彼らはいた。昔話に花でも咲かせていたのか、のんびりとした穏やかさが立ち込めている。液晶画面をブラウン管と即興するようなものだ。並みならぬ、アーキテクチャとまた解釈することもできる。二人の関係性を垣間見たような、月夜が亀を瑠璃の細工へと昇華させる刹那に居合わせたような。そこまで考えたところで、私は彼らの間に一枚だけ敷かれていた座布団の上に素直に座った。傍らには、赤い汁を皿に滲ませているスイカと氷が浮かべられた麦茶が三人分置かれている。少し顔をあげて、辺りを見渡せば清水が滾々(こんこん)と流れる様を感ずることができた。
「長く眠っていたから、のどが渇いただろう?」
住職さんが麦茶を差し出してくる。…そんなに長く眠っていたのだろうか。蛍が遊覧する月面の世界で、原石じみたリフレクションを聞く。蠍座に惹かれたように空を見上げれば、明滅する幻燈があちらにもこちらにも見られ、私は乙女座が生命を奏でる様に見蕩れていた。
「カラン。」
氷が融ける音に、意識が浮上して、口に含んだ麦茶のほの苦さに驚いた。夜中の金魚鉢を覗き込んで、愛煙する人々を夢に送り込んだような。そんな気分。
もう一口。そう思って、グラスを傾けると、住職さんは微笑みながら立ち上がった。
「気に入ったようでよかった。私はもう寝るとしよう。おやすみ。二人とも、もしお腹がすいたら玄関先に水で冷やしているスイカがあるから、取ってきて食べなさい。」
「ああ。おやすみ。」
「...おやすみなさい。」
襖を開けて、部屋を出ていく住職さんを見送り、私は狐の側でほっとため息をついた。
「疲れたか?」
「そんなには。さっきまで眠っていたし。」
それでも、何となく体が気だるくて私は狐の肩にこつんと頭をぶつけた。頭の上で狐の低い笑い声が響く。何故笑うのかと、問いただすように見上げると、思いのほか彼は優しい瞳でこちらを見ていた。
「せっかく冷えたスイカもあることだし、一緒に食べよう。取ってくるから、お前はここで休んでろよ?」
「…うん。」
住職さんも、狐もいなくなり一人きりになった青い空気を指先で絡めて、憂鬱と柵に絡まった夜顔の蔓を眺める。朝顔とは違う、ほのかな白が闇に溶け、希釈された炭酸水を散りばめたような雫。月光に照らされた浴槽に浸る、ベテルギウス。
アルファ星は、差し出した手には刃向かわずに私の心に意義を添わせるだろう。
「詠嘆のある急流に、物の怪を見つけるのと同じね…。」
パタンと横になって畳の匂いに包まれる。しばらくそうして目を閉じていると、彼の足音が聞こえてきた。
今年の夏は、どんな星座が見えるのだろうか。