蓮花 四
紫釉から文が届いた。
とても、とても怒られた。
祥媛に言えば止められることを分かっていたため、玲秋はあえて祥媛に事情を説明せずに紹賢妃に面会を依頼した。賢妃との話が進んでしまえば止められないと踏んで言わなかった。
信頼してくれている祥媛に対し裏切るような行動をとってしまったことは、本当に申し訳ないとも思う。
けれど本当のことは伝えられない。
後になって玲秋が隠れて賢妃の官女となることを伝えた時、憤る彼女に対し伝えた。
「少しでも紫釉皇子のお力になりたいのです」と。
後宮の内情は後宮の者にしか分からない。
いくら外で権力を保持しようとも、後宮の中は閉ざされた世界。内部で情報を流す者がいない限り何一つ分からない。
珠玉の元に余夏、そして玲秋の元に祥媛がいるとはいえ官女では知る情報にも限度がある。
何より珠玉も玲秋も後宮内における政権からは外れた存在だった。
だからこそ玲秋は紹賢妃の元に潜り込みたかった。
後宮の中がどれほど閉鎖的な空間であるか、祥媛も理解していた。だからこそ玲秋が語ったことに対し何も言わなかった。
ただ、「ご報告だけは致しますから」とは言われた。
結果、お叱りの文が届いたのだった。
いつも以上に長い文にはお叱り、注意事項、そして最後には安否を願う思いが綴られていた。
優しい紫釉。
玲秋の他にも過去を知る唯一の存在。
少しでも彼の思う未来を叶えたい。そのためにも自分で出来ることがあるのなら、喜んで身を投じる気持ちだった。
「小主。お時間です」
考えている先から祥媛の声。
玲秋は読んでいた紫釉の文を卓に置いて立ち上がる。
向かう先は勿論、紹賢妃の元。
「ねえ、蓮花はもう皇帝にお会いになった? 貴女ならすぐに目に留まるんじゃないかしら?」
「そうよそうよ。綺麗だし官女から妃になった人も数多くいるんだからきっと次は貴女ね」
炭の火を起こしている間、親しくなった官女達と他愛もない会話をする。
彼女達は蓮花が玲秋であることを知らない女性達だった。
「恐れ多いわ」
玲秋は苦笑する。
確かに玲秋は他の官女に比べて衣装も化粧も華やかだった。それには紹賢妃の考えがあるのだと思うため口にはしない。
ただ、日頃控えめに暮らしてきた玲秋にしては落ち着かない格好ではある。
周囲にはその控えめに伏して憂う表情が、他の妃嬪から漏れる野心と違い清楚で好まれることを。
玲秋だけは知らなかった。
「そろそろ陛下が小主をお選びになる頃だと聞いているから、少しでもお顔を合わせられる機会を探しましょう!」
「そうよそうよ。ああ、素敵だろうなぁ~蓮花が妃になったら大層美しいに決まっているわ」
既に妃なんですが。
とは、勿論口に出せることはなく。
玲秋は炭に火を起こした後、炉炭に入れて部屋の中に移動させる。
部屋には既にいくつか炉炭を用意してあるため外よりも随分と暖かい。空気の入れ替えが必要であるため、窓が微かに開いているかを確認して設置する。
紹賢妃は本日、来客がいたようで玲秋が訪れた時には既に部屋の中で話し合いをしていた。
時折聞こえてくる談笑の声色から、盛り上がりを見せていた。
ふと、扉が開いた。
玲秋は慌てて部屋の隅に移動し首を下げる。
「来てくれてありがとう。ああ、蓮花。来ていたのね。紹介するわ。劉先生、新しく入った官女の蓮花よ。蓮花、彼は馴染みの侍医、劉先生よ」
朗らかな声色で侍医を紹介する紹賢妃の言葉に、玲秋は改めて礼をしてから顔を上げ。
そして、止まった。
「初めまして、劉です。賢妃の侍医を務めております」
少しばかり声を変えていることが分かった。
髪の色も偽りだ。
厚着の侍医服に隠された先に逞しい体格をしていることを玲秋は知っている。
被り物の頭巾により長い髪が隠されているが、間違いない。
彼は紹劉偉。
玲秋と珠玉を生き埋めにした、かの大将軍であった。
 




