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夜な夜な魔法少女に襲われてます  作者: 重土 浄
第九話「キミの命の味」 
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第九話「キミの命の味」 開始



 「おっそいよリンカ!」


 夜中のテニス練習場。三面あるコートを小型の魔物が走り回り、それを魔法少女吐息とエリが追いかけ回している。遅れてきたリンカは今回の落谷の変化した姿を見る。


 針が細いウニ。黒くて球体の体から、ひげのようなものが周りにびっしり生え、それがバネのように跳ねランダムに飛び跳ねまわっている。


 吐息もエリも先行して来ていたが、その動きの不規則さと速さに、まだ倒せていなかった。リンカが加わり三人になり、敵の行動をかなり捕捉できるようになる。


 リンカは生来の感の良さで敵の先手先手を打てる。これは吐息やエリには無い能力だ。


 二人に追いかけ回された魔物が選んだ逃げ道を、リンカが塞いでいた。


 大鎌を振りかぶり、絶好の狙い玉が来たバッターのように、振り下ろす…


 瞬間、リンカは飛び跳ねる首のイメージが見えた。


 彼女の止まった鎌の横を魔物がすり抜けたが、そこにはエリの放ったミサイルがあった。


 リンカの背後で爆発が起こる。それにより球の半分を失ったウニが地面にドロドロとした青い中身と、落谷をこぼして果てた。


 「やった!エリちゃん撃破!」


 エリが大喜び。吐息はこぼれ落ちた落谷の回収に向かおうとしたが、リンカの顔を見て止まる。


 鎌を構えたまま青い顔をして止まっている。


 「どうしたの?リンカ」


 彼女に反応はない。ネバネバの中から起き上がった落谷はなにか思い当たることがあるような顔で、リンカを見ている。


 ようやく動き出したリンカは一言だけ言った。


 「私、魔法少女やめる…」


挿絵(By みてみん)




 俺の部屋にリンカがいる。


 先日…実際には今日の夜中だが、俺は彼女との別れ際に耳元で言った。


 「今日、俺の部屋に来てくれ」


 これだけで女子校生がのこのこと部屋に来るわけはないな、と家に帰ってから思ったのだが、彼女は来た。


 部屋に上がったが所在なさげにソワソワとしている。夏休みが始まったはずなのに、制服姿だった。それを尋ねると


 「うちの学校、参加自由の補習やってるの。だからけっこうみんな行ってるよ。夏休み中の合宿もあるし」


 吐息が真面目な生徒が多いと言っていたが、それは本当のようだ。吐息もエリも今日は補習に行っていて。リンカは抜けてきたそうだ。三人ともエスカレーターで大学に入れるが、一般入試を受ける生徒も多く、そういう生徒に引っ張られる形で補習を受ける生徒も多いのだそうだ。


 


 座ってもらって、改めて話をする。寝ずの番のルーティンに参加してもらうお願いだ。


 昨晩のやめる発言にはいっさい触れなかった。


 「つまり、あんたのハーレムに入れて、私と寝たいと?」


 「添い寝だよ。添い座りでも構わない」


 大人なので女子校生の挑発などスルーできる。


 魔法少女が二人に増えたが、魔物化が来るか来ないかの三日の寝ずの番というのは厳しい。三人でルーティンを組めれば負担はだいぶ軽くなる。


 「これを頼めるのは、魔法少女である君だけだ」


 俺は真剣に頼んだ。


 彼女は視線をそらしながら考えているようだ。辞めるといったものの、まだ未練はあるはずだ。それを繋ぎ止める口実を俺は示してあげた。


 「考えとく」


 彼女は口を尖らせながら、それだけ言った。


 「それでいいよ」


 俺も今日はコレでいいと思った。


「話は終わり?…ところでさー、あれって」


 用件が終わったことを確認したリンカが指差したのは俺の家のゲーム機だ。


 最新機種で買えていない人も多いレアなものだ。


 「やりたい?いいよ」


 俺は電源を入れて彼女にパッドを渡した。


 ゲームのラインナップを確認した後、彼女はアクションゲームを選び。


 「セーブデータ作っていい?」


 と聞いてきたので許可した。プレイ時間が長いゲームを始めた彼女をほっておいて、俺は仕事机に向かい仕事を始めた。最近は女の子が自分の部屋にいることにも慣れた。


 二人、まったくバラバラなことを始めた。




 「おじゃましま~す。いやー暑いですねー」


 午後になって吐息とエリが遊びに来た。彼女たちも補習終わりらしい。制服が汗に濡れている。


 「そんなに暑いのか、部屋から出ないからわからなかったよ」


 「そんな不健康な。お外出ましょうよ、暑いけ…ど…」


 クーラーの効いた部屋に入ってきた吐息の動きが止まる。


 部屋に寝そべってゲームをしているリンカが目に入ったからだ。


 「あ、リンカだ。ちーっす」


 止まっている吐息の代わりにエリが挨拶する。リンカはぞんざいに挨拶を返した。


 「なぜ…リンカが、ここに?」


 「俺が呼んだんだ、話がしたくて」


 「ハナシ…?」


 吐息の動きはガタついたままだ。


 「呼ばれちゃった。二人きりになりたいって」


 「ヨバレ…チャッタ?」


 リンカの挑発も同じ女子校生には通用するようだ。俺は騒がしくなりそうなので、仕事を一旦辞めることにした。


 


