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第33話 解決……?

 今回の更新分で第一章完結となるのですが、どうしてもこの一話に纏めたかったため、文字数が大幅に増えてしまいました。通常の3倍くらいあります。すみません。


「……イノリさんっ……レヴィアは……!」


 息をしていることは確認しつつも、不安は拭えない様子のマニさん。

 それもそうだ、明らかに普通じゃない痙攣っぷりだったし。


「どうだろうねぇ。一応、結構気を遣って切り離したつもりだけど」


 諸共に祓うのは言わずもがな。無理やり引き剥がすのだって、精神に耐え難い負荷をかけてしまう可能性が高かった。

 だから完全に絞り出すのは諦めて、途中で切っちゃったわけなんだけど。


「アーシャ、ちょっとレヴィアさんの治療お願いして良い?全快はさせなくていいから」


「ええ」


「あと、わたしにはあれを――」


 言い切る前に、アーシャの細っこい指が差し出された。右手の親指と人差し指で摘まんでいるのは、薄緑色の真ん丸。


「はい」


「あー……っむ。あいあと」


 その小さな玉――造血効果やらなにやら色々ある丸薬を、ぱくっと口に含む。舌先に一瞬触れたアーシャの指は、いつも通りほんのり甘い香りがした。


「レヴィアひゃんの状態は、目を覚まさせれば分かぅよぉー」


 口の中でころころ転がしながらなもんだから、どうしても下っ足らずな言い方になっちゃう。


 元々はこれ、血族に伝わる秘伝の、なんか凄い効能で信じられないくらい苦い丸薬。苦過ぎて丸飲み推奨なんだけど、わたしは飲み込むのが上手くできなくて。かと言って、舐めたり噛み砕いたりなんて言うのも、これまたとてもできたものじゃなかった。食べ物の味じゃないもん、あれ。


 で、それをアーシャがどうにかこうにか改良して舐められる味にしてくれたのが、今口に入れてるアーシャ印の丸薬。

 ほんのり甘くてとても美味しい。アーシャの指先と同じ。


「ふぃ~」


 血を失って力の抜けた身体を、しゃがみこんだアーシャに預ける。

 その間にもレヴィアさんの治癒は進んでいて、それと同時にマニさんがお顔を拭いたり外套を羽織らせたりしていた。


「……こんなもので良いでしょう。すぐに目を覚ます筈よ」


 身体的な治療に気つけを織り交ぜた魔法。

 割とまだぼろぼろだけど……アーシャの言葉通りその身体は、少しずつ身じろぎし始めた。


「――ん、くっ……」


「……レヴィア……!!」


 眉のあたりがもごもご動き、やがて目を開くレヴィアさん。

 座り込んで見下ろしていたマニさんが、息を呑んだ。


「…………マニ…………顔が近い…………」


「レヴィア、レヴィアっ……良かったぁ……!」


 少しぼんやりとはしてるけど、ちゃんとマニさんを認識できてる。

 覆い被さるみたいに抱き着くマニさんに、何度か小さく苦言を漏らしていた。


 仲睦まじくしてるところ心苦しいけど、遮るように声をかける。


「――レヴィアさん、気分はどう?正気?正常?」


「……随分な物言いだな。ああ、わたしはわたしのままだ……多分な」


 マニさんの手を借りて上半身を起こすレヴィアさん。

 何度か頭を振って、探るように目を瞑る。


「……だが。まだ居るな、こいつが。だいぶ小さくはなったようだが」


「うん。レヴィアさんにレヴィアさんのままでいて貰うには、完全に剥がすのは諦めるしかなかった」


 まだ力も入らないだろう両手を、開いては閉じ開いては閉じ。

 見つめるその瞳は、幾分か穏やかにはなってる気がするけど。でも。


「つまりまだ、あの力は使えるわけか」


「……そうだね。今は眠っているようなものだけど。あなたが強く望めば」


「……っ!……レ、レヴィア……駄目だよ、もうこれ以上は……駄目っ……!」


 正面から両手を掴み、顔を寄せて、マニさんが言う。

 心配と非難とが強く強く滲んだ声音で。


「……あんなのは、ズルだよ……!あれでわたしに勝ったって、ノーカン……だからっ……!」


 のーかん?って言うのが何なのかは――ノーカウント、数えないってことね――ありがとアーシャ。


 まあとにかく。

 万事解決万々歳、助かったんだしレヴィア・バーナートはお咎め無し――ってわけには、行かないんだなぁ。当たり前だけどさ。


「――レヴィア・バーナート」


「……ああ」


「神伐局及び霊峰の血族の名において、あなたを拘束します」


「――っ!」


「……そうか」


「あなたに憑りついたカミを完全に祓うことは不可能です。いつまた、その力に呑まれるか分からない。以後あなたの身柄は、自然死に至るまで霊峰の地にて我らに管理される事となるでしょう」


