表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜な夜な魔法少女に襲われてます  作者: 重土 浄
第十三話「キミすら旅に出る」
40/51

第十三話 「キミすら旅に出る」開始

挿絵(By みてみん)


 「合宿~?」


 「はい、うちの学校でやっている勉強合宿です。それに落谷さんも参加してもらいます」


 吐息が真面目な顔をしておかしなことを言っている…。


 「俺、学生でも先生でもないんだけど…」




 「合宿があるって前から言ってたよ」


 エリが言っているように、その話は聞いていたが、なぜ俺がそれに参加しなければいけないのか? 理由は簡単である。


 「落谷さんの魔物化の時期が合宿のスケジュールと完全に重なってしまいました。私達もさすがにこれはサボれないし、ここからかなり離れる事になります、だから…」


 「だから、魔物化する俺がそっちに移動するってこと?」


 「そういうこと。ねぇ、向こうで泳げるんだっけ?」


 リンカが合宿所になっているホテルのHPを見ながら聞いた。


 「ユリ先生が駄目って言ってたじゃん。露天風呂もあるけど、生徒は入れないって」


 エリの答えにリンカが膨れる。


 「それって先生は入るってことじゃん」


 「ビーチが近いの?」


 「そう、ビーチも温泉もあるけど~。生徒は利用できない。ず~~っと勉強」


 リンカが体を寄せてタブレットの画面を見せてくれた。結構なホテルだ。施設も立派で会議室を利用して合宿するようだ。俺はタブレットをいじって宿泊予約を確認する。


 「部屋は取れるみたい、値段は…まあ、コレくらいか」


 高くはないが三泊するとなるとそれなりだ。


 「じゃあ、決まりだね!一緒に旅行!」


 三人が顔を寄せて俺を追い詰める。


 こうして俺は、十年ぶりくらいの旅行に出かけることとなった。


 


 列車の中は学生がいっぱいだ。優秀な生徒が揃っているらしく、馬鹿みたいな大騒ぎにはなっていないが、他の一般車両に比べれば賑やかすぎる。


 俺は違う車両に乗っていたが、一度だけ学生たちが占領している車両を通過してみた。


 制服を着た生徒たちが旅行気分を楽しんでいた。勉強合宿であっても友だちと行く旅行はたまらなく楽しいだろう。


 うちの子達は…三人一緒ではなくそれぞれの友達グループと一緒に座っていた。夏休み中は三人とも家にほとんどいるので、普段会えなかった友達と楽しんでいるようだ。


 俺は通過する際に手をふることも、黙礼することもできないので、ただ少しだけ目線を合わせた。リンカは興味なさそうにしながらも、なんどもこちらに目線を送った。エリは思いっきり笑顔をこちらに向けて危なかった。吐息はなぜか照れた顔してうつむきながらこちらを見た。


 他の学生と比べて、三人とも華やかすぎた。制服を着て集団の中にいるとそれぞれの輝きが周囲を照らしているのが分かった。彼女たちの学生としての姿を覗けて俺は嬉しかった、これが父親気分というやつなのだろうか。ゆっくりと歩いていたのが怪しかったのか、教師に目をつけられそうになったので、急いで別の車両に移って、適当に席についた。


 席につくと携帯に写真が次々と送られてきた。友達と写ったエリの写真。どうどうとした自撮りのリンカのまわりには乗り出してきた友達の顔も写っている。窓に映る自分の横顔を撮った吐息。


 俺は変装用のサングラスをかけた自撮りを送ってみた。まさかその場で彼女たちが俺の写真を確認するわけはないだろうが、一枚くらい送るのが礼儀に思えたのだ。自撮り写真を女性に送ったのは生まれてはじめてだった。


 馬鹿にしたメッセージが次々と返ってきたので、どうやらすぐに見たようだ。




 駅に降りた生徒たちは送迎バスに乗ってホテルに向かう。駅構内を騒がしさの塊が移動しているのを遠目で見ていた俺は、バスには乗らずタクシーを使うことにした。生徒たちの乗るバスをタクシーで追う、なんとなく尾行追跡気分だった。普段ならタクシーを使うようなことはないのだが、旅行の魔力というやつか、財布の紐がかなり緩くなっているのを自覚している。ホテルは駅からかなりの距離があり、二〇分ほどかかった。




 「けっこういいな」


 思わず口にしてしまうくらい、いい環境だった。人里離れた場所に立っているホテルは、小ぶりだがなかなか立派な建物だった。玄関も広く、団体客もらくらく受け入れられる。横を見ると、海が見えた。ホテルから直接小さな海岸に降りられるようだ。


 俺は、初めて一人旅の楽しさを感じていた。金を使い、時間と場所を買う。大人の楽しみを初めて行っていた。


 ロビーは列を作った生徒でいっぱいだった。それを避けながら受付に予約した者だと告げる。


 「今日は学生さんたちがいっぱいで、少し騒がしくてスミマセン」と謝られた。俺は気にしてない、と言い、鍵を受け取る。


 学生が全員まとまっているので三人を探すのは無理かと思ったが、すぐに見つけられた。美少女というやつは群れの中でも探しやすい。さすがに挨拶もできないので、そのまま部屋に向かった。


