第8話 「キミの真実をキミは知らない」開始
「狩城リンカです」
第三の魔法少女の名が吐息によって暴露された。あっさりと。
魔法少女による俺の殺害事件から二日後。ようやく落ち着いた感じになったので、夕方になって学校から直接、俺の部屋にやって来た二人と作戦会議となった。議題は「第三の魔法少女の秘密を探れ」だ。
「私の名前も知っていましたし、容姿やスタイルからも彼女だとすぐに分かりました」
吐息のクラスメイト、誠心高校三年生…。
「その子が、俺の首を跳ねたと…。容姿はともかくスタイルって?」
俺の問いに同席していたエリが答えた。
「誠心高校の二大グラビアクイーンの一人です」
なるほど、魔法少女時のあの、はちきれんばかりの姿を思い出す。高校生であれは目立つだろう。
「二大ってことは、もうひとりは」
エリは黙って吐息を指差し、吐息は恥ずかしそうに縮こまったが、その超高校級の体を隠せるものではない。
「で、これがその狩城リンカの写真です」
「これ、中学の卒業アルバムでしょ。今の写真じゃないんだ?」
吐息がいそいそと見せてきたのは、自分の中学の卒業アルバムだった。たしかにそこには、勝ち気な美少女の写真と「狩城リンカ」の名前があったが、中学生の姿であって現在の物ではない。
「あの、私は狩城さんとは小中高同じで何度か同じクラスにはなっているんですが…写真持ってなくて」
「吐息姉さまはねー、写真撮らないんですよ。全て撮られる側」
エリが溜め息とともにそう言った。
「吐息姉さまの写真、学校中の生徒どころか先生の携帯にも入ってますよ。イベントごとにみんな吐息姉さまと写真撮りまくり」
吐息はさらに恐縮する。たしかに、こんな美少女がクラスに、学校にいれば、誰もがチャンスを逃さないだろう。
「だから姉さまは自分で撮ったことないんですよ」
「…携帯探したんですけど、ほとんど風景の写真だけで、友達の写真もぜんぜんなくて、…自分でがっかりしました」
吐息が悲しげに告白した。
俺なんかには絶対わからない類の苦労話だった。俺は吐息の持ってきてくれた卒アルを眺めなおした。
「で、これが中学時代の私です」
肩をぶつけるように飛んできた吐息がページを捲り自分の写真を指さした。今の吐息のような膨らみと色艶を持った美少女ではないが、開花する直前の初な蕾を思わせる美しい少女が写っていた。
「このころもカワイイね」
素直に感想が出てしまった。
「これ、体育祭です。こっちが修学旅行…」
調子に乗った吐息が次々とページをめくって指さす。どの写真でも目立つ。隅に写っていても主役に見える。完成された美少女の強さがどのページにも溢れている。
どの写真を見ている時も、吐息が横から俺の反応を伺っていて辛い。
「体育祭とか、お父さんがいっぱい映像撮ってたんだろうな」
という繋ぎのつもりの発言にも
「そうですね!持ってきます」
と、吐息が腰を浮かしかけたのを制止した。
「今はリンカさんの話ですよー」
エリも呆れ顔だった。
狩城リンカと木須屋吐息は同じ中学、同じ高校と濃密な関係であった。当人である吐息に聞いたところ。
「そうですね。彼女とは色々ありました…それはそれは長い友愛の歴史が…」
しばらく待っても何も出てこなかった。
「ないんだね…」
「いえ、色々あったんですが、いつも…あの子に睨まれてたなーって記憶ばっかり思い出して。笑顔で話した事なかったなって…」
「私は高校時代からの二人しか知らないですけど、吐息姉さまとリンカはよく競い合ってるって言われてましたね」
「ライバル関係なの?」
「ライバルっていうか、かなりリンカが一方的に挑んでいって…姉さま、勝敗ってどうでした?」
「半々くらいだったと思います。試験とかスポーツとか、料理でもやりましたね」
「あ~料理の時は酷かったですね。男子が列作って…」