 丸薬をころころ転がしながら考えていた処遇を、彼女に伝える。

 たまにはお役所仕事らしく、丁寧な言葉遣いでね。


 本人もまさか、何事もなく終わるだなんて思っていなかっただろうし。


「……そ、んな……待って下さい……!」


 静かなままのレヴィアさんに変わって、マニさんが声を荒げているけど。


「これは決定事項だよマニさん。わたしたち霊峰の血族には、王立政府よりその権限が与えられている」


 神伐局云々よりも前、というかずっと昔から、わたしたちには果たすべき役割がある。


 カミを討つこと。


 カミに憑かれた者の処遇を決めること。


 稀に現れるレヴィアさんのように深く適合してしまった人は、無理やりに剥がして廃人にするか、剥がしきれなかった場合は死ぬまで幽閉するか。


 それがわたしたちの為すべきこと。


「幽閉って言ってもまあ、山の中だから。素行が良ければ(監視付きで)屋外にも出られるし、自然がいっぱいすろーらいふだよ」


 いっぱいっていうか、自然しかないけどね。

 多くを求めなければ住み良い場所だよ。


「……どのみち、もう真っ当には生きられないと思っていた。今だって、力への渇望をまだ捨てられずにいる」


 愚か者には相応しい末路だ。


 そう、自虐気味な笑みを浮かべるレヴィアさんは、告げた沙汰を受け入れるつもりみたい。


 納得がいかない様子なのは、むしろ。


「……山奥に閉じ込めるだなんて、そんな勝手な――」


「言っておくけど、これは公務よ」


「………!」


 ぴしゃりと言い放ったアーシャに、マニさんの言葉が止まる。


「今は落ち着いてるように見えるけど。一度身を墜とした人間は、そう簡単には元に戻れない」


 血族の歴史上、レヴィアさんと同じ罰を受けた人はたまにいた。

 そのほとんどが、死ぬまでに何度も我を失って叫んでいたらしい。


 力を寄こせ。もう一度。もっと力を、って。


 過ぎた力には、途方もない依存性がある。

 それは霊峰の血族(わたしたち)が見てきた、揺るぎない事実だ。


 だからこそ、わたしやマニさんの私情でレヴィア・バーナートの処遇を捻じ曲げるわけには行かない。


 諭すようにそう説明してあげれば、いよいよマニさんは言葉を失ってしまった。

 俯いて顔が見えなくなり、何を考えているのかも読み取れない。


「…………」


「……ま。別に、もう会えないってわけでもないよ」


 私情は挟めないけど、これは指令――そう、公務なのだ。


「……霊峰、とやらに……私も同行して良いって事ですか……?」


「うん。条件付きでね」


 止められると思っていたんだろう、その声はさっきよりずっと上擦っている。

 勿論普通だったら、常人を霊峰に招くことなんてしない。

 無理矢理ついて来ようとしても全力で追い払うし、最悪アーシャが処分(・・)する。


 でもマニさんは、候補だから。

 この為にこそ、レヴィアさんを助けたようなわけで。


 ここまで来たらもう勿体ぶらずに。

 でも鷹揚に、どっしりと。

 局長(予定)の局長(予定)たる威厳を、こう、ぶわーっと見せつけながら。



「――マニ・ストレングス。あなたを我が神伐局にすかうとしたい」



 決まった――


「……決まったよね?アーシャ」


「ええ」


 やったね。

 アリサさんは、後ろで「ぐぎぎぎっ……!」とか呻いてるけど。


「…………えっ、と…………神伐局というのは……レヴィアのような人を、その……鎮圧する部隊、のようなものと捉えて……良いのでしょうか……?」


 いつも以上に途切れ途切れな言葉から、マニさんの戸惑いが見て取れる。


 一応、神様とか血族の説明はざっくりとだけどしてたわけで。馬鹿だ馬鹿だと言われがちなマニさんだけど、決して物分かりが悪いわけじゃない。そういうところも人材として欲しい部分だ。


