第七話 の2
深夜、小雨の中、降り立った二人の魔法少女と落谷は、落谷宅の狭い玄関に倒れ込んだ。
泥まみれの二人の魔法少女はともかく、落谷は見た目にも衰弱し震え、弱りきっていた。
変身を解いた二人は変身前の姿に戻った。
「どうしよう、病院かな…」
弱気になっていたエリの隣で、吐息はいきなり服を脱ぎだし下着だけになった。
「お風呂に入れます。体は治っているはずです。まず温めます」
突然の行動と素早さにエリは目を丸くしていた。
玄関横にあるバスルームを確認した吐息は、下着姿のまま泥まみれの落谷を抱えて彼の服を脱がし始めた。エリはその泥まみれの服をどかして、タオルを探しに行った。
落谷を全裸にした吐息は、残っていた下着を脱ぎ去り、バスルームへ落谷を運び込んだ。今の彼は老人の様によろよろと立ち上がるのが精一杯で、その意識もはっきりしたものではなかった。
お互い全裸で向かい合って立っていた。まだよろつく落谷を抱えながら、吐息はシャワーヘッドを探して苦労してお湯を出した。彼を抱きかかえて背中からお湯をかけていく。やや熱めのお湯だが今の彼には丁度いいだろう。
落谷の部屋のバスルームは旧式なのでシャワーとお風呂のお湯貯めは同時にできない。吐息はもう一つ付いている蛇口から水を出し、お水を湯船に貯め始める。
「ソダリー、お湯に変えて」
彼女の髪の毛に住むトーテムの目が光り、溜まった水をすぐにお湯に変える。魔法生物の面目躍如だ。
背中にお湯を流しながら空いた手で丁寧になぞり、お湯の熱を体に染み込ませようとする。初めて触れる男の広くて硬い背中を、手に覚えこませるように何度もなぞる。その手は腰にいたり、男の尻の上部を撫でる。
落谷の体がぐらつき、押し倒しそうになる。
両腕を男の体に回していた吐息は、受け身が取れない。
落谷の腕が反射的に動き、壁にドンと手を突き、吐息を壁に挟み込むようにして止まった。その動きに安心したのか、吐息は動きを再開する。尻に至らなかった手は落谷の頭に伸び、その髪に指を這わせてシャワーを浴びせる。落谷の顔は彼女の肩に乗っているため、どんな表情をしているのかは見えなかった。
彼の肩に自分のアゴを乗せ、一つのシャワーのお湯を二人で浴びた。彼の髪をほどき泥を落とす。その泥を自分の顔にも浴びながら。
ようやく体温がもどり、全身の神経が復調し始めたのか、うめき声と共に、落谷が自立できるようになった。
彼を立たせたまま、その手足にお湯をかけ洗い始める吐息。腕も脇も洗う。躊躇なく彼の前に座り込み、太ももやふくらはぎも、お湯を当てて何度も手で擦り上げ、血脈を活性化させる。
献身的に動くその手は、なんの照れもなく彼の体の隅々をしごいていった。
俺の目の前にある壁、見覚えがある。
俺の部屋の風呂場の壁だ。
そりゃ見覚えもあるわけだ。
体の遠くの方からゴシゴシとした感触が伝わる。
記憶が朧気だ。たしかダイナーで…だいなー?なんだそりゃ。
たしか寝る前にエリちゃんが俺の上に乗って…えっとそこから…怪物、川があって、橋が見えて…鼻の中に焦げた匂いがして、光…雷?
やっと思い出してきた。俺は魔物になって、その体をさえつけようとしてたら、とんでもなく強い奴で、そして雷…鎌…あの子…泣いていた。
足を持ち上げられ、股間のそばをこすられている。丁寧に丁寧に。なんだこの感触?
