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冷宮 一

 (おう)大国にて内乱あり。

 凰柳城(おうりゅうじょう)の内城に狼煙があがる。

 詭道(きどう)によって内部の兵は混乱し、開かれた西華門からは幾人もの兵が流れ込む。

 その頃の皇帝徐欣(じょきん)は、女達と愉しみ夢覚めることはなく、夢うつつ狭間のままに(とら)われたと後に聞く。

 後宮の女達は揃えて冷宮(れいきゅう)へと送り込まれたのであった。




 炭火どころか暖を取る術もない冷宮に閉じ込められた玲秋(れいしゅう)はその冷えた指先に息を吐く。

 白く煙る息を吹きかけたとて、彼女の手は温もることはなかったが、それでも多少の暖を取ろうと手を擦っては息を吹きかけた。


「珠玉公主」


 玲秋は微かに温まった手のひらを幼い少女の額に乗せた。凍えるように冷えてしまった少女を掌で暖める。細やかな温もりであろうとも、少女は甘えた表情で玲秋の指に額を寄せてきた。

 薄着の衣を数だけ増やし珠玉に重ね着させ、玲秋は彼女を強く抱き締めながら少女の名を呼んだ。

 うつらうつらとしながらも顔を上げ、珠玉はニコリと微笑んだ。

 玲秋の顔を見て安堵したのだ。


「もう明翠軒(みんすいけん)にもどれるの?」


 明翠軒は珠玉が数日前まで暮らしていた建物の名前だ。

 玲秋はどう答えればよいのか躊躇った後、安心させるように彼女の髪を撫でながら首を横に振った。


「まだですよ。ですが、きっと貴女のお兄様であらせられる第三皇子が屋敷に帰して下さいます。それまでもう少しだけ辛抱しましょう」


 もう何度となく繰り返した返答だった。

 珠玉は不満を堪えた様子で小さく頷き、そのまま玲秋にしがみつく。


 はぁ、と息を吐く。

 

 閉じ込められて五日が経ったことは、壁に引いた線で把握している。

 着の身着のまま守衛兵に連れてこられた玲秋の服は、妃達の中で誰よりも質素であったためか珠玉の官女と間違えられた。お陰で今こうして愛する珠玉と共に同室でいられるのだから幸いだったのかもしれない。


 凰柳城が謀反者によって襲撃され、すぐさま後宮に火の手が上がった。

 寵姫の元に通い続けていた皇帝徐欣は後宮に入り浸っていた。数多くの兵が後宮を走る中、玲秋は一人寝が寂しいと泣いていた珠玉と共に眠りに就いていたところだった。


 後宮では聞かない男達の怒声。

 きな臭い匂い、剣の交わる音。

 玲秋は何が起きたのかすぐに理解した。しかし理解したところでどうすることも出来なかった。

 暫くすれば玲秋と珠玉のいた明翠軒にも兵はやってきた。

 瞬く間に捕らえられ今に至る。


 日に日に弱まっていく珠玉の顔色を覗き玲秋は胸を痛めた。

 

 珠玉は玲秋が後宮で世話になった亡き恩人、周賢妃(しゅうけんひ)の娘だった。

 美しくも儚く、皇帝の寵愛を得ていたのも束の間のこと、病で倒れると皇帝から忘れ去られた周賢妃は、後宮入りした玲秋をいつも可愛がってくれた。

 故郷に売られる形で後宮入りした玲秋にとって周賢妃は家族のように大切な存在だった。

 だからこそ、玲秋は珠玉と一緒に牢に捕らえらえたことに幸運を感じた。


(珠玉公主だけはお救いしなければならない)


 命を懸けて逃がす術があるのなら、この身を投げ捨てて珠玉を逃がしたい。それが玲秋にとって亡き周賢妃への忠義であった。

 珠玉の眠りが深まったことを確認した玲秋は髪に差していた簪を外し手に握り締めた。

 流れ落ちる髪をそのままにし、寄りかかっていた壁に新たに線を引く。

 冷宮に捕らえられてから六日目の朝が始まった。




 冷宮は女達の牢獄だ。

 従来であれば罪を犯した宮女や妃が幽閉される場所に、後宮にいた殆どの女が収容されている。

 数が多いため与えられる食事の量も少なく、粗末な食料だけでは到底腹は満たされない。

 何処からか女達のすすり泣く声も聞こえてくる。

 徐欣には数多くの側室がいた。あまりの多さに後宮管理を勤める内務府ですら女の数を把握できないほどであったという。

 かくいう玲秋も妃の一人であった。

 位は倢伃(しょうよ)。従来であれば二十七世婦の一人とされる位であったが実際何名の倢伃がいたのやら。


 時折、冷宮の何処かで悲痛な叫び声が木霊する。

 それは処刑を執行する際に泣き叫ぶ女の声であった。


 声が聞こえる度、玲秋は珠玉の耳を塞ぎ強く抱き締めた。

 まだ四つの珠玉には痛ましい声だ。

 絶対に聞かせたくなどない。

 抱き締める回数が増える度、珠玉もまた小さな手でしっかりと玲秋を抱き締めた。

 薄暗い牢獄の中で二人の抱き締め合う温もりだけが心の支えだったのだ。




 線の数が十を過ぎた時。

 ついに部屋の扉が開かれた。


新連載です。

しばらく2話更新予定です。

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