「うん。だいたいそれで合ってる。マニさんは強いから、是非とも力を貸して欲しいなって」


「……あの……私はまさに先程、レヴィアに敗北したのですが……いえ、あれはノーカンですけど……でも……」


「正直言って、レヴィアさんくらい深く適合できる人はごく稀。マニさんくらいの実力があれば、ほとんどの場合は問題なく対応できるはず」


「…………」


 きっと、色々と聞きたいことはあるんだと思う。


 いきなりすかうとって何だよー、とか。


 何で私なんだよー、とか。


 そもそも神様って何だよー、とか。


 でもそれには答えない。

 いや、問える空気を作らない。


 ただ、選択させる。

 拒むか、受け入れるか。


 今その天秤に乗っている重りは、マニさんにとって一番大事なもののはずだから。

 色々あって整理が付いていないだろう今の内に、是非とも押し切りたい。


「……マニ、お前は強い。わたしなんかよりずっと」


 強いて懸念点を上げるなら、その重りさんが突っぱねてきそうってことだけど。


「お前はきっと、どこでだって活躍出来る。わたしなんかの為に、こんな怪しい連中に付いていく必要はない」


 でも。

 言い聞かせるような口調だけど、重りさ――レヴィアさん。

 計り違えてるよ、マニさんの気持ちの大きさを。


「…………」


 あと普通に、今のあなたの発言に信用とかないからね。


 やーいやーい、ずるっ子ー。

 ていうか、わたしとアーシャは怪しくないやい。


 ……とか何とか。

 すこーしだけ調子に乗っていたのが、良くなかった。


「…………」


 俯いたままのマニさんの表情は、まだ読み取れなくて。

 やがて顔を上げたその瞬間、答えが聞けると思っていた私の耳に入ってきたのは。


 がちゃん。


「――がちゃん?」



「……け、『契約の首輪』!?!?!?!?!?」



 静かに推移を見守っていたアリサさんが、急に声を張り上げる。

 首輪、って付く通り。マニさんが懐から取り出したそれは、レヴィアさんの首にかちっと嵌められた。


「マ、マニ……?」


 無骨な、黒光りする鉄の輪が。


「……これで、レヴィアは私の物になりました……」


 誰一人として付いていけてないこの場で、ただマニさんだけが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

