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夜な夜な魔法少女に襲われてます  作者: 重土 浄
第一話「キミは魔法少女に狙われている」
2/51

第一話の2



 夕方の競馬場。破壊活動の事件現場に俺はいた。いや、犯行現場か…。


 集まっている野次馬たちに紛れ込みドキドキしながら現場に近づいた。当然ながら競馬場の正面入口は警官らによって封鎖されて、中に入ることは出来なかったが、建物の破壊跡は敷地外からでも見ることが出来た。


 「なんてこった」


 夢で見た、というか行った破壊の結果とまったく同じだった。巨大な建物の張り出し屋根が崩れ落ちスタンド席にめり込んでいる。夢の中ではその光景を下に見ていたが、今はそれを見上げている。


 「犯人は必ず犯行現場を訪れる…」


 自分の有様を自嘲的に口にしてしまった。自分がつぶやいた言葉を誰かに聞かれてないかと怯えた俺はとっさに周囲を見渡す。大量の野次馬たちは全員、屋根の崩落部分を見上げて各々の携帯で撮影している。俺のことなんて誰も気にしていない。マスコミのカメラも現場に来ていたが、罪のない競馬ファンのおじさんにインタビューしているだけで、最大の容疑者である俺を撮ろうとはしていない。当然だ、俺はただの野次馬の一人でしかないのだから。


 しかし一人だけ、こちらを見ている人物がいた。その人物と目があってしまった。


 互いの視線が磁石のようにお互いの顔と顔を向き合わせた。


 制服を着た女子校生らしき人物。


 挿絵(By みてみん)


 少女と大人の女性の間にある凛とした顔立ち。化粧っ気がまったくないが透明な色に彩られた瞳と唇。一つの学校に一人か二人しかいない、完成された美少女の顔だ。背も高く、周囲のおじさんたちの頭の上に小さな顔が出ている。


 学校帰りにそのまま来た様な美少女が、俺の顔を見ていた。


 先程の独り言を聞かれたのか?その言葉の意味を理解し、この破壊事件の真犯人を見つけたと思ったのか?


 一瞬の不安がよぎったが、少女は俺の顔に一瞬だけ視線を寄せた後、関心すら無いように視線を再び建物に向けた。


 俺は幻の被告人席から開放されたかのように、ホッとした。


 俺の夢の犯行を知る者は、とうぜん俺だけである。怯えるのがどうかしていた。


 いや、犯行の暴露よりも、あんな美少女と目があったことのほうが怖かった。あの汚れない純粋な輝きの視線を浴びるだけで、俺のような中年は身が削れるような劣等感に襲われるのだ。


 あのような美しい存在は俺のようなモノを見てはいけない。


 ただ、美少女と目があったのは、人生の加点でもあるので、プラマイではプラスが大きかったのは事実だ。




 俺はそそくさと現場を離れることにした。破壊の跡を眺めているだけで夢の罪悪感が増してくる。あるはずもない罪悪感だ。


 暮れ始めた帰り道を歩みながら俺は考える。


 「かの名探偵も言っていたではないか、全ての不可能な事を消していって、最後に残ったものがいかに奇妙なものであってもそれが真実だって…」


 まず最初に消すべきものは、夢の中での破壊活動が現実にも起こったという容疑者「俺」の自供である。


 これが一番不可能で、一番奇妙で、一番非現実的かつ非常識だからだ。


 二番目に消すのは、俺が怪物であるということだな。今の俺ははどう見ても人間だし。すでに何十年も人間として無難にやってきたし、両親も魔界のモノであるというファンタジー世界の住人でもない。現実世界の人間である。


 このように不可能なことを消した結果、あの破壊事件と俺は無関係である、という推理が成り立つ。


 なにせ俺にはその時間帯は寝て夢を見ていたという完璧なアリバイすらあるのだ。今、この足で警察に駆け込んで誠心誠意自供したところで、刑務所どころか留置所にすら入れてもらえないだろう。


 「にしても…」


 あの破壊跡は夢で見たままであり、あれを破壊した手の感触が、今でも自分の手に思い出せた。それと同じくらいのリアルさで、あの空に浮かぶ少女の身体も思い出すことができた。


 薄暗闇になりはじめた夕焼けの中、夢とうつつに戸惑いながら帰宅する俺の前に、あの少女がいた。


 どうやら帰る道が同じようで、同じ道を同じ方向に、同じ速度で歩いていた。


 数メートル先を歩く少女のポニーテールが左右に揺れている。


 「まあ、同じ道を歩くこともあるだろう」


 そう思って、そのまま彼女の背後に着いて歩いていたが、いつまで経っても道が違わない。こちらも最短の帰り道を歩いているため、ルートを変更する必要がないので、いつまでも彼女の背後を歩くことになった。