「勝率半々なら、ライバルって言っていいんじゃない?」
「そうですよね…」
「それが吐息姉さまは、勝負に負けても飄々として笑顔なんですよ。リンカなんて勝っても負けても悔しい顔してましたよ。姉さまが負けても負けた顔しないから」
「あー、吐息はそういう所ありそうだね、暖簾に腕押しタイプっていうか…」
俺とエリの言葉にさらに縮こまる吐息。彼女にしては珍しく、辛い声で話し始めた。
「私、幼稚園とかの頃、友達ですっごく絵が上手い子がいたんです。その子みたいに描きたくて練習して描いてみたんです。
それを大人の人達にすっごく褒められて、その子にも見せたんです。そしたら、ビリビリに破かれて言われたんです「カワイイんだから絵なんか描かなくていいでしょ!」って泣きながら。
私がなにかすると、大人はすぐ褒めてくれます。それが私の容姿によって起こされる反応だってのは小学校に入った辺りから分かったんです」
エリちゃんは同意のうなずきをするが、俺にはさっぱり解らない世界の話だ。
「だからその頃から私、なにかが出来たとしても人に言わないようにしたんです。勉強は頑張りました。スポーツも人並みに。でも趣味とか個性とか、他の人が頑張っているものには一切、手を付けませんでした。誰かに泣かれるのも怒られて嫌われるのも嫌でしたから」
「でもリンカは挑んできたんだね?」
「ハイ、だから…だから、彼女のこと嫌いでした。なんで秀でていることを皆の前で証明しなくちゃいけないのか。皆が勝敗を噂にしているのは気づいてました。それなのにあの子は皆の前で挑んできて。勝っても負けても悔しそうな顔をするんです。私が、決して顔を崩さないようにしていたから…」
エリは相変わらず共感の頷きをしている。彼女自身もその恵まれた容姿で苦労したり傷ついた事があるのだろう。だがそれは天上界の話で、地べたに住む俺には知り得ない世界の話だった。だが俺も、美人にも苦労があったという告白を拒むほど狭量ではない。
思いもよらぬ所で自分語りをしてしまった吐息は、その空気を消すために明るく続けた。
「だから私、魔法少女にならないかって誘われた時は嬉しかったんです。これだったら誰にも知られず、自分の好きなようにできるって!自分の一番を目指せるって!」
「吐息のおかげで助かった命もあるしな」
「私は吐息姉さまと共闘できてラッキーです」
「わたし、これだけ…自分の気持ちを素直に表せられる事ってなかった。一番、今が楽しいです!」
俺の顔を見て晴れやかな笑顔で言った。
彼女のために多少なりとも頑張ったかいがあったかな。
時間が来たため、帰り支度をする二人。卒アルを手に吐息が
「リンカと話をしてみます。エリちゃんみたいに仲間になってくれるよう」
「でも彼女は、俺を殺す事を諦めてないかもしれない。俺たちの作戦に乗ってくれないかもしれない」
「それでも、一度は話し合わないと」
「でも吐息姉さま、時間はないですよ、明後日、終業式ですから」
「え?君ら夏休みはいるの?」
「ハイ!明後日以降夏休みです、ですからそれ以降ならいつでもこちらに…」
「そうかー夏休みかーしかも大学受験ないから、最高だね。友達と遊びに行ったりしまくるんだ。気をつけてね」
「え……っと、そうですね…」
俺の夏休みのイメージに、なにか反論があるような吐息だった。中年と現在の若者の間に夏休み齟齬が発生したのだろうか。
「あの、夏休みですから、時間があるので昼間からでもこちらに…」
吐息がまくし立て始めた所、彼女の髪の中から彼女のトーテム、ソダリーが現れた。主の呼び出しもなく現れるのは珍しかった。
「キミたちに話がある」
「伺いましょう」
数百年に渡り人類を守る戦いをしてきたこのプラスチックのフナムシに、俺は少なからぬ敬意を感じていた。
「魔法少女同士の戦い、聖園の誓いについて話したい」
俺たち全員、初めて聞く話だった。