 戸惑うレヴィアさんを、抱きすくめるようにしながら。


「……イノリさんのお誘い、お受けしたいと思います……血族とやらにだって、喜んで仕えましょう……ですが」


 こんなにもはっきりとものを言う人だっただなんて。


「レヴィアは常に、私が管理する……それが条件です」


 揺らめいて、揺らめいて。

 風も無いのに重たい前髪が流れ、ほんの一瞬だけ、深い青の瞳が。



「――ハイライトさぁぁぁぁんっ!?!?!?」


「うるさっ」


 うしろが、すごく、うるさい。


 驚いたような、でもどこか楽しげな感じもする叫びが、わたしとアーシャの顔を顰めさせる。


「あの、マニさん」


「……はい……」


「一旦ちょっと、待って貰って良い?」


「……ええ、どうぞ……」


「いや、待って貰いたいのはわたしだっ!!マニ、これは一体どういうことだ!?」


 ええい、こっちもまたうるさくなってきたぞ。


 マニさんに抱かれたまま、ぼろぼろな身体に鞭打って声を張るレヴィアさん。

 下手をするとわたしたち以上に混乱してるかもしれない。


「……今言った通り……これからは、私がレヴィアを管理する……」


「管理とは何だ!?いやそもそも、こんなご禁制のアイテムを使うなど……!」


「……神様の力に手を出したレヴィアには……言われたくない……」


「ぐっ!?」


「……レヴィアは、ズルをした……それに、私の事を傷付けた……」


「それはそうだがっ……だがわたしは、もう一度お前と並び立ちたくて――」


「……言い訳無用……」


「ぐぅっ!?」


「……私は……実力なんて関係無く、隣に居て欲しかった……本当はただ、それだけだったのに……」


「な、何を言ってるんだっ!わたしたちは切磋琢磨し合うライバルだろう!そんな生温いことっ……!」


「……そう、そこに齟齬があった……幼馴染だから、言わずとも通じ合ってるだなんて……慢心していたから……」


 確かに。

 最終的にレヴィアさんが力を求めたかどうかは兎も角として。二人の関係がここまでこじれたのは、どう考えても対話が足りなかったからだろう。


「……だから、管理して……徹底的に折る……レヴィアのその、強くなくちゃって考えを……」


 だから、の前後でここまで言葉が繋がらない事ってあるんだね。

 凄いね、アーシャ。


「レヴィアは弱くて、ズルくて……ただの、私のレヴィアなんだって、理解(わか)らせてあげる……」


「何を言ってるんだ……マニっ、お前は一体、何を言ってるんだ!?」


「詳しいことは、後でじっくり……教えてあげる……今は……」


 半狂乱になっているレヴィアさんを優しく抱きしめながら、マニさんはもう一度こちらを向く。瞳はもう見えないけれど、何というか、こう……


「うん、やっぱりちょっと待っててね?こっちでもちょっと、話し合いが必要っぽいから」


「……ええ、ごゆっくりどうぞ……」


「ありがとうね」


 一旦、一旦、アーシャにめいっぱいもたれ掛かる。

 背中に当たる温もりと柔らかさに、混乱しきりな頭が少し落ち着いた気がした。

 たぶん気がするだけ。


「イノリ、大丈夫よ」


「アーシャ……」


「いざとなったら、適当に何とかすれば良いわ」


「それもそうだねっ」


「良いんですかそれで……」


「良いの。んで、アリサさん。はいらいと……は、この際いいや」


 あんまり重要じゃなさそう。

 アーシャも、それは後で良いって顔してるし。


「『契約の首輪』ってなに?」


 そんなことより、大事なのはこっち。

 マニさんが急に強気になったくらいだから、よほどの代物なんだろう。名前的にもなんか凄そうだし。


「付けた相手にある種の契約を強制する魔術具です。数百年前、奴隷の所有がまだ認められていた時代に、特に貴族なんかが好んで使っていたものですね」


「ってことは。もうレヴィアさんは、マニさんの思い通り?」


 奴隷って聞くと、どうしてもそういう印象を抱いちゃうけど。


「いえ、完全に好き勝手できるってわけじゃありません。精神干渉ではなく、肉体に何かしらの枷を嵌める物なので」


 目を向けて問えば、随分と余裕ができたらしいマニさんがさらりと応えてくれた。


「……設定した契約は二つ……一つは『私から離れないで』。一定以上距離を開けると、私もレヴィアも死にます……もう一つは『死ぬときは一緒』。どちらかが死ぬともう片方も死ぬ……それだけです……」


「んなっ!?」


「おっも……!」


 レヴィアさん、アリサさんそれぞれの、悲鳴のような声。

 毛色は全然違うけど。


「……ついさっきまで、レヴィアの真意が分からなかったから……とにかく私から離れられないように、そう設定していました……」


「いや、そもそも現行法だと単純所持だけでとっ捕まる代物ですよ。ましてや他者に対して使用するなんて……どれだけ好きなんですかっ、てかどこから調達してきたんですっ?」


