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第93話 全員ぼこぼこ。


 ラブホに籠もって二日目は、話し合いに終始した。

 三日目、アーシャの端末にお上からの通達。“許可。またこれを以って沙汰を下す。遣いは先日より既に向かっている”の文面でみんな気が沸きつつも、まだ待ち。ちなみに三日ともこの部屋でみんな雑魚寝だ。ベッドはろーてーしょんで。


 そして四日目の早朝。


「戻りましたぁっ」


 また変装して街の様子を見に行ってたアリサさんが帰ってきた。刈り上げたような金色の短い髪に、つなぎ?っていうらしい作業着。頭には被り物──ヘルメット──そうそれ、ヘルメットね。ありがとアーシャ。


「うまく化けるもんだねぇ。すれ違っても気付かなそう」 

 

 髪どころか顔付きまで変わっちゃってるもん。


「ありがとうございます。まあこのくらいなら、メイクと表情の作り方次第でどうとでもって感じですねぇ」


「へぇ〜」


 わたしもアーシャも化粧は最低限しかしないし、表情もだいたい死んでるし、すごいなぁとしか言えない。ちょっと目を離した隙に、いつものメイドさんに戻ってるし。


「昨日に引き続き、『学院』が躍起になって探しているような気配は無かったですねぇ。王都外へ逃げたと思ってくれているのか、はたまた舐められているのか……」


 部屋に入り口に立ったまま、脱いだ服をくるくる丸めてメイド服のふりふりの隙間にしまう──ほんとに何でもしまっちゃうねぇ──アリサさん。そうしながら、あぁそれと、なんて軽い口調でさらりと言った。


「お客様が来てますよ。ご主人様と奥方様に」


「……客だと?」


 わたしたちよりも先にレヴィアさんが声を上げる。警戒しなくて良いと思うよ。アリサさんがいつも通りなんだし。それに何より、昨日のお上からの連絡……遣いは既に向かっているってやつもあったし。立ち上がりかけたマニさんレヴィアさんを手で制して、アリサさんへ首肯をひとつ。


「入ってもらって」


「はい──では、どうぞ」


 妙に恭しく扉を開けるアリサさん。客人はするりと音もなく部屋に入り、すぐに閉められた戸の前で姿勢良く立ち止まった。恰好は……なんだろう、アトナリア先生のものよりもちょっと緩い雰囲気のスーツっぽい何か。被っていた、意匠を合わせた帽子──シルクハット──へぇ、しるくはっとっていうんだ。とにかくそれを脱いで、わたしへと視線を向けてくるその人は──


「久しいですね、イノリ」


「──母様(かあさま)?」


「「……母親!?」」


 おお、珍しくマニさんとレヴィアさんの声が揃った。そしてわたしもちょっとびっくり。ここにいることも、王都風の恰好がさまになっていることも。


「何を驚く事があるのです?」


「いや、まさか母様がくるとは……」


「血族の歴史上、初めて()()が霊峰の外に持ち出されるのです。その運び手が軟弱者であってはならないでしょう」


「それはー……そうかも」


「まあ顔が見たかったというのもありますが」


「出立の時は結局、顔を合わせずじまいだったからねぇ」


 母様は普段、血族の集落外の霊峰の山中で生活している。猿よりは文明的って感じに。だからわたしが最後に会ったのも、今回の指令を受けるよりもさらに前。半年ぶりくらいかな?


「元気そうで何より。アーシャも、変わらずですね」


「はい、お義母様も」


 わたしにくっ付いてるアーシャを見ての“変わらず”なんだろうね。アーシャの方も、母様にはあんまり反抗的じゃない。いつも通り。


「……イノリさんを……そのまま、長身美人にしたような人だね……」


「……ああ、目付きはアーシャよりも鋭いが……」


 いつの間にやら部屋のすみっこに身を寄せていたマニさんたちがぽそぽそ呟いていて、母様がそっちに目を向けるのと同時に、アリサさんがその横を通り抜けてわたしたちの前へ。そんな本気っぽい足運びしなくたっていいのに。


「さあさあ立ち話もなんですし、ここは一つお茶でもお淹れしましょうか。まあ市販の缶なんですが」


「胡散臭い忍びの者にしては気が利きますね」


 だいたい誰に対しても居丈高な態度も相変わらず、王都に来るのなんて初めてだろうに、母様は物怖じする様子もなくソファの方に向かっていく。立ち上がって会釈するアトナリア先生を一瞥して、背負っていた風呂敷と布切れで巻かれた細長い棒を床に置き、先生の斜め向かいに腰掛けた。わたしも追従してその真正面に座る。アーシャは背もたれ越しにわたしの後ろへ。

