第8話の完
深夜、夜空を彗星のように飛ぶ少女がいた。魔法少女である狩城リンカだ。
魔物の出現を感知した彼女は急ぎ現場に急ぐが、向かっている方向のあまりにも見覚えがありすぎた。
「私立 誠心高校」
まさか魔法少女の姿で、自分の通っている母校を訪れることになるとは。
彼女は昼間のあのアビスの門の所有者との会話を思い出していた。「魔物となった俺なら殺せるだろう」という挑発を。
「決めなければならない、今夜こそ」
彼女はその覚悟を持って、飛んでいた。
学校の校庭に、魔物の姿があった。前回に比べれば小さい。消しゴムで作ったゴム人間のような姿だ。それなのに顔面だけかなりの生々しいブサイク顔だ。
その人型魔物が、腕を組んで待っていた。
いや、魔物だけではない。二人の魔法少女もその前で腕を組んで飛びながら待機している。
それは不思議な光景だった。会えば即戦闘が始まる関係であるはずの両者が、同じ様に待機しているのだ。
「私を、待っている?」
上空でしばらく様子を見ていたが、どちらも動く気配がなかったため、彼女もそこに降り立った。
魔法少女二人が魔物の前で腕組みしている。
極めて危険な行為だ。それがあの男への信頼の証だとしたら無謀か盲信だ。
しかし、それよりも奇異なのがその魔物だ。遠くから見た時、それは腕を組んでいるように見えたが、実際には自分の腕で自分の体を縛っている。動けないようにしているのだ。だから定期的にそれを振りほどこうとする体との争いが起きている。それでも、校舎に傷が無いということは、ここまでの時間は抑え込みに成功しているということだ。
リンカの姿を見たエリが
「九分経過、上空でしばらく見ていましたので八分で現地到着。やっぱ添い寝してないと到着が遅いね」
とリンカの現場到着のタイムを告げた。
本当にリンカを待っていたようだ、この三人は。
不自然な状態に戸惑いながらも、リンカは獲物である大鎌を構える。
前に出た吐息が宣言する。
「聖園の誓いにより、決闘による戦略の決定を求める!」
「み、その?」
リンカはその言葉を知らなかったが、遥か昔から魔法少女を導いてきた彼女のトーテム「リダリー」は知っていた。
「リンカ、キミは決闘を受け入れなければならない」
「ちょっと、なんなの、リダリー?」
「複数の魔法少女がいる場合、意見が一致しない場合もある。それを合議でまとめ上げる事ができればいいが、そうでない場合も多いのだよ。意見の不一致が起こった場合、魔法少女の持つ大きすぎる力が問題になる。諍いは戦力の削減、あるいは全滅という可能性もある。それを避けるためにワレワレは非殺傷武器での決闘ルールを作った。それが聖園、悲劇の起きた場所での誓いだ」
リンカは歯噛みした。魔法少女には自分のまったく知らない、はるか昔からの縛り、誓約があったのだ。
これがあの男が、今夜来いといった理由だったのか。
しかし過去のことはどうあれ、今、リンカの前に立っている少女は、
木須屋吐息だ。
「ハッ」
髪をかきあげ、巨大な鎌をくるりと持ち直す。
「勝てばいいんでしょ!」
鎌を吐息に向けて言い切る。
木須屋吐息と本当の勝負ができる。
心を賭けた本当の戦いが。
「魔法少女として、あんたに勝つ!」
決闘に開始の合図はなかったが、お互いが同時に飛び出し、吐息の槍とリンカの鎌が空中で交わしあい火花を飛ばした。これが開始の合図となった。金属と金属が弾き合う高音が響いた。
殺傷力が落とされているとはいえ、槍と大鎌である。まともに当たれば大怪我は必死であるにも関わらず、両者ともにまったく手加減のない攻撃を続けた。空中に幾度も火花が生まれる。
吐息は冷静に、リンカは過激に。
両者は空を飛び回り、幾度も刃を交える。
動けない魔物の周囲をぐるぐると回りながら切り結び続ける。
吐息は冷静であったが、心の奥底に燃えるものがあった。
「よくもあの人を殺したな」
どうしても、その思いだけが消せなかった。
リンカも過激であったが迷いがあった。
「勝ってどうなるというのだ。吐息を超えた私は、あの男をまた殺すのか?」
吐息の一撃にリンカが押される。
「門を殺して、世界を救って、それで吐息に勝ったことになるのか?」
吐息のさらなる攻撃が、リンカの鎌の刃を欠けさせる。気迫で押されているだ。
「負けられるかぁ!」
リンカの猛反撃。二人は螺旋の火花を描きながら上空に昇っていく。
地上で待つエリと彼女のトーテム。
「これでもしリンカが勝ったら、私達は落土を殺さなくちゃいけないの?」
「そういうことになる」
「エぇ~~~負けるなー!吐息姉さま!」
互いの美しい肌を傷つけ合いながら空を疾走する二人。