「……実家の、蔵に……」


「なるほどストレングス家……!ただの脳筋一族ではないという訳かっ……!」


 アリサさん、もの凄く楽しそう。


 なんか、急に風向きが変わっちゃって、わたしたちにどう不利になったのかが分からない。こちとら山育ちの学無し一族なんだぞー。


「あ、あーしゃぁ……」


「……恐らく、状況自体はそれほど変わってないはずよ」


 助けを求めてもっと倒れ込んだら、アーシャはしっかり支えてくれた。

 言葉も頼もしくて、わたしは何時だってアーシャに頼ってばかりだ。

 それが悪いことだとは、思わないけど。


「……ええ。レヴィアを……そちらのルールに則って処罰する、という部分も……私が貴女方の軍門に下る、という部分も……何も変わりません……」


 ただ、と。

 レヴィアさんを抱く手に力を込めながら。マニさんは言う。


「……私達を、引き離そうとしないで欲しい……一秒たりとも、一寸たりとも……」


 しないで欲しいっていうか、引き離したら死んじゃうわけだし。


「……極論、どっちだって良いんです……死ぬのも、生きるのも……一緒でさえあれば……」


 そう締め括るマニさん。

 レヴィアさんは腕の中で茫然としてるし、アーシャは完全に危険人物を見る目でマニさんを睨んでる。

 わたしも人選間違えたかなぁって思ってるけど……今更やっぱ無しって言ってももう遅いというか。どうあっても処罰しなければならないレヴィアさんと、マニさんは一蓮托生になっちゃったわけだし。


 なんだろう、これが管理職の苦悩ってやつなのかなぁ。


 ……あ、ちなみにアリサさんはとてもたのしそうです。


「いやぶっ飛んでますねぇ!しかし悪くない!悪くないですよ!88点!!」


 末広がりだ。めでたいね。


 まあ、はい。

 要するにマニさんは、レヴィアさんに関しての主導権を握りたかったってこと、なのかなぁ……?うん……多分……もう良く分かんないし、そうだと思おう……


 と、とにかくマニさんの言葉通り、大筋は変わらない。


 レヴィア・バーナートは拘束され、マニ・ストレングスは神伐局への入局に合意した。

 『契約の首輪』とやらを黙認しさえすれば、表面上は何も変わっていない。はず。


 ……よし。


「……アーシャ、さっきのがちゃんって音、聞こえた?」


「いいえ、聞こえなかったわね」


「アリサさんは?」


「ワタシもです。何ですか?『契約の首輪』って」


「おい!!そのやり取りで通ると思ってるのか!?!?」


 通っちゃうんだなぁ、これが。

 だってわたし局長だし。(予定)だけど。


「見ろ!思いっきり付いてるだろうが!首輪が!わたしの!首に!」


「……なんとこれ、消えます……」


 スゥ――


「……透明化っ……!後期の隠蔽型じゃないですかっ……!」


 もの凄く楽しそうなアリサさんの言葉通り、レヴィアさんの首に巻かれた鉄塊が透明になって消え……あ、いや、最初から何もなかったね。うんうん。


「……うん。じゃあね、マニさんはレヴィア・バーナートの確保に協力してくれたからね。ついでに当該人物の持続的な監視もお願いしちゃおうかなー」


「……お任せ下さい……局長……」


「今後、各地への遠征、派遣任務を請け負う際には、介助人を同行させる可能性が高いわ。そうね……罰則も兼ねて、レヴィア・バーナート辺りにでも任せる事になる、かもしれないわね」