 アリサさんが、いつもの胡散くさにこにこ笑顔でテーブルにお茶の缶を置いた。


「──さて、要件は簡潔です。この見知らぬ面々との交流も今は結構。渡すものが三つ。それだけです」


 お茶を出させるわりには性急に──わたしたちとしては全然良いんだけど──、母様は懐から数枚程度の紙束を取り出す。持ってきた荷物に視線をやりつつ、紙束はわたしの方へ。


「『大祓戦羽衣』と『アイリス』、そしてお上からの指令書」


「確かに」


 渡された紙面には、お上と血族の当主直系にしか読めない(持ってきた母様も読めない)文字で、『学院』への沙汰が記されていた。端末でのやり取りではなく、この文書で下してきたということは、これはもう覆りようのない最終決定で。そして絶対に成し遂げなくてはならない指令だ。


「……どこまでやって良いのかしら」


 肩越しに覗き込んできて、でもやっぱり解読できずに歯噛みするアーシャが、わたしに問うてきた。みんなが注目する中、お上の沙汰を──その怒りを噛み砕いて伝える。


「──全員ぼこぼこ。関与が疑われる者は一人たりとも逃がすな」


「分かりやすくて良いわね」


「まあ、元よりそのつもりでしたからねぇ」


 正式にお上からの許可が降りたことで、何の気兼ねもなく思いっきりやれる。『大祓戦羽衣』の使用許可も出たし。で、もう一つ。


「それから、『学院』の地下を全部掘り返せってさ」


 地下施設のあれも全て暴かなきゃいけないから。あの空間を囲っていた、カミの気配を遮断する物質も含めて。入り口がないんじゃ、転移で入るか掘り返すしかないよねぇ。案の定、レヴィアさんが常識的な苦言を呈してくる。


「……随分な無茶を言うな」


 けど。


「アーシャならできるよ。邪魔立てされなければね」


 わたしの奥さんを舐めちゃいけない。『アイリス』込みで全力を出せば、ちょっと地面を掘り返すくらいわけないのだ。がはは。


「まあそっちは、理事長他をひっ捕らえてからという話ですね」


「だね」


 アリサさんの言う通り、とにかくまずはアドレア・バルバニアとオウガスト・ウルヌス、あと他に彼女らの味方をするような人がいたら全員とっ捕まえる。それが終わってから、『学院』を物理的にひっくり返す。


「寮に残っている生徒が退去するまで待って頂けるなら、私も地下を掘り起こす事に異論はありません」


「もちろんです、先生」


「……私達は、ボスの言う事に従うだけ……なので……」


「だな」


 ものの流れで全員の最終的な意思確認も済んじゃった。そしたらもう。


「じゃ、行こっか」


 攻め込むしかないよねぇ。

 みんな頷いて、すぐにでもと立ち上がる。ここ数日でばっちり休んだから、体力気力も万全だ。あ、でもごめん、着替えるからもうちょっとだけ待って。戦羽衣だからね、着ないと意味ないからね。布で覆われたままの『アイリス』をアーシャに渡しつつ、風呂敷を持って脱衣所へ。


 ……と、その前に。


「そういうわけだから母様、悪いけどすぐ帰ってもらうことになっちゃった」 


「私に構わず行きなさい。もう少し、このらぶほてるとやらの空気を吸ってから帰りますので」


 ああ、その為にお茶を出させたのね。せっかく王都に来たからか、一人で居座る気満々だったらしい。


「では鍵はここに置いておきますね。支払いは済んでますので、チェックアウトだけお願いします」


「任せなさい」


 自信満々だ。絶対何も分かってないだろうに、さすが母様。アリサさんがテーブルに置いた部屋の鍵を一瞥してから、余裕たっぷりにお茶を啜っている。


「あ、そうそう母様」


「何か?」


「諸々が終わったら、えーっと……少なくともこの人とこの人とこの人は霊峰に顔見せに連れて行くから。そのときにまたよろしくね」


「ええ。旦那(カタリ)にも伝えておきましょう」


「お願いねぇ」


 とまあ、お喋りもいい加減このくらいにして、脱衣所の戸を閉めて手早く着替えていく。

 『大祓戦羽衣』は、血族の当主がその力を最大限に発揮するために纏う戦装束──だけど、正直そう何度も袖を通したいものではない。父様は確か現役の内に三回着て、ただでさえ短い寿命がさらに縮んでるらしいし。わたしはこれで二回目。でもまぁ、やるときにはやらなきゃいけない。霊峰の血族当主っていうのは、そういうものだから。


 あっちに袖を通したりこっちを羽織ったり。そして最後にきゅっと真っ白い帯を締めれば。それで一層、気合も入るってもの。よーし、がんばるぞー。

 

 お読み頂きありがとうございました。

 よろしければ、明日もまた読みに来て頂けると嬉しいです。

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