 「これはまずい」


 すでに十分以上彼女の後ろについて歩いている。抜かしてしまおうと足を早めると彼女も足早になり、先に行ってもらおうと遅めると彼女もちょうど遅くなる。


 「あきらかに、ストーキング…」


 中年男性が制服姿の少女の背後を追跡する、リスキーなスリップストリームに俺は入ってしまっていた。ただ帰宅するだけで犯罪行為疑惑が生まれてしまう、それほどまでに女子校生と中年だけの空間は危険地帯なのだ。


 自宅寸前までその犯罪予備行為は続いた。


 ようやく道を違える所まで来た。まさか彼女も俺のアパートに入り俺の部屋に向かうルートには進むまい、そう安心しかけた時、前方を行く少女が振り返り、キッとこちらを睨んだ、


 「先程からつきまとっているようですが、なにか御用でしょうか?」


と、堂々と怯えることなく言い放った。


 その彼女の容姿の凛々しさに見惚れるよりも先に、彼女の勇敢さに心打たれた。


 果たして自分にできるだろうか、長時間ストーキングしてきた見知らぬ中年に、ここまで堂々と問いただすことが。彼女の身体に震えはなく、その顔に怯えもない。こんな正々堂々とした姿を見たのは何十年ぶりだろうか。


 「いや…すまない、俺もまずいなと思ってたんだが、ルートが完全に一緒だったんだ」


 彼女の眉がキッと上がる。信用してないのは明白だ。


 「あの…これ家の鍵、そこの」


 俺は実際に家の鍵を取り出して、すぐ隣のアパートを指差す。荒ぶる若い獣に対してここがマイホームなんです、誤解ですよと無害さを示したが、彼女の警戒色は一切色褪せなかった。


 「・・・・」


 信用されてないのは明らかなので、俺はその鍵を掲げたまま、警官にホールドアップされた容疑者のように、ゆっくりと一階一番奥の扉に近寄って、鍵を刺し、鍵を開け、扉を開けてみせた。


 「ほら、ここが俺の部屋なんだよ」


 それを見ると、彼女の顔は夕焼けの空よりも赤くなって


 「ご、ごめんなさい!勘違いでした!」


 思いっきり頭を下げた。


 道で頭を下げたままで止まっている彼女を置いて部屋に入るわけにも行かないので、彼女の傍に行って。


 「俺も、これは完全にストーカーだと思われてると思ってたんだ、ごめんね」


 「いえ、その!」


 顔を上げた彼女の目には涙の光があった。さすがに少しは怖かったようだ。それを見て俺も申し訳なく思った。


 「はぁ~良かった。どうしようか悩んでたんです。逃げるか、家に飛び込むか、叩きのめすか…」


 彼女の選択肢の中に不穏当なものがあった。実際、睨んでいた時の彼女にはその覚悟があっただろう。


 「あの、そちらにお住まいなんですか?」


 「ああ、そうだけど」


 「じゃあ、お隣さんだったんですね!私のうちはここなんです!」


 彼女が指差したのは、俺の安アパートの道を挟んだ隣に立っている大きな家。三世帯は住めそうな大きな家だと、前々から知ってはいたが…


 「そうなの?俺、こっちに越して十年くらい経つけど、一回も会ったことないよね」


 「そうですね。私もお会いしたのは初めてだと思います」


 俺はこんな美少女が隣に住んでいたら決して忘れないだろうが、彼女は俺のような中年男性を見たとしても記憶にも残さないだろう。


 自宅作業のフリーランスと通学する学生が家の前で遭遇するチャンスというのは、殆どなかったのだ。


 「競馬場の事故現場にいたよね。それで帰り道が一緒だったんだね」


 女子校生との共通の話のネタは、今ところこれしかなかった。


 「事故…そうですね、事故なんですよね。世間一般には…」


 「え?」


 「いえ!あの、そうなんです学校帰りにちょっと見に行ったんです。あれでは、当分競馬場開けませんよね…」


 「そうだね、あれは、当分無理だよね…」


 またしても夢の罪悪感に襲われて俺は気落ちしたが、なぜか彼女の方も気落ちしているように見える。被害にあった競馬関係者の人のことでも思っているのだろう。


 「たぶんどっかのテロとか、そんなのだと思うよ。いずれ犯行声明とか出て、犯人がわかるんじゃないかな」


 俺はとりあえずそう言うしかなかった。もし犯行声明が出せるとしたら、自分しかいないのだが。


 「もっと被害を小さくできた…してくれたら良かったんですけどね…」


 そう言う彼女の声も沈んでいた。なぜかお互い落ちこんだまま、その会話は終りを迎えた。


 俺は自宅のドアを開けてから振り返ると、彼女もまた自宅のドアから顔を出してこちらに手を振ってくれていた。


 俺も手を振り返そうと思ったが、中年がやるとキモいかと遠慮している隙に、彼女は家の中に入ってしまっていた。


 俺は遅れて手を小さく左右に動かしてから


 「お互い、名前も聞かなかったな…」


 美少女と話せたという幸せと、破壊された建物の痛々しさ、その両方を胸に抱えたまま、俺は自宅に戻った。



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