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夜な夜な魔法少女に襲われてます  作者: 重土 浄
第二話「キミの知らない朝陽が昇る」
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第二話 完



 ポールの上に立っている魔法少女の顔に朝日があたり、彼女は目を細めた。東の空が明るくなっているのを確認した彼女は、眼下の状況に目を移した。


 修復はほとんど進んでいなかった。


 未だ屋根は破断された状態のまま、男は地面を這いずり破片パーツのパズルに没頭しているが、この調子では一週間の時間与えたとしても直せはしないだろう。


 ついに男はへたり込み、休憩を取り出した。


 少女はため息をつき、手に集めた光を長大な槍に変える。


 立てた槍を顔のそばに持っていき、槍の柄におでこをあてて、つぶやく。


 「これは私の使命…これは私の使命…」


 祈るだけで男を消す覚悟ができたら苦労はしない。結局の所、覚悟なきまま行動するしかないのだ。






 「フヒーーー、きっちーー」


 俺はへたり込んで、持ってきたバックから飲み物とタオルを出して休憩に入った。作業の進展から目をそらして再充填する時間が必要だった。


 「やっぱタダってわけじゃないか~」


 自分の手に光を作って確認する。この修復の力、使えば使うだけ体力が奪われる。当然のことだった。


 「あ~日が昇る…」


 明るくなった空を見上げると、あの魔法少女がちょうど降りてくるところだった。いつもどおりの艶やかな姿、マスクでその表情は読めないが、彼女の素顔を想像するだけで、生きる希望のようなものが湧いてくる。