「……仰せのままに、アーシャさん……」


「ふざけるな!こんな、こんなことが許されて良いと思ってるのか!?お前達、公務員なんだろ!?公権力の横暴だぞこれは!!!」


「レヴィア・バーナート」


「何だ!?!?」


「霊峰の血族は公務員であると同時に、存在自体が治外法権よ」


 まあ、神様の存在は王国の法のどこにも記載されてないからね。


「――クソッッッッッ!!!!!」


 これ以上ないほどに迫真の悪態をつくレヴィアさんだけど。

 でもその瞳は、今まで見たどの瞬間よりも、ずっとずっとマシに思えて。


 本人が認めたがるかは分からない。

 だけど、マニさんの言う「折る」っていうのも、案外悪くないような気がしてきた。


 力を求めてきた彼女には、酷かもしれないけれども。

 いっそのこと牙も爪も完膚なきまでに折れてしまえば。


 そう上手くいくかは分からない。

 でも上手くいかなかったとしても、こちらに直接の被害はないわけだし。


「結構な尊厳破壊ですがね……」


 尊厳なんてものは、とっくに失われてる。

 カミの力に手を出してしまった時点で、彼女は自らそれを手放したんだから。



「――はいっ。じゃあもう、ひとまずこれで解決っ。夜もだいぶ更けてるし、一旦帰って休もう。うん、そうしよう」


 てわけでもう、真面目な話は終わり。

 わたしは疲れた。今すぐ帰ってアーシャと一緒にお風呂入りたい。湯船、湯船。


「ちょっと待ってくれ、頼む……!……そ、そうだっ、良いのか?今解散したら、わたしはこのまま逃げるかもしれないぞ!」


「逃げられるとでも思っているのかしら?もしそんなそぶりを見せたら、私が二人とも処分(・・)するわ」


「――クッッッッッソ!!!」


「イノリの前で汚い言葉を使わないで貰える?」


「……すみません、お二人共……私がちゃんと躾けておきますので……」


 レヴィアさんの口元を抑えながら、ぺこりと頭を下げるマニさん。

 もう面倒くさいから適当に手を振っておく。


「諸々の手続きとかは明日以降やっていくから」


「……はい……」


「むごごごごっ」


 ひとまず、レヴィアさんを今すぐ霊山に送還することはできなくなった。

 いや、マニさん諸共送り付けても良いんだけど……ちょっと……もうしばらく、わたしの目の届くところに置いておきたいかなぁって。


「いやぁ、濃い一夜でしたねぇ」


「ほんとにね。一応確認しておくけど、もう、絶対に今すぐ聞いておきたいこととかは無いよね?」


「特には……いえ、ワタシを差し置いてこのひよっ子をスカウトしたのは納得してませんが……」


 あんなに楽しそうにしてたくせに。

 無視無視。


「……私も特に……あ、すみません……一つだけ……」


「なぁに?」


 一つくらいなら、まあ。

 手早くお願いね。


「……イノリさんは……トモガラノ・イノリと、名乗っていましたが……名前は、トモガラノ、さん……で良いのでしょうか……?」


「あーううん、そっちが苗字。霊峰の血族は苗字が先に来るんだ」


 呼びにくいだろうから、今まで通りイノリで良いよ。

 そう言ったら、今度はまたアリサさんが声を上げた。質問、ないんじゃなかったの。


「そういえば、お二人の苗字なんかは調べて(・・・)も出てきませんでしたね。名前も最初は、コードネームの類かと思ってましたが」


 確かにお上は、一族のことを呼ぶ時は『霊峰の血族』、個人を指す時は名前で呼ぶから、結果的に苗字の方はかなり秘匿されてるかもしれない。

 別に、血族そのものの情報と比べてより重要ってわけでもないんだけど。


「差し支えなければ、アーシャさんの苗字なんかも」


 そんなわけで、ふと思い出したみたいにアーシャの苗字も聞いてきた。

 いや聞く必要あるの、それ。


 だって、


(ともがらの)


 に決まってるじゃん。


「……明らかに血筋は違いそうだが」


 あ、レヴィアさん。手、離してもらえたんだ。良かったね。


「……分家、にしても……随分と遠そうですが……」


「……?」


 みんな揃って的外れなこと言うもんだから、ここらで何かおかしいなってなった。

 アーシャと一緒に、ちょっと首を傾げる。

 アーシャはほんとに、わたしにしか分からない程度の角度だけど。


「……あれ?言って無かったっけ?」


「「「?」」」


 いやぁ、どこかで言ってると思…………


 …………


 …………


 ……うん。

 もしかしたら、言って無いかも。


 まあ、今言えばいいか。




「わたしとアーシャ、結婚してるよ?」




「「「……は……?」」」


「奥さん」


 アーシャを指して、そう言えば。


「主人よ」


 アーシャもわたしを指して、そう呟く。


「「…………」」


「…………」


「「…………」」


「…………」


「「…………」」



「――エンッ!!!」



 鼻血拭いて倒れた。

 誰とは言わないけど。


 なんか、変な空気になっちゃった気がする。

 まあいいや。


「……帰ろっか」


「そうね」


 ぽかーんとしたままのマニさんとレヴィアさんも置いて、わたしたちは寮への帰路に就く。


 もー疲れたし、明日は講義でなくても良いんじゃないかなぁって。

 そんなことを思いながら。


 第二章の投稿開始まで、二週間ほど時間が空いてしまうかと思います。お待たせしてしまい申し訳ありません。その間にタイトル、あらすじ等を一部変更する予定となっています。

 また、第二章からは更新頻度を週二回に戻すことになるかとも思います。

 それでは、ここまでお読み頂きありがとうございました。再開しましたら、また読みに来て頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんまに熟年夫婦やった……笑
[一言] わー、ヤンデレ。 このまま両想いになると良いな。
2022/05/29 11:11 スカルレット
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