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懐妊 四

あけましておめでとうございます!

今年も作品を更新していければと思います。どうぞお付き合い頂ければ幸いです!

 紹賢妃の宴の日は、ひどい天候に見舞われた。

 大量の雨が凰柳城を濡らす。

 土は過剰なまでの水により歩けば水たまりが至るところに出来ていた。

 その中でも、そのような悪天候でも輿を抱えた男達は並んで歩く。

 輿に乗せた主、皇帝徐欣を乗せて。




 雨により環境は最悪な状況ではあったが、元々外での宴会ではなく建物内で楽や舞を見せる酒宴であったこともあり、雨音が賑やかなだけで清秦軒の日常は何一つ変わらなかった。

 ただ、建物の外に池が造られた建物であるが故、増水に注意を払う必要がある。

 雨音を誤魔化すように楽団が音楽を奏でている。至るところで良い香りのお香が焚かれている。

 その日、玲秋は官女であるというのにいつも以上に化粧や支度に時間を要された。

 皮肉なことに、その時間はきっと妃として後宮入りした時よりも時間が掛かっていた。

 肌白さを隠すように頬を紅色に塗り、眦にも朱色と金箔を混ぜた紅を付ける。

 着ている服も官女よりは楽団の踊り子に近い。

 明らかに官女から逸脱している。

 ただ、皇帝や立場が上の者に酒を注ぐ女の服装としては間違ってはいない。

 美しく華やかな女が杯を注ぎ、興味を持たれれば伽を共にすることは常識でもあった。

 問題なのは、その役目を蓮花に与えられたことだった。


(紹賢妃は何をお求めになっていらっしゃるの)


 妃である玲秋が蓮花だと知られれば偽装の罪を背負うことだろう。そして騙し匿っていたという賢妃にも咎がめぐってくるかもしれない。

 確かに玲秋は未来を変えたかった。

 戦により汪国が変わるよりも前に、後宮で自ら出来ることを探すために願い出た。

 その結果が今。

 

(私は何をしているのかしら……)


 玲秋には紫釉や劉偉のように戦術を読むことなど出来ない。学問は女に必要ないと、最低限の教養しか与えられてきていない玲秋には考えが及ばない。

 それでも後宮にいれば何か役に立てるかもしれないと信じた。

 紫釉皇子に少しでも貢献できると期待した。

 

(何故……皇子を思い出すとこんなにも苦しいの?)


 紫釉皇子。

 玲秋にとって唯一の理解者である皇子。

 玲秋は立場上皇帝の妻で、彼はその皇帝の息子。

 それ以上に皇子である彼と玲秋では身分も違い、本来であればまともに会話や文のやり取りなど以ての外だ。

 それなのに。

 紫釉はいつも玲秋の心をかき乱す。時には癒し、慰められ、そして苦しい。

 本来ならば愛されるべきである皇帝との伽の可能性を考えるだけで恐怖し、思い浮かべるのはどうしてか紫釉のことだった。

 玲秋の心情を第三者が知れば不貞な考えに批難どころか処罰されるべきだろう。

 それでもなお考えずにはいられない。

 けれど、どうしてなのか。

 過去を含め、玲秋が紫釉と顔を合わせた数など指の数にも満たないというのに。

 まるでずっと以前から紫釉のことを想い慕っていたような気さえするのだった。



 宴が始まる。

 踊り子が舞台となった中央で優雅に舞う。楽団の奏でる音楽に合わせ手拍子が鳴る。

 クスクスと鈴のように笑う官女らの中に皇帝徐欣は座っていた。

 隣には美しく着飾った紹賢妃がいる。

 僅かに寄り添いながらうっとりとした仕草で皇帝の腕に指を絡めている。

 まだ宴が始まったばかりで配膳の時間ではない。

 玲秋はそこで待つように指示されていた。

 皇帝の酒が無くなったら、新しい酒を注ぎに行くよう言い渡されていた。

 知り合いの官女から激励を贈られても、玲秋はうまく笑えなかった。

 手が震えている。

 逃げ出したい。

 けれど、思い浮かぶのは小さな珠玉の微笑む姿。


「……………………」


 元から、自分は皇帝の妻なのだ。

 何一つ間違ってなどいない。むしろ、今までがおかしいのだ。

 皇帝の妻であるというのに忘れ去られた存在。

 それが今になって役目を果たすというだけのこと。

 自身に言い聞かせれば緊張し震えていた指が落ち着いた。

 それでも紫釉の表情が浮かぶせいで眦に涙が浮かぶ。


(大丈夫よ……きっとお気に召される筈などない)


 自分は愛されなかった妃。

 皇帝に一度として目を向けられなかった紀泊軒の主。

 大丈夫。


「蓮花」


 声を掛けられる。酒を注げという合図だ。

 玲秋は酒の入った瓶を持ち静かに皇帝の元に向かった。既に酒を飲んでいる皇帝の顔を間近で見たのは何年ぶりだろうか。

 口に蓄えた髭は長く口元には酒が僅かに零れている。頬は痩せこけたように細く、眼はギロリと蓮花に向けられた。体調の思わしくない顔だと思ったが整った顔立ちとも言える。しかし蓮花に向ける視線には明らかに欲があった。


「其方が新しい官女か」

「蓮花と申します」


 玲秋はゆっくりと杯に酒を注いだ。

 一滴たりとも零さないよう気を配り、そして早々に立ち去りたかった。

 しかし望みは叶わず、注いでいた腕を掴まれた。


「いい女だ」


 ゾクリとした。

 鳥肌が立った。

 耳元で囁かれた声から酒の匂いが充満している。

 掴まれた手から逃れたい、けれど出来ない。

 皇帝の腕の力が更に込められた時。


「お逃げ下さい! 屋敷が浸水します!」


 男の叫び声が屋敷の中に響き渡り、事態は一変した。




 




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