再会 三
昭儀である趙春麗は、何故己が冷宮に捕らえられるに至ったか、未だ理解が出来なかった。
悉く思い通りにならない日々に憤りがあったものの、焦って事を仕損じてはならないことは重々理解していたため、決して己が証拠となるようなものは全て隠滅してきた。
後宮入りしてから皇帝徐欣を薬で陥落した。愛欲に溺れた男は予定通り春麗にとって都合の良い駒となった。
昭儀の地位に昇りつめた後、次は貴妃を狙おうと思っていた。だが、それは叶わなかった。
地位を得るため李貴妃が賢妃に毒を盛ったことにして両者を蹴落とそうとしたが、未遂に終わった。結果、紹賢妃の御子はすくすくと育ち、春麗の地位も変わらなかったどころか立場が弱まった。
それではならないと次に太后の名を騙り毒入りの茶を賢妃に与えることを考えた。退いたとはいえ地位を残したままの太后に対し邪険ではあったがこちらも消してしまうには良いだろうと考えた。
しかしそれも未遂に終わってしまった。
何故。
全ての計画は入念に下準備をしていた。
特に紹賢妃には弟である将軍という大きな盾があり、迂闊に手を出してしまっては身を滅ぼしてしまうことを理解していたため、厳重に手配をした。
それでも賢妃は毒を飲まなかった。
……焦りが生まれた。
このまま御子を、男児が誕生となれば役に立たない長子巽壽ではなく賢妃の息子が皇太子となるかもしれない。それだけは絶対に阻止しなければならない。
以前より懐柔していた賢妃の官女を使うことにした。これは、春麗にとって最終手段であった。
人間は痛みに弱く、証言してしまうかもしれない。
春麗以外に愁蘭を懐柔できるような能力を持つ者はおらず、春麗自ら愁蘭を懐柔した経緯もあるため、事が終われば彼女を殺す予定ではあった。
だからこそ、賢妃の屋敷を放火をさせた後すぐに処分しようと思っていた。
しかしそれも失敗に終わった。
愁蘭は紫釉によって捕らえられた。
何故後宮に紫釉が居たのか、本来であれば罰せられることも、賢妃暗殺を防ぐための行動であると言うと免れた。それどころかその行動に賞賛の声が上がる。
紹一族は総出で紫釉に忠誠を誓った。
眠れる獅子が覚醒したと言っても過言ではない。巽壽すら霞んで見えるほどに紫釉の行動は聡明であり勇敢だった。
放火から逃げ出す現場を捕らえられた愁蘭はすぐさま尋問にあった。
尋問がどのように行われたのかは分からない。
だが、数日もせず春麗の元に兵がやってきた。
「紹賢妃の暗殺容疑により趙昭儀を冷宮へ連行する」
刑部の官吏が告げる言葉に首位の官女達は悲鳴をあげる。
春麗は否定する言葉を吐くことも出来ずに捕らえられ、そして冷宮に閉じ込められた。
部屋は石造りで寒く身を暖める物もない。
髪を振り乱し紫釉皇子への取次ぎを願う。そして皇帝からの慈悲を待った。
しかし、誰も訪れる者はいなかった。
(皇帝は何をしているの……!?)
寵愛している女が捕らえられたのだ。
皇帝の権限でどうとでもなるだろう。
苛立ちから爪を噛む。既に三日は経った冷宮の暮らしに春麗は限界だった。
沐浴も出来ず、満足な食事もない。髪につけていた香油の効果は既になく、油でベタベタする。
服だってろくに着替えていない。異臭が嫌で脱ぎたいが、脱いでも着替える服もない。
「いい加減出して頂戴! 私が何をしたというのよ!」
扉に向けて怒鳴ろうとも、誰からの返事もない。
「徐欣様を呼んで! 私を誰だと思っているの!?」
拷問されるでも尋問されるでもなく、春麗は放置された。
粗末な食事だけが与えられる。それ以外、誰とも会話をすることもない。
何も情報を得られない窮屈な日々に苛立ちと焦りが生まれる。
(外はどうなっているの……?)
もし本当に自身が暗殺の主犯だったと決定したとして、皇帝が恩赦を与えてくれるはずだ。
何故なら皇帝の弱みすら春麗は握っている。春麗に何かあれば外聞の恥を露見することは容易い。
何より皇帝は春麗の与える薬に虜となっている。依存性が高いものの心身まで壊さない程度の麻薬に虜となった皇帝は春麗の足を舐めてでもそれを求める体になっているはずだ。
だから大丈夫。
大丈夫よ……
彼女は気付いていたのだろうか。
足元に迫りくる恐怖を。日頃捕食する側であった己が、捕食される側となった時の恐ろしさを。
命の重さというものを。
彼女にとってこの数日がどれほど長く感じたのだろうか。
窶れ細くなっていく体、醜く変わり果てる己の姿に怒りと焦燥を頂きながら、ただひたすらに時間が過ぎる日々。
その日の夜も、彼女は体をブルブルと震わせていた。
怒りなのか、それとも寒さなのかさえ分からない。
誰も助けに来ないことに怒りを感じていた。
ふと、扉が開く音がする。
夜も深まった時間の訪問者に春麗はすぐさま顔を上げた。ようやく助けが来たのだ。
「何をしていたのよ! 遅いじゃ……」
怒声は訪れた者の姿を見るや否や息を呑んだ。
薄衣で顔を顔を隠しているが高貴たる風格は薄衣では到底隠せなかった。
「お久しぶりですね……昭儀」
大きく膨らんだ腹を優しそうに細く美しい指で支えながら。
そこには紹賢妃が佇んでいた。




