再会 二
凰柳城は広く、守衛兵や官吏の者が暮らす建物や執務を行う場所、来賓の間などを入れると到底一日で回ることなど出来ないほどに広大であった。
後宮は塀で囲まれた別の建物であるため、玲秋ら妃達が訪れる機会などほとんどない。
その凰柳城の中、治療のために備えられた建物に玲秋は移動させられていた。
しかも、蓮花として。
「あの……紫釉様」
「うん?」
「私はいつ……後宮に戻るのでしょうか」
紫釉によって手配された個人宅のような部屋は、明らかに皇族が使うべき治療の部屋であった。調度品は後宮で、寝台は広く掛けられる毛布も手触りの良い高級品。
玲秋にとって明らかに場違いであった。
紫釉は玲秋に一瞥すると、また机に視線を戻し書き物を続けた。
玲秋が此処で休んでいる間、紫釉もまたずっとこの場で執務をしているのだ。
「其方を戻す予定はない」
「えっ?」
「其方の立場は今、事の重要参考人とされている。そのような立場の者を元に戻せば殺されるぞ」
淡々と語る紫釉の言葉は真実なのだろう。
急な緊張に玲秋は口を閉ざす。
紫釉は手にしていた筆を下すと、隣で萎むように落ち込んでいる玲秋の髪に触れた。
「ようやく誰にも邪魔されず共にいられるのだ。離れたいような言葉を紡がないでほしい」
「…………っ」
紫釉の言葉に飾り気はなく、直接的な言葉で玲秋を打ち負かす。
彼の真っすぐな愛情ある言葉を、目覚めてから毎日のように玲秋は聞いているというのに未だ慣れることはない。
あの日。
目覚め、玲秋が記憶を取り戻した日。
想いを告げ、そして想いを返された時から、紫釉は毎日のように玲秋を好きだと告げてくれる。
「今まで伝えられなかった分を取り戻しているだけだ」と告げる彼の言葉が事実であるとすれば、一体いつになれば取り戻すというのだろう。
あれから、紫釉に起きた事を淡々と語ってくれた。
一度目の生で玲秋が毒殺された後、汪国がどうなったのか。
天の声を聞き、紫釉が二度目の生を得てからどのように行動したのかを。
そして三度目の今、どうして生きてきたのかを。
「全てにおいて事の発端は紹賢妃の死から始まっていた。何としても彼女の死を防がなければならなかった」
一度目は火事により命を失った。
二度目は毒を盛られ殺された。
その情報を得ていた紫釉は、過去の記憶を辿り犯人や犯行の経緯を探っていたものの、後宮に足を運ぶことも出来ず情報を得るのは困難だった。
それでも、一度目と二度目に起きた事件の後、狂ったように官女達を屠る劉偉の行動から軌跡を辿れば、賢妃の官女に対し異常なほど憎しみを抱いていたことを思い出した。
「裏で趙昭儀が暗躍していることは元より掴めていたが尾を掴むことが出来なかった。だが、今回の件でどうにか捕らえることが出来そうだ」
紫釉の表情はひどく穏やかだった。
「火事を起こしたのは……愁蘭だったのですね……」
「ああ。其方に罪を着せようとしたことも自白した」
「…………」
官女として共に過ごした日々を思い出す。
彼女は明るく、そして聡明な女性だった。常に紹賢妃に従い信頼される絆もあった。
それでも人は変わってしまう。
強く指先を握り締めていた玲秋の手に、被さるように紫釉の手が包み込む。
玲秋は顔を上げて紫釉を見れば、心配そうに瞳を覗かせる紫釉と目が合った。
「…………大丈夫です。何より、小主……紹賢妃がご無事で何よりです」
「ああ。其方のお陰だ……感謝する。だが、これ以上の危険を其方に与えたくはない。暫くは此処で養生してもらう」
「そのような事が……」
出来るのだろうか。そう、問おうと思うものの、紫釉の表情は固く揺らぐ様子はない。
玲秋の表情を見て紫釉が少しだけ表情を緩める。
「其方が蓮花である間、玲秋が居るように振る舞うことなど祥媛には容易かった。姿を見せなくとも徐倢伃は病に伏せっていると伝えれば問題ないだろう」
「それはそうですが。公主には……」
「……其方の珠玉想いには妬ける」
そう、ポツリと漏らす。
「珠玉には余夏がついている。近頃は余夏にも大分心を許していると聞く。ただ、それでも其方に逢いたがるため文を届けてもらいたい。近頃彼女が字を習っているのは知っているだろう?」
「ええ。大変優秀でいらっしゃいます」
まだ五つの珠玉が幼いながら文字を学んでいることは玲秋も知っている。一つ一つ文字を覚えては見せてくれる珠玉は、それはとても愛らしかった。
「其方が文を送ればきっと珠玉にも良い励みとなる。時折会えるよう手配はするが、事が落ち着くまでは此処で静養してもらいたい」
「かしこまりました……」
「…………駄目だな」
何故か紫釉が口元を抑え、苦笑を堪えるように眉を下げる。
「其方と会話ができるだけで頬が緩む」
そう、愛おしげに見つめ告げられては玲秋は何も言えなくなる。
玲秋とて珠玉は愛おしい。紹賢妃の様子も未だ心配が残る。
それでも、ずっと愛しいと思っていた紫釉の言葉に、喜びが溢れてきて。
泣きそうになるのを堪え、微笑み返した。
それから数日の後。
後宮と王朝は大いに乱れた。
皇帝徐欣の寵愛していた趙昭儀による紹賢妃の暗殺計画が露見したことにより。
政権の転機が訪れた。




