第一話の3
自宅に戻り、あり物で夕食をとった。食事中にテレビをつけたがニュースで競馬場の映像が流れたのですぐに消した。PCを起動して仕事をしばらくしたが、集中力に欠きほとんど進まなかった。
今日見た夢と実際の現場の、そのあまりの一致ぶりに心が沈んでいく。何度も自分は無関係である。これは偶然の一致であり、一致したこと自体は罪ではない、と自分に言い聞かせたがPCを操作する手は度々止まった。
「仕事にならんな」
俺は室内着から外着に着替えて、外に出た。
時間は深夜一時を回っていた。本来なら寝る時間だが、寝るのが少し、怖かった。
深夜の競馬場には、当然ながら人はいなかった。マスコミも関係者も野次馬も消えていた。俺は警察の貼った立入禁止のテープを乗り越えて中に入った。
「俺も事件関係者みたいなものだから」
もしかしたら犯人なのかもしれないし。
フェンスの崩れた場所を見つけ、競馬場の敷地内に侵入した。つけっぱなしの照明が破壊の跡を夜の闇の中に浮かび上がらせていた。
屋根の一部が削られ、その破片が観客席を押しつぶしていた。記憶の通り、いや、体感した通りの破壊の状況。
「俺が、犯人か・・・」
そう思うしかない状況だった。全ての不可能な事をを取り払ってたとしても、この奇妙な事件の真犯人が自分であると実感できた。
破壊された建物のそばに行き、落ちている巨大な屋根の破片に触った。自分の腰の背丈ほどもある鉄骨の構造物。上を見上げると、穴の空いた張り出し屋根が見えた。
「これ治すの大変だろうな…」
罪の重さを感じつつも、賠償請求が発生しないことに多少は安堵する。誰も俺の罪を問う者はいない…しかし、それでいいわけがない。
足元に落ちている金属の破片を拾う。もう一つ、その破片の割れた片割れの破片も拾った。両手に持ってガチャガチャとくっつけようとしてみたが、くっつくわけはなかった。
「駄目だよな…」
その破片を投げ捨てようとした時、二つの破片がくっついて離れなかった。
その破片を見てみると、二つの部品は組み合わさっていて、どこで二つに割れていたのかわからなくなっていた。俺はその破片をブンブンと振ったがもう切り離せない。
しばらく眺めた後、それを捨てて、別の破片を探してみた。車のタイヤくらいのサイズの破片だ。それに合いそうな部品を探したが、飛び散らかっている中から探せるわけもない。
「治すのは…無理だよな」
そう思った時、カタカタという音が聞こえて身構える。音のした方を見ると、小さな破片がカタカタと震えていた。それを見た俺は思わず言ってしまった。
「治り…たいの?」
その言葉を発した瞬間、合図を待っていた犬のように、破片は飛び出し大きな破片に衝突した。その衝突跡を観察してみると、完全に一体化してどう割れていたのかわからなくなっている。
その結合面をなでながら、しばらく考えた俺は…
「治…る?」
そう言ってしまった。その時、俺の両手はわずかに発光した。
…タカタカタ、カタ
四方から小さな破片が飛び込んできて、どんどんと大きな破片と合体していく。
無数の小さな破片や大きな破片がくっついて、屋根の一部へと戻っていた。俺は女の子のように両手で口を隠して驚いていた。
「自分にこんな眠っていた才能があったなんて…」
だからどうした。
その屋根の一部は地面に落っこちたままで、これをクレーンで持ち上げたとしても元の屋根に戻せるわけがない。このまま大きな廃材として回収するしかない代物だ。
「治…すしかないよな、やっぱ」
俺はまた夢を見ているのだろうか。破壊する夢と治す夢。どちらもまともじゃないし、どちらも現実とは思えない。俺は今が夢の最中かどうか確認するのが怖かった。もし目覚めたら、この夢の能力は消えてしまうだろう。たとえ夢であったとしても、この罪を消してしまいたい。
そう、今やっていることは、殺人犯が目の前の遺体を解体してしまう心理となんら変わらなかった。罪の原因を消せば、無罪になれる。そういう願望が俺にこの非現実的状況を積極的に受け入れさせた。
「治す…治す…治す」
大きな屋根の破片を目の前にして集中する。集中に合わせて手の光が増す。
「そりゃそうさ、手が光ってるんだから、治るに決まってる!」
俺の、そのただの願望は、正しかった。
巨大な破片が浮き上がった。俺一人では持ち上がりそうもないその巨大な構造物は、はっきりと宙に浮いている。もう俺の背の高さを超えた。
「OK…じゃあそのまま、治ってみようか」
俺はそう言うと、その破片に屋根まで飛べと念じた。手の光は、はっきりとした光の球になっていた。
破片はどこまでも登っていく。シャボン玉のように空を漂って、正しい位置へ、屋根まで飛んでいく。屋根まで飛んで、静かに、治った。
俺はへたり込んで、その屋根を見ていた。再び落っこちてくれば自分が潰されるかもしれない。その危険性は感じていたが、破片は完全にくっついたようだ。屋根のどこが取れていたのか、下から見ただけではもうわからない。
「あはっ」
変な歓喜の声が出た。急な修復能力の発現と、自分の奇跡のような技と、罪の一部が消えたという、三つの喜びが同時に声となって出た。
だが、まだ屋根のほんの一部が治っただけだ。まだ破片は無数に転がり、観客席も砕かれたままだ。夜明けまではまだ時間はある。
「証拠隠滅タイムは、まだ終わっていない」
俺は立ち上がって、もう一度屋根の修復具合を確認しようとした時、
こちらを見つめる人の姿を見つけた。
その人物は、治った屋根の端に立ち、こちらを見下ろしていた。
その立ち姿から、今までの全てを見られていたことは明らかであった。暗い夜空の中で発光しているように姿が見えた。
その人物は、夢に見た、あの少女だった。
恐怖に駆られ逃げだしたくなった。
俺はあの子に、殺されたことがあるのだ。