 「やあ」


 俺は気安く挨拶したが、彼女は返事を返さなかった。


 「よっこらせっと」


 立ち上がり、彼女のそばに近寄ろうとしたが、槍を脇に構えている彼女に拒絶の意志を感じて途中で止まった。


 「もう、時間かな?」


 彼女は無言のままだ。


 「時間じゃしょうがない。もういいよ」


 「なんで、逃げないの?」


 ようやく一言喋った。


 「ああ…跡を濁さずってのを、やってみたかったんだ。今まで何も出来なかった人生だったからね。一つくらいは、って思ったんだけど…」


 明るくなりはじめた周囲を見渡す。広い敷地に屋根の破片が並べられているだけで、何も直ってなどいない。


 「ご覧の有様だ」


 つい、自嘲的な嫌な笑顔を作ってしまった。何も出来てない。俺の人生そのものだ。


 ただ漫然と生きて小さな成果物の破片が並んでいるだけの人生。大きな形を作ることが出来なかった、連続性のある、価値のある人生を。


 「逃げれば良かったのに、そうすれば、少なくとも死なずにはすむのに」


 「そしてまた魔物になるのか?そんな人生は嫌だからここに残ってる。誰かに迷惑をかけるのは人生だから仕方ないけど、災害のレベルの迷惑だからね。さすがに逃げられない」


 もう一度、自分がやってしまった破壊跡を見る。そして彼女を見る。朝焼けを背景にした、今、世界で一番美しい彼女を。


 「それに君を傷つけた。心も、体も。嘘についてはゴメン、本当にゴメン」


 「いいんです、それはもう」


 「それになんどもキミを殴った。止めようとしたけど、やっぱり俺は怪物に負けた。俺が危険な存在だってよくわかった」


 彼女の体がピクリと動いた。


 「止めようと…したんですか」


 「え?うん…なんどかコントロールは奪えたけど…」


 「じゃ、じゃあ!あの怪物が自分で自分を殴ったのは?」


 彼女が俺に飛びつかんばかりに迫った。


 「それは俺がやった」


 それを聞くと、彼女の顔に明るい光が指した。自分の肩に向かって


 「ほら、やっぱり!この人、魔物をコントロールできたんだよ!私の勘違いじゃなかった!」


 彼女の髪の中からトーテム、ソダリーが出てきて


 「たしかに、それは興味深い。ほんらい魔物は門の所有者の破壊願望によって動く。門の所有者自身がつねに破壊願望の権化、世界の敵であることが常だからだ」


 「そうなの?」


 俺には完全に初耳なことだった。


 「ソダリー!つまり私が言ってた、もう一つの作戦ができるんじゃない?」


 「だがそれでもリスクは高い。君はまだ本当の魔物と戦っていないから、そんなにのんきに言えるんだ。門の所有者が抵抗を示さない今こそ最大のチャンスだ」


 「そうだねー」


 俺は適当に相槌を打ったが、魔法少女の方に睨まれた。


 「だめだよ、ソダリー。戦略も戦術も私が決める。最初っから私は言いましたよね、道具にはならないって」


 彼女の強い言葉にソダリーは反論できずに黙った。


 「ところで。そのもう一つの作戦ってナニ?」


 話の主体であるのに会話から阻害されていた俺は聞いてみた。


 魔法少女は俺の顔を強く見つめ


 「あなたにはこれからも魔物になっていただきます!」


 「え?」


 「そしてその魔物を動けないように心で縛ってください。被害も最小限にしてください」


 「え?」


 「そしてその動けない魔物を、私が楽々と仕留めます!」


 「ええ~~?」


 俺ばかりが大変そうな作戦が提示された。


 「門には十二体の魔物が仕えている。十二体を倒し切ると無防備な門だけが現れるから、それを破壊する」


 ソダリーが追加で説明した。


 「つまり?」


 「キミはもう二体出現させて倒されている。魔物はだいたい三~六日周期で現れるから、あと九体、全部終わるのに二ヶ月弱かかると思ってくれ」


 ソダリーの数字込みの説明は今後のスケジュールまで入っていた。


 俺はしばらく空を見上げて考えた。魔法少女は期待を込めた目でこちらをみている。


 「つまり…俺は四日おきくらいに魔物になって」


 「ハイ!」


 「それを動けないように頑張って縛って」


 「ハイ!」


 「それを君が倒すってのを、九回繰り返すってこと?」


 「そういうことです!」


 「………メンドクサ!」


 「ナニがですか!!」


 俺は大きくため息を付いた。死ぬか、と思った最期の日に、二ヶ月近い今後のスケジュールが決まってしまったのだ。


 「それが、俺が生き残って、君を人殺しにしない唯一の方法ってわけ?」


 彼女に近づいて目を見ながらそう言った。


 「ついでに世界も救えますよ」


 彼女も俺の目を見ていってくれた。


 この魔法少女と一緒に頑張れる。


 あと二ヶ月生きている理由としては、最上のものじゃないだろうか?人生の目的が決定した音が脳内で聞こえた。俺は手を差し出した。


 彼女の細い手が俺の手を握ってくれた。


 「ヨロシク。俺の命を君に預けるよ」


 「よろしくお願いします」


 二人の契約が成立した。


 魔法少女と世界を滅ぼす魔物との共闘の契約だ。


 


 「八百長っぽくない?それって」


 「ヤオ…チョウ?」


 若い女の子はプロレス用語を知らないか。


 もう朝日は昇り始めていた。人々が目を覚ます時間も近い。


 「じゃあ、帰りましょうか?」


 「いや、まだ修復作業が…」


 「とてもキミには無理だ。諦めて早々に立ち去ることをおすすめする」


 「まあ、そう言わないで…」


 魔法少女とそのトーテムに反対されたが、俺は作業を諦めていなかった。


 大きな破片がゴロゴロと並ぶ現場に戻り。


 「フン!」


 腰だめの姿勢になり両手を広げる。まるで土俵入りするお相撲さんのようだ。


 魔法少女たちは呆れた顔で見ているだろう。屋根の部品は全て地面に落ちている。本来、屋根があるべき三〇メートル上には魚の骨のようなわずかな骨組みしか残っていない状況だ。ほとんど手つかずにしか見えないだろう


 俺の両手が輝く。人生で初めて得た特殊能力だ。力を込めるほどに輝きが増す。


 今、最大の力を込める。


 「ヨォ!」


 お相撲さんのような、大工の棟梁のような掛け声。地面に並んだ全ての部品が一斉に浮き上がる。プルプルと震える俺の足。まるで全ての重量が両足にかかっているかのようだ。


 「な~~お~~れ~~~」


 みっともない掛け声だが、これしかない。そしてその掛け声に合わせて全てのパーツがどんどんと上昇する。上昇に合わせてパーツの間にあった隙間がどんどんと縮まり、建物の高さの半分を超えたあたりには、完全に屋根の形になっていた。


 魔法少女の驚く声が聞こえた。気分が良かった。


 「いきなりピースをはめちゃ駄目なんだ。まず小さなまとまりから、それを合わせて中くらいにして、そして大きなパーツにする…そしてそれを…はめる!」


 足を震わせながら説明した俺は、最後の力で元の形になった屋根を、元の場所に戻した。ガッチリと組み合った感触を手に感じた。


 はまった屋根は、もう落ちることも剥がれることもない。完璧に、治った。


 作業を終えて力が抜けた俺は尻餅をついた。後ろを振り返ると、魔法少女はすでに上昇を始めていた。俺を褒めるように目が笑っていた。


 「君は?名前は?」


 俺は去って行こうとする彼女に、最後の質問を投げかけた。


 喜びに溢れた彼女の目、彼女は自分の口元を隠していたマスクを外した。


 彼女の肩にいたソダリーが慌てふためく姿が見えた。


 マスクの下の笑顔は可憐であった。


 俺は、二人の少女の顔が同じであったことに、驚きではなく喜びを感じた。


 飛び去った彼女がどこに向かったのか、俺は知っている。


挿絵(By みてみん)




 自宅前に戻った。今日もまた色々なことがありすぎた。この日の最後、俺は確認しなければならなかった。お隣に住む、あの子の名前を。


 大きな住居に掲げられた表札を見る。


 「木須屋」


 「キスヤ…」


 名字を確認できただけで嬉しかった。


 その建物を見上げると、三階の窓が開いていた。レースのカーテンの向こうから、魔法少女が顔を出し、こちらを優しげに見ていた。レースが揺れると、その姿は女子校生のお隣さんになっていた。


 俺が小さく手をふると、彼女は少し恥ずかしそうに手を振り返してくれた。


 それだけで、生きている幸せを感じた。


 生きている理由があった。





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