改編 六
夢を見ているのだろうか。
玲秋は頬が、身体が焼けるような熱さを感じながら未だ意識を目覚めさせることができずにいた。
それでもぼんやりと夢から目覚めるような感覚で現実に引き戻される。
彼女が目覚めて見たものは炎だった。
美しく装飾された建物の飾りは全て燃え盛り、美しさは跡形もなく消え去っていた。
目が覚めれば周囲の音もはっきりと聞こえてくる。
それは叫び声だった。
数人もの助けを呼ぶ声。玲秋は慌てて起き上がる。
すると頭部にひどい痛みが走る。何者かに殴られた記憶だけはあったため、そのせいだと分かる。
痛みを堪え、玲秋は叫び声があがる方向に顔を向けた。
「小主!」
叫び声は紹賢妃の寝室からだった。彼女が部屋で少ない官女達と歓談をしていたことを思い出す。彼女達はまだ此処に居るのだ。
扉を開けようと思えば鍵が掛かっていた。何故、と思うまでもなく扉を強く叩き開けようにも開かない。
もう一度叩こうと思ったところで、自身の懐に何かが入っている感触があった。
慌てて取り出してみればそれは鍵だった。
目覚める前には持っていなかった鍵に何故という思いもあったが、それよりも先に閉ざされた扉に向けていくつか鍵を試す。緊張して手は震えていたが扉は問題なく開いた。
「蓮花!」
第一に出てきたのは官女の一人だった。残りの一人は賢妃を抱いて扉の前に立っていた。
悲痛な表情を浮かべた三人を見る。
「急いで逃げましょう!」
「でも、どうやって……」
周囲は火に囲まれている。風の強さも相まって火の回りが早かったのだ。轟々と音を立てて燃える炎の中に入るには到底無理だった。
「……こちらへ!」
玲秋はまだ火が少ない扉の前に立ち、手に持っていた鍵をいくつか調べて開ける。風向きから火がまだ辿り着いていない方向にひたすら向かうしかない。
途中、飾ってある花瓶の水を官女達に掛けた。少しでも火の脅威から逃げるため必死だった。それでも火の手はじわりじわりと四人を追い詰める。
眠っている間に鍵を持っていたことは幸いした。考えるに、玲秋を犯人に仕立て上げるために置いて行ったのだろう。鍵はそれが幸いしたのだが、少しでも目覚めるのが遅ければ今頃全員燃える炎に閉じ込められていた。
「……こっちです!」
出口など分からない。火は燃え上がり行く手を阻む。どうにか、少しでも火の少ない先に逃げるしかなかった。
しかし最後に辿り着いた先の扉は外側から鍵が掛けられ、開けることが出来なかった。
この扉一つ開けば外に出られるというのに!
炎は玲秋が居る部屋にまで辿り着き、天井が抜け落ち床までも燃やす。
官女達の悲鳴が響く。
燃え盛る炎は四人を瞬く間に燃やすことが出来るだろう。
熱気と煙が襲い掛かる。
あまりの熱さに涙すら蒸発してしまう。
(怖い……)
玲秋は恐怖に震えた。
生き埋めにされて殺された時よりも、その炎の惨たらしさに恐怖した。
恐怖を払拭し、扉を壊す勢いはもうなかった。
息苦しさから誰もがその場に崩れ落ち、それは玲秋も同様だった。
(死ぬの?)
珠玉を守れなかった。
賢妃も守れなかった。
過去に戻り、全ての災いを無くすために誓った思いも何もかも。
この場で果ててしまうというのか。
(紫釉様)
後悔を思えば、それは何故か紫釉の事ばかり思い出した。
紫釉皇子。互いに過去から戻ってきた特別な御方。
彼を置いて死ぬことに申し訳なさを抱く。
同時に思う。
また、置いていくのか、と。
(また……?)
自身の思考が分からない。
果てしない焦燥感と悲しみ。置いていくこと、置いて死ぬことへの恐怖。
天井にまで届いた炎が雨のように降り注ぐ。チリチリと焦げ臭い臭いが近づき、女達を飲み込もうと忍び寄る。
霞む意識の中で思う。
せめて今度ぐらいは彼と共に在りたかった。
紫釉を再び悲しませることしか出来ないことが悲しかった。
(何を……考えているの?)
記憶が混濁している。
見たこともない光景が脳裏によぎる。
人は死を直前にすると過去を思い出すという。
けれど、この記憶は何だろう。
見知らぬ小さな屋敷で、穏やかに微笑む紫釉の笑顔が浮かぶ。
その姿は今よりも年を重ねており、青年らしい面立ちをしていた。
今と変わらない紫の瞳が玲秋を見つめる。
玲秋は、その笑顔が好きだった。
幸せなことなど何一つ訪れない孤独の檻の中で、唯一つの幸いが紫釉との会話だった頃の記憶が蘇る。
(ああ……そうだ……)
全てを思い出した時、施錠されていた扉が激しい音と共に開いた。
空気の流れが変わり、一度怯んだ炎は新たな空気を取り込み大きな音を立てて勢いを増す。
「玲秋!」
愛おしい人の呼びかけに玲秋の意識が僅かに浮上する。
駆け付け、玲秋を抱き上げた男は間違いなく紫釉だった。
朧げに思い出した記憶の中の彼よりも少し若い紫釉の顔。
けれど間違いなく、彼は玲秋の愛した人。
「紫釉……様……」
伸ばした手が紫釉に届く前に玲秋は意識を手放した。
そうして思い出す。
哀れな末路を迎えた、一度目の人生を。




