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第96話 これ以上の狼藉は決して許しません


 イノリさんとアーシャさんが理事長室へ向かってから、少し。

 十人いるという『学院』側の尖兵の内の六人を無力化した辺りで、本棟の頂上付近から大きな炸裂音が響いた。


 壁を破砕したのであろう大量の破片が飛び散り、次いで不思議な──そしてどこか少し不気味な──装いをしたイノリさんがその開いた穴から飛び出していくところまでは見えた。こちらからは他の棟に遮られて見えない位置、恐らく屋外訓練場の辺りへと向かって行ったのだろう。


「おー……派手にやってますねぇ、ご主人様」


 その必要もないだろううに、わざわざ右手を目の上に当てて眺めるアリサさんは、こんな時でも飄々とした態度を崩さない。その後ろで、最後の一人を魔法で縛り上げたレヴィアさんが息を吐いた。その上から、人命保護の魔術を重ねがけする。


「……ひとまず、尖兵どもの第一波は捌けたか」


 ……尖兵。そう、尖兵と呼ぶべき者達なのでしょう。意味のある言葉を話すことも出来ず、イノリさん曰く“気持ち悪いほどに均一化された適合度”で以って、私達へと向かってきた彼ら彼女らは。スーツや白衣を纏った教員あるいは研究職員が二人。制服を着た生徒が四人。『学院』は学術研究機関であり、優れた生徒は同時に研究者である事が求められる──その理念自体は、理解できるものだったはずなのに。自我を感じさせない虚ろな瞳で地に伏すこの子達の姿が、学問と研究の徒であるなんて、私には到底思えない。


「アトナリア先生も、だいぶ張り切ってますねぇ」


 ぽんと置かれた手のひらの感触で、肩の力が少し抜ける。メイド服を着こなすアリサさんの、このおちゃらけているようにも見える態度は、けれども不思議な事に、私にとっては決して不快なものでは無かった。アーシャさんなどは、よく顔を顰めていましたが。


「『学院』はもう、その主柱がどうしようもなく腐っている。その事を否が応でも理解させられましたので」


「……我々の中で最も真っ当に心を痛めているのは、間違いなく先生でしょうね……」


 こうやって、折りに触れ見せる真剣な表情。それが本心からのものなのか、或いは私をイノリさんの傘下へと誘う演技──流石に、こうも共に過ごしていればそれくらいは察せられます──なのか、私には未だ見抜く事が出来ない。恐ろしいのは、それを見抜けずとも良いかと思い始めていること。

 ……何にせよ、その辺りを考えるのはコトが全て済んでからで良いでしょう。


「──っ。今、『保護縛鎖』の人命保護機能が作動しました。恐らく前回のような、口封じを行おうとしたのでしょう」


「……それ、は……」


 少し言い辛そうに、マニさんが言葉を詰まらせる。彼女もまた優しい子です。幼馴染の苦悩に当てられ、暴走してしまうほどに。だからこそ、努めて何でも無い事のように返す。


「魔術が上手く機能して良かった。救える命は、多いに越した事はありませんから」


 

「──御大層な事を言うじゃないか。もう調子は大丈夫なのかい?」


「っ!!」



 突然に、魔術によってこちらへの指向性を宿された声が割り込んでくる。

 顔を上げ、隠そうともしていない魔術痕の向かう先へと目を向ければ、生物研究棟の方へと繋がる経路の方から。


「……ハトア」


「久しぶりだね。ノルン・ヒィリ・アトナリア」


 いや、そうでもないか……と、小首を傾げる彼女──ハトア・アイスバーンは、夏季休暇直前に見た姿のまま……よれた白衣も、ぼさぼさな暗緑の髪も、猫背も、酷い隈も……最後に見た、こちらを見下すような視線も、全てがそのままでそこにいた。もう私を先生と呼ぶ事すら無い、本性を曝け出したハトアが。