尻も分けられ洗われている感触。
いや、記憶だ。思い出してきた。俺はたしか、自分の死んだ姿を見て、そして蘇った。
「死んで…蘇った?」
言葉が口に出た。
「落谷さん?」
自分の股間の位置から立ち上がった吐息の顔が目の前に現れた。
髪もお湯で濡れ、濡髪が肩に掛かっている。湯で赤くなった頬と涙で赤くなった目が、俺の目の前で輝いている。
「あ、吐息?ここ俺んちの風呂だよな?」
「そうですね」
吐息は照れながらも目線は俺の顔から外さない。
俺は自分が全裸であるのは分かっていた。 しかし彼女は。
目線を下に下げると。彼女のお湯に濡れたツヤツヤとした肌の上をこぼれ落ちる水滴の粒が見えた。その粒を目で追っていくと、急カーブをし、視界を塞ぐ吐息の二つの大きな胸があった。なにも付けておらず、その蒸気した肌の赤さと皮膚の下を走る静かな血管の青紫色が綺麗だった。
彼女の大きすぎる胸に邪魔されて、そこから下はカワイイお腹の一部と太ももしか見えなかった。彼女が下にも何も着てないのは明らかだった。
下から視線を戻すと、俺の視線を完全に確認していた吐息の顔があった。彼女は怒ってなかった、ただ俺が復活したことを喜んでいる顔だった。
「やあ」
俺は生き返った報告の挨拶をした。
「おかえりなさい」
吐息は受け入れてくれた。
「でもこの状態はまずくない、いろいろ見えちゃって」
風呂場の壁と吐息に挟まれた状態だ。俺の目線のやり場には全て吐息の裸体が入る。
「恥ずかしいから、こうしましょう」
吐息がそういうと、自分の体を俺の体に密着させた。胸に当たる二つの巨大な感触は、今まで経験したことがないものだった。
たしかに、こうすれば視界に入るのは濡れた髪の吐息の顔だけだ。体は密着していてまったく見えなくなる。その状態で吐息は俺の背中にシャワーの湯を当て続けた。俺は背中にあたる湯の温かさよりも、体の前面に広く接触する女の肉感に蕩けそうだった。
「たしかに見えないよ、だけど見えないけど大変なことになっちゃうよ?」
「お互い、何も言わなければいいんですよ」
吐息はそう言いながらさらに密着させ、お互いの熱をお互いに分け与えた。
生き返った俺の体を温かい祝福が包む。
二人の間に何者も存在しなかった。
「私も入るー!」
風呂場にエリちゃんが乱入してきた。あろうことか全裸だった。
「…エリちゃん、少し隠してくれないか?」
俺はとりあえずお願いしてみた。
「そんなことしてる人に言われたない」
たしかに、エリちゃんが乱入してきても俺と吐息は裸でくっついたままだった。
今まで精神が高揚しきっていた吐息が少し恥ずかしさを取り戻したようだ。
「じゃあ、お風呂入りますか、みんなで」
うちの風呂は三人が入れるほどの広くはない。
「せーまーいー!」
文句を言うのは最後に入ってきたエリちゃんだ。俺と吐息が体を重ねてなんとか入っている風呂場にエリちゃんが無理やり入ってきたのだ。彼女が胸まで入った時には、風呂のお湯は半分以上こぼれていた。
ぎゅうぎゅう詰めの風呂。お湯よりも人肌の暖かさだけを感じた。
「でもビックリしたよ、死んだし生き返るし。クマムシでももっと節操のある生き方してるよ」
エリちゃんがそう感想を述べる。お湯からはみ出ている彼女の胸を隠しているのは吐息の腕だ。本人には隠す意思が一切ない。吐息自身も湯に浮かんだ自分の胸を隠していない。
俺も当然もろ出しの状態だが女達の体が重なって見えない。
「修復の能力を自分にも使えたみたいだ」
俺がそう言うと吐息の顔は少し曇った。彼女たちの最終手段として俺の抹殺も含まれていたが、それが実現可能か怪しくなった。さらに俺自身もかなり人間離れしていることを示していた。
「でも良かった、ほんとに」
うつむいた吐息がそう言った。それが本心からの言葉だと分かっている。彼女がしてくれた献身がまだ体に残っているからだ。
小さな風呂桶に入った三人。
俺はすぐ側にある二人の顔を見た。その頭に腕を回して引き寄せて、三人でおでこを突き合わせた。
「ありがとう。君たちのおかげで助かった」
そう告げて離した。
二人共、言葉なくこちらを見つめてくれた。俺もそれを見つめ返した。
「あとは…あの子だな、」
「そう、あいつ!あの鎌の魔法少女。よくも殺したなー!」
エリちゃんが俺の体を突きながら怒りを表明するが俺は、
「あの子を、助けなくちゃな…」
俺の言葉に二人は意外といった顔をした。
「ところでこの風呂からは、いずれ出なくちゃいけないわけだが、誰から出るんだ?」
二人は当然といったように俺を指差した。
「それじゃあ上がるか」
俺は何も隠さずに湯から立ち上がって湯船をまたいだ。
少女たちはギャーギャー悲鳴を上げたが知ったことか。