 リビングではエリはアイスを食べながら漫画を読み、リンカが寝そべりながらゲームをやっている。完全に占領された形だ。


 書棚の部屋ではテーブルに参考書とノートを広げた吐息が自習をしていた。


 俺は彼女の前に座った。彼女は顔も上げず、未だ不満そうだった。


 「だから言ったろ、リンカが加わってくれたら、君たちの負担が減るって。夏休みだってもっと楽しめるようになるし」


 なにが不満なのか、吐息はノートに黙々と字を書き続ける。それをチラリと見て俺は


 「俺が君の勉強を見てやれればいいんだけど、あいにく大人になると、大人のための勉強のせいで受験知識が消えちゃうんだよね」


 「…それ教えて下さい」


 「え?」


 「もっと大人に必要なことを教えて下さい」


 下を向きながら不貞腐れたように吐息が言う。俺はヤレヤレと肩を落とす。


 「リンカが隣で寝てたってなにも起こらないよ」


 「本当ですか?」


 吐息が顔を上げ尋ねる。俺は彼女の頬を両手で包んで


 「何もない。いかがわしいことは何も起きません」


 と約束した。吐息は俺の両手に自分の両手を重ねる。


 「そういうのが、いかがわしい行為っていうんじゃないのかな~」


 襖から現れたリンカがそう言うと。俺と吐息は急いで手をしまった。


挿絵(By みてみん)



 次の日も、リンカは家に来てゲームをしている。特に会話もなく、お互い干渉もせず。


彼女のゲームプレイを見ていると、時々止まることがある。敵キャラに止めをさすシーンで止まるのだ。やっているのは十八歳以上の大人向けのアクションゲーム、マイルドな暴力描写ではない。カットシーンによる止めが敵の首を跳ねるところで、彼女はプレイを止めてクッションに体を大きく預けた。そんな感じで、ゲームのプレイは度々止まった。


 「君に言っておきたいことがある」


 「なに?」


 リンカは疲れた様に両目を手で覆いながら返事をした。


 「君に俺を殺させたこと、謝っておこうと思って」


 彼女はそのままの姿勢で大きくため息をつき。


 「いいよ、別に」


 「君がそのことで傷ついているのはわかる。昨日の辞めるってのもそういうことだろ」


 彼女は返事をせず、ゴロンと寝返りこちらに背を向けた。


 「リンカ、君はその苦しみを誰にも言えない。家族にも友達にも言えることではない。君のトーテムは君を肯定するだけだろう。それに、君は吐息にもエリにもそれを言えない」


 ようやく彼女はこちらを見た。


 「君がそのことで文句を言って、ボロクソに言っていいのは俺だけだ」


 立ち上がったリンカは座ったままの俺のアゴを人差し指で持ち上げた。


 「なんで生きてるの?」


 「再生能力がある、だから生き返ったが偶然みたいなものだ。一つだけ言っておく、だから、君は、殺してない」


 「殺した。首を切った」


 「殺したってのは命を止めることだ。俺を見てみろ、死んでるか?」


 「生きてるか死んでるかは関係ない。私は殺そうとして殺してしまった。もう私は違う人間になちゃったの」


 俺は立ち上がった。彼女の背は高く俺とあまり変わらない。


 「だから言っている、殺そうとしたが殺しそこなった。失敗してる。見てみろ!俺の首を。君は傷一つ残せてない。失敗してんだよ!」


 そう言って俺は襟を伸ばして首筋を見せつけた。中年の傷のない首筋を。


 「あんたがなんと言おうと、私は殺人者だ、もうダメなんだ」


 「なにが駄目だ。ちゃんと見ろ!この下手くそ!切れてないだろ。お前は殺してない!」


 涙で目が潤んだリンカに俺は自分の無傷の首を差し出す。顔の前に、よく見えるように首筋を伸ばす。中年にはこの姿勢を維持するのも辛い。


 リンカは差し出された俺の首筋に顔を近づけて、よく見る。そしてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。


 「どうだ切れてない、死んでない、お前は何もやってないんだ」


 俺が念を押し続けると、彼女は、


 ガブリと俺の首筋に噛み付いた。血が出るくらい強く、歯を立てて。


 「いったっぃ…どうだ…切れてないだろ、ちゃんと確かめろリンカ」


 痛みを受け入れて、彼女の思うがままに任せる。噛み付いた傷口に彼女の流す涙が流れ込んだ。


 噛み付いたままの彼女の肩をしばらく抱きしめた。それからしばらく経って彼女の肩をポンポンと叩く。「そろそろいいんじゃね?」という合図だが、噛む力が衰えない。


 いい加減、マジで痛いし喉元の急所を噛みつかれているのは怖いし、呼吸も苦しいし、血も結構出てるみたいだし


 「あの、リンカさん…もうそろそろ…」


 俺は喧嘩に負けて首筋を噛まれている犬のような情けない声を出した。


 スーーッと部屋の襖が開いた。


 吐息が幽霊のような顔をしてそこに立っていた。


 「あ・・・」


 俺は溜め息のような言葉しか出せなかった。


 彼女の手の中からスーーーっと槍が伸びているのを見て、俺は恐怖で死にそうになった。





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