第38話 雑談
入学してから二か月超。
そろそろ、学生としての『イノリ像』みたいなのも固まってきたと思う。
座学はまあ、自他共に認める問題児で。近接戦闘系の実技に関しては、ぼちぼちって感じ。一応、試験成績上位者だし。
「――そういえばマニさんって、座学はなに取ってるの?」
「……『モンスター生態学』、『局所戦術指南』など……その系統のものを……」
「へぇー」
すんごい難しそう。これ以上は聞かないでおこう。
今日も晴れ晴れとした訓練場で、マニさんと刃を交える。相変わらず、動き回っても目元は隠れたまま。
『剣術実技』のクラスは、この時期にもう一度生徒間での摸擬戦を盛んにおこなうようになるらしい。『格闘術実技』と合わせて基本的なモンスターとの戦闘は既にあらかたこなしていて、今は夏季休暇前の試験に向けて対人戦に力を入れていく。休みが明けたらまた、今度は野外演習も交えつつより強力なモンスターとの実践演習、その後はまた生徒同士で――みたいな。
良く分からないけど、飽きが来なくていいんじゃないかな、うん。
味変?ってやつだと思う。
「――ッ」
「おととっ」
マニさんが鋭く突き出し来た木剣を、すんでのところで回避する。
そのまま短い木刀で――講義用に買ったやつを削って改造した。怒られなかった――叩き落とし……たかったんだけど。マニさん、刀身を引く速さが尋常じゃない。しかも腕を引きながら足は踏み出してて、捻じれたままのわたしの左脚が引っ掛けられる。
踏ん張る、のも危ないから。そのまますてーん、と。
「また負けた。強い」
「……恐縮です……」
レヴィアさんとの戦闘から、突っ込んで行ってぼこぼこに殴りまくる印象が強くなっちゃってるけど。マニさんは剣を持つと一転して、絡め手なんかも使ってくる。
死角を突いてきたり、意識を逸らせたり、ふぇいんと?とかしてきたり。どれも基本的なものではあるんだけど、マニさんくらいの暴力ぱわーの人がやると怖い。
今だって本気だったら、引っ掛けるとかじゃなくて砕かれてただろうし。わたしの足首。とても怖い。
地面に手をついたまま周りを見渡せば、近くで アーシャとアリサさんが同じように木剣を交えている。
マッケンリー教官曰く、実力の近い者同士を宛がってるらしいけど、アリサさんはわざとアーシャと拮抗させてるんだろうなぁ。本人曰く正面からやったらわたしたちの方が強いらしいけど……魔法込みのアーシャならともかく、わたしが勝てるとは思えない。何してくるか分かんないし。
そこも含めて、現状、できれば敵には回したくないけど……うーん……
「……イノリさん、大丈夫ですか……?」
「……あ、ごめん」
とか何とかぼーっと考えてたら、マニさんに心配された。
あとで考えよう……ずっと後回しにしてる気もするけど。
「はいじゃあ、もう一本」
「……はい、お願いします……」
「お願いします」
立ち上がってお尻の土ぼこりを祓……じゃなくて、払い。構えて。再開。
短刀を短く振って牽制しつつ、適当に話を振ってみる。睨み合ってばしんばしんしてばっかりじゃ、気疲れしちゃうからね。
「レヴィアさんとはどう?上手くやれてる?」
「……はい、お陰様で……」
何を以って「上手く」というのかはさておいて。
真っ直ぐに構えた木剣を挟んで、マニさんは僅かに微笑んでいる。
『契約の首輪』の離れたら死ぬってやつ、最初は怖ぁって思ってたけど。案外、結構な距離……どれくらいって言ってたかな……えっと…………まあ、少なくとも『学院』の敷地内を歩き回るくらいなら大丈夫らしくて。お陰様で講義とかは今まで通り出られるらしい。どっちかが野外学習の時とかは、付いていかなきゃいけないだろうけど。
それなら同じ部屋に住む必要はないだろってレヴィアさんはきゃんきゃん吠えてたけど、首輪をぐいってやられて静かになってた。や、物理的に締めたとかじゃなくて、こう、マニさんの“圧”で。まあそりゃ怖いよね。
「……最近は毎日、寝る前に……耳元でこう……『レヴィアは弱い、レヴィアは弱い』って……言い聞かせてます……」
「わぁ……」
アリサさんが言ってた、尊厳破壊ってやつだね。
「……ってことはもしかして、同じベッドで寝てるの?」
「……はい……夢のようです……」
「良かったねぇ」
言われずとも、マニさんがレヴィアさんをがっちり抑え込んで寝てる様子が目に浮かぶ。添い寝っていうには、こう、一方的というか。
「……レヴィアは、口ではまだ反抗的ですが……」
一太刀っ。あ、躱された。
「あーでも、少し丸くなった感じはする……かもねぇ」
丸くっていうより、色々あり過ぎたせいで気が抜けてるだけ、かな。
今後また再燃してキレたナイフ(アリサさん談)に戻るのか、マニさんの圧に屈して諦めるか……血族的には、後者を願いたいね。それはそれで可哀そうだけど。
「……同じベッドといえば、あの……」
「んー?」
横薙ぎに一撃飛んできた。ちょっとブレてる。
「……イノリさんとアーシャさんは、その……婦婦という事で……」
「うん」
躱して一突き。お、掠めた。
「……その、不躾な事を窺いますが……」
「うん」
重心が少し揺れてる。好機っ。
「……あの……その、ですね……」
「なにー?」
右……と見せかけて左っ。やっぱり反応が遅れてる。
「……夜の、営みなどは――ッ!?」
「――ふんッ!!!」
もの凄い速さで突っ込んできたアリサさんが、マニさんを思いっきり蹴り飛ばした。
「ゴルァひよっこォォ!!不躾が過ぎるんですよぶっ殺されたいんですか!?!?」
すっ転がっていくマニさんを追いかけて、胸倉掴んで、がっくんがっくん。
「……あ、あの……すみませ、せせせ……!」
うわすんごい揺れてる。
大声を上げるアリサさんだけど、他の生徒さんたちは見向きもしない。
みんな訓練の真っ最中だし、ちょっと盛り上がってるくらいじゃ気にも留めないんだろうねぇ。
「馬鹿ね。どっちも」
相手がいなくなったアーシャが、私のそばに寄ってきた。少し乱れちゃってた髪に、指先を通してくれる。
「……一度、解きましょう」
ぽーにーてーるを解いて、手櫛で優しく。
少し熱が籠ってた頭に、アーシャの指先がひんやり心地良い。
「――大体、ベッドシーンは千差万別!人様の情事に首突っ込んでる暇があったら、自分の相手の弱点の十や百くらい探してみろってんですよ!!」
「……いえっ、あのっ……私とレヴィアは、そういうアレでは……!」
「どー考えてもそういうアレだろうがよォ!!あそこまでヤっといて今更カマトトぶってんじゃねぇですよ!!」
「元気だねぇ」
「あんまり見ない方が良いわよ。馬鹿がうつるから」
アーシャは今日も、冷たーい目付きをしてた。
「――マニ、精神攻撃は有効だが時に思わぬしっぺ返しを食らうことがあるぞ。イノリ、自然体なのは良いが力を抜き過ぎだ。もっと緩急を付けた方が良い。アーシャ、お前は無難過ぎて特に言うことがない。その調子で精進しろ。アリサはもっと集中しろ」
マッケンリー教官も負けず劣らず冷静だった。
お読み頂きありがとうございました。
次回更新は7月4日(月)12時を予定しています。
よろしければ、また読みに来て頂けると嬉しいです。