 部屋は和室の二人部屋。一人部屋は取れなかったが広々としていて結果オーライだ。綺麗な畳の部屋、大きな窓から外からの光が差し込み明るい。いつもの薄暗い自宅とは大違いだ。俺は襖を開いて狭い広縁という場所、旅館で風呂上がりに座る場所だ、の向こうに広がる海を見た。


 「ふーーー、いいね」


 これが旅行気分というものか、初めて実感した。さっそく浴衣に着替えて広縁に座って、テーブルに置いてあったお菓子をぱくついた。夜までは完全な自由時間だ。


 携帯が鳴った。部屋番号を知らせろというお達しだ。俺は番号だけ送って、再び静かに海を眺めていた。贅沢な時間だった。


 ドアがノックされ、開くと三人が入ってきた。入ってくるなり「すごー」「こっちのほうが綺麗」「海が見える」と騒がしくなった。


 「もう浴衣着てる!」


 リンカが文句を言う。彼女たちはまだ制服のままだった。ホテルまでの行き来は制服がルールのようで、後は自由な服装になるらしい。今はまだ到着したての自由時間、この後で最初のオリエンテーション、そしてそのまま授業が始まって、一日みっちりと勉強というスケジュールらしい。


 「フフっ大変だね」


 俺は大人の余裕を見せつけた。こちらは金を使った大人時間、彼女たちは囚われた学生だ。しかし自慢しすぎた結果、エリとリンカにさんざん蹴られた。


 その後、今後の予定を話し合った。


 深夜になってから一人が抜け出して、俺の部屋で添い寝をして魔物化の気配を探る。早朝に部屋に戻る。これを最長で三日間、合宿が終わるまで続けるという予定だ。


 「友達と大部屋で泊まってるんだろ、抜け出せるの?」


 それに関してはデコイ魔法を使うそうだ。「いないのにいる気配がし続ける」という魔法だ。本来は戦闘で使う魔法だが、素人に使えば完全に騙すくらいの精度があるそうだ。鍵に関してもトーテムたちが簡単に開けられる。


 「それだけで完全犯罪できそうだな」


 彼女たちが真面目で良かった。悪い道具をいっぱい持ちすぎている。


 「で、今日は誰なの?」


 俺が確認すると、三人はじゃんけんを始め


 「勝ったー!」


 リンカに決まった。なぜそんなに嬉しそうなのか。他の二人は残念そうだ。


 「友達との深夜の会話とか、大切な青春イベントじゃないの、君たち?」


 「ホテルで添い寝とか、もしかしたら今日だけかもしれないじゃない」


 リンカの喜んでいる理由が、なかなか社会的に問題のある感じだった。




 彼女たちが去り、生徒たちの勉強合宿が始まったようだ。もっとも彼女らの使っている会議室と俺の泊まっている部屋は建物も違うし遠い。俺がホテル内を探索していても学生の集団を見かけるようなこともない。俺はホテルの施設を見て回り、土産物屋を物色し、海岸を眺めたあと、露天風呂に入った。


 風呂から上がり、再び部屋に戻って夕焼けの海を眺めていた。俺が感じていたのはまさに、大人の余裕だった。


 「もっと早く…来ればよかったんだな」


 そう思った。今まで一人で旅行に行こうなどと思ったこともなかっった。


 レストランで食事を取る。学生たちは別の場所で夕食を食べているらしく、レストランは一般客だけで静かだった。学生たちは食後も勉強らしい、なんと大変なのでしょう。


 部屋に戻り、テレビも明かりも付けず、広縁で夜の海を眺めてビールを飲んでいた。


 普段、アルコールを取らない俺でも、飲みたい気分になった。


 ドアがノックされた。開けるとリンカが立っていた。俺は廊下に顔を出し目撃者がいないか確認した後、彼女を部屋に引き入れた。


 「…お酒飲んでる」


 「ああ、すまない、よく考えたら、俺が飲んだら不味かったな」


 俺は今日、魔物化するかもしれない。そんな人間が意志力が鈍ることをして言いわけがなかった。


 「いいよ、ただ…お酒飲んでるとキスが出来ないかなって」


 まだ二人はドアの前に立っていた。明かりもなく、暗い。リンカが寄り添ってくる。俺は浴衣姿だ。


 「まだ時間じゃないし、キスもしないよ」


 まだ深夜ではない。布団も引かれていない。


 彼女と寝る時間ではない。


 彼女は浴衣から覗いている俺の胸板を見ているようだ。


 「まだ抜け出す時間じゃないから…またくるね」


 そう言って部屋から出ていった。単に暇つぶしに顔を見せに来ただけのようだった。彼女がまた部屋に来るまでに数時間ある。


 俺は冷たいシャワーを浴びることにした。


 意志力を回復させなければいけない。


 俺はバカンスをしに来たのではない。自分の仕事をするために来たのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