「ふむ、やはり戻ってきていましたか」


 静かに私の横に立ったアリサさんが、ついと目を細める。その手にはいつの間にか、彼女が『注入器』と呼んでいるものが。


「理事長に急遽呼び戻されてね。アレをしろコレをしろと、全く人使いの荒い上司だよ。可能なら君達の相手もしろ、だとさ。僕は便利屋じゃないんだがね」


 愚痴を吐くその姿はあまりにも自然体で、だからこそ、彼女は自分の意志で理事長に加担しているのだと、もう疑いようもなく理解できてしまった。私達の足元に伏す六人を視線で指しながら、問う。


「……彼らにカミの力を渡し、このような状態にしたのは、貴女なのですか」


「ふむ。もう隠し立てする必要もない。そんな事くらい、理解できないのかな」


「口封じの為にと、生命を奪う魔術を仕込んでいたのも、貴女なのですか」


「同上」


「……そうですか」


 ほぼ間違いなくそうだったとしても。本人の口から答えを聞くまでは、私はまだ、自分の中に残った情を捨てきれなかった。だからこそ今この瞬間に、自身の責務を果たす覚悟が決まった。ハトアを、彼女を正しく導けなかった不甲斐ない教師としての、せめてもの償いを。


「すみません皆さん、可能であればサポートを」


 後ろで身構えるマニさんとレヴィアさん、隣のアリサさんへと声をかけ、それと同時に右手の指先を小刻みに曲げ伸ばす。発動した動作型の不可視捕縛魔術は、同時に人差し指を突き出し防護魔術を展開していたハトアには届かなかった。


「随分なあいさ──!」


「ちっ」


 次の瞬間には、アリサさんがハトアのすぐ目の前にまで迫り注入器を突き出していたけれど。妙な……とても奇妙な挙動で、ハトアはそれを回避した。本人が攻撃を認識するより先に体が動いたような。条件反射、というにも鋭敏過ぎる反応。仰け反って一歩後退り、そのまま二歩目には魔術で大きく後退していた。


「──はぁ。劣等種族に野蛮人。不快な存在ばかりだ」


 そう吐き捨てるやいなや、白衣の内側からスクロールを取り出し素早く起動するハトア。強力な転送魔術だ、『乱渦』は間に合わない──!


「……これはっ……!」


 背後で、レヴィアさんが真っ先に反応した。同時にハトアの眼前に現れたのは黒い──翼?


「片鱗、なんて程度じゃ済まなそうですねぇ……!」


 身の丈に迫るほどの大きな片翼が、何か重厚な気配を伴いながら、その場に浮かんでいる。アリサさんの言葉と共に脳裏に浮かんでくるのは、イノリさんが言っていた地下施設にあったモノ。その黒翼──左側の翼に見えた──がハトアの体と重なると同時、強大なプレッシャーが彼女自身から噴き出し始めた。


「……っ!これは……マズそうです、ね……!」


 マニさんの掠れた声に内心で頷く。先日、オウガスト・ウルヌスから感じたものと似たような気配。アドレア・バルバニア程ではないながらも、何か生物としての根本的な異質さを感じさせる力。見た目には何も変わっていないハトアが、気怠げに呟く。


「あの血族とハーフエルフほど、君達に被験体としての価値があるとは思えないが……まあ、精々有効活用させて貰うとしよう」


 被験体。

 その言葉に、心の内から憤りが吹き上がる。倒れ伏す生徒達への憐憫の情が私を突き動かす。恐怖や萎縮心が消える。私は魔術師だ。手数は多い方で、何だってやりようはあるはずだ。そして私は教師だ。生徒の為に、持てる(すべ)は何だって使う。


「──ハトア。貴女の師として、この『学院』の教師として。このノルン・ヒィリ・アトナリアが、これ以上の狼藉は決して許しません」


「あ、ワタシもいますからねぇお忘れなく!」


 いつの間にか隣に戻ってきていたアリサさんのいつも通りの声音に、少し肩の力が抜けた。

 

 お読み頂きありがとうございました。

 よろしければ、明日もまた読みに来て頂けると嬉しいです。

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