今日も指輪の音が鳴る
2016年 結婚した頃のお話
「カチッ」
結婚して1週間、今日も指輪の音が鳴る。私は音の発生源である左手薬指を見る。そこにはキラキラと輝く、真新しい結婚指輪がはまっている。
私はモノを持ち歩くのが嫌いだ。腕時計も、携帯電話も、できることなら財布だって持ち歩きたくない。アクセサリーなど以ての外だ。
だが、結婚指輪だけは別だった。これは証だ。私が結婚したことの。
結婚指輪をしない男性はそれなりにいる。何もよからぬ理由があるわけではない。例えば医療従事者や飲食関係者は衛生面からつけられないし、電気や熱を扱う者にとって金属の指輪は危険だ。商品を扱う者は商品を傷つけてしまう恐れだってある。
しかし私の仕事はそうではない。だから指輪は一生外さないことに決めた。
指輪をはめて生活すると、いろんなところで音が鳴る。
「カチッ」
例えば階段の手すりを持った時、例えば食後に皿を洗う時、指輪が当たって音が鳴る。
「カチッ」
ほら、また鳴った。どんなに気を付けていても、いつの間にか触れている。それは対人関係にも似ている。
妻とはあらゆることで衝突した。それぞれ育った環境も、考え方も違うのだ。笑ってほしくてからかうと、その言葉に傷つき泣いたりする。どこまで踏み込んでよいのか、どこまでくみ取ってくれるのか。だけど遠慮なんてしない、本音がぶつかる。そして自然に、無理もなく心地良い関係性が出来上ってゆく。
いつしか指輪の音は鳴らなくなり、喧嘩をすることもなくなった。
私の指には、多くの傷がつき、鈍い光を放つ指輪がはまっている。真新しい指輪の強い輝きはもうない。けれども落ち着いた、決して変わることのない優しい輝きだ。
人との関係はこうしてできていくのだろう。
今日もまた新しい出会いがあるだろう。新しい指輪が音を立てる。しかし指輪が鈍い光を放つようになったころ、それはきっと良い思い出になっているはずだ。