「あんたに勝って、対等だって認めさせる!」
リンカの気迫のこもった一撃をかろうじて受ける吐息。二人は空中でぶつかり合い制止する。
「対等?何言ってるの!私は誰にだって対等に接してきた!」
リンカの攻撃を弾き返したが、すぐさま次の攻撃が飛んでくる。
「あんたが言ってる『対等』ってのは、誰も愛さないって平等だ!」
「え?」
「誰も愛さない!誰も憎まない!誰とも競わない!」
「それの!どこが!気に入らないの!」
吐息がリンカを弾き飛ばす。
「あんたは私と勝負してる時もそうだった。いつだって、私を傷つけずにあしらい続けただけだ。誰も特別視しない!誰も自分の心に触れさせない!」
「だからなんで、それがダメなのよッ!」
「吐息、あなたはずっと『誰も愛さないから私を許して』って生きてきたのよ」
吐息が空中で止まる。言葉を理解する前に心が受け止めてしまい、体を止めてしまった。
「違う…違う…違います…」
ブツブツと否定の言葉を口にするが、相手に届く言葉にはならない。
「そんなお人形さんみたいな青春を、私のライバルであるあんたに送ってもらいたくない!」
リンカの大振りな一撃は、棒立ち状態の吐息の槍を弾き飛ばした。
空から落ちてきた槍が校庭に突き刺さる。それを見たエリは、勝負の行方を察して青くなった。
無防備な姿で夜空に浮かぶ吐息。
それに相対するリンカはいつでも勝負を決める一撃を入れられる体勢だ。
「私が勝ったんだから、悔しい顔しろよ、吐息…」
勝者の余裕のあるその言葉も、吐息には届いていないのか、俯いて小さくつぶやき続けている。
「違う…違う…違う…違うッ!」
突然、吐息がリンカに掴みかかった。武器をなくして勝負ありと思っていたリンカは完全に油断していた。
絡み合った二人は落下していく。
「私にだって好きな人ができた!好きな人はいる!」
その子どもの様な物言いにリンカも切れる。
「誰だよ!お前みたいな奴に釣り合う男なんていないよ!学校にも市内も!都内にも!」
「あの人が初めてだった!何をしても許される人!私が隙になっても許される人!」
二人は怒鳴り合いながら落ちていく、落ちていく先の校舎はすぐそこだ。
「誰だよ!どんなイケメンだよお前がスキになってるヤツな…」
吐息はふくれた顔で指差した。
その方向を見た時、リンカの顔は唖然となり、つづいて驚愕の顔になった。
指差す先に化け物の巨大な顔があったからだ。
魔物となっている、男の顔が。
吐息は涙目でその顔を指差し続けた。
リンカは吐息のあまりの真剣なマジメな顔に、笑うしかなかった。
二人の落下スピードは、魔力のクッションで緩和された。
着地した二人は、ものすごく気恥ずかしげに、まるでいちゃついているのを見られたカップルのような気まずさで立ち上がった。
「で、どうなったんですか?」
駆け寄ってきたエリが勝敗の結果を聞いた。
それを聞き、悲しい顔になる吐息。彼女は負けたのだ。隣に立つリンカが宣言した。
「吐息の勝ちだ。私はそちら側の作戦に従う」
真逆の結果に驚く吐息にリンカが耳打ちした。
「お前の想い人を殺すのは止めた」
それを聞いて赤くなる吐息。その表情の変化を楽しんでいるリンカ。
意味がわからんとハテナな顔になるエリ。
「結果は確定した! トイキ、エリ、リンカは共同して同一の作戦を行うことが、ココに決した」
三体のトーテムが同時に宣言した。そう、作戦は決したのだ。
三人の魔法少女は、門の所有者である落谷落土と共闘し、全ての魔物を一体づつ倒し、最後に現れる門を破壊することによって世界を守り、同時に落谷の命も救うと決まったのだ。
「そりゃめでたいねー」
なにもしてないエリは結果に満足なようだ。吐息とリンカはお互いにまだ距離があるが、その幅は大幅に縮まっていた。
「オオオオオオァ!」
魔物が吠えた!
「ああ!落土の頑張りがついに限界になった!一六分もよく耐えたぁ!」
エリがはしゃぐ。
「エリちゃん!……リンカ!」
吐息が槍を手元に戻して叫ぶ。
「おうさぁ!」
「ああ!」
エリとリンカも答える。
ついに破壊活動を開始しようと動き出した巨人に対して、
三人の魔法少女の必殺技が同時に炸裂し、
落谷落土は校舎に傷一つつける間もなく倒された。
吹き飛ばされた頭部から回収された彼は、事態の進展をようやく知った。つまりこの三人の少女が、自分の命を救うために頑張ってくれるということだ。
揃い踏みした三人の魔法少女たちの姿に、少なからぬ感動を覚えた。
しかし落谷は、彼が魔物になる前と後で、吐息とリンカの二人が彼を見る表情の変化というものに全く気づけずにいた。
彼はそれほど、女心に詳しくはないのだ。




