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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

トラックマン〜トラックに轢かれたけど転生しなかった男の現代無双〜

作者: Eco-d

「トラックマァァアアァァァンッ!!!」


 ここはとある高校の一教室。お昼休みの終わり頃、10個近い惣菜パンを全てたいらげてごみを片付けている僕に向かって、クラス1の暴れん坊│茶殻チャガラが怒鳴った。


「だ、だから僕はトラックマンじゃなくて小中おなかだいっていう立派な名前が……」

「うるせぇ! 生意気なことを言う前に自分の身体を見直したらどうなんだ!!」


 チャガラはそう言って僕の名前の通りにぱんぱんに膨らんだお腹を叩いた。


「うっ」

「だらしなくたるんだ腹! そして年がら年中脂汗まみれの顔! 一緒の教室にいるだけで気分が悪くなるんだよ! このボケ!」


 身長150センチ、体重100キロ。両親が歳を取ってからできた子のためか、幼少の頃から蝶よ花よと可愛がられ、僕が欲しがるお菓子やごちそうをとめどなく与えられて育てられてきた。限界まで甘やかされた結果生まれた肉体である。


清花せいか! てめえもそう思うだろ?」


 チャガラが横を通り過ぎようとしたたちばな清花せいかに話しかけた。


 橘清花はクラスのマドンナ的存在で、腰まで届くつややかな黒髪をふわりとさせ、アーモンドみたいな形の良い眼でチャガラをにらみつけた。


「うるさい。人のことをいじめるのがそんなに楽しい? くだらない人間ね」

「うぐっ!?」


 チャガラは橘さんの軽蔑するような態度に小さくうめいた。

 僕は助けてくれたんだ……とすっかり感激していたが、彼女の凍てつくような視線が次いで僕に突き刺さり、ほっかりしていた心がたちまち凍りついた。


「小中くんも小中くんよ。もう少し自分でできることがあるんじゃない?」

「うっ……は、はい……」


 橘さんはそう言うとさっと立ち去った。


「あ、あの女……いつか絶対に俺の物にしてやる……」


 僕はなんとなく悟った。チャガラは自分の男らしさをアピールするために僕をいじめているんだ。そう思うとより情けなくなった。


 一発チャガラの顔をはたいてでもやればすかっとするのだろうが、チャガラは地元を取り仕切る不良グループの一員だとかで、とてもじゃないが逆らうことなんてできっこない。


「つかてめえ、今日こそは我慢しろよ! もしまた“アレ”したらボッコボコにしてやるからな!」

「う、うんわかってるよ……」


 チャガラの言っているアレとは、5時限目の半ばを過ぎる頃に起ころうとしていた。


 始めにすさまじいめまいが僕を襲った。ついで強烈な腹痛。まぶたをきつく閉じ、脂汗を垂れ流しながら痛みに耐えた。ただでさえ巨大な僕の腹は、ガスによってはちきれんばかりになっている。


 そう、アレとはおならのことである。


 大量にたいらげたパンを懸命に消化しようとする僕の胃は、同時に大量のガスを生むのだ。


 授業が終わるまで残り25分。そんな長いこと耐えきれるわけがなく、1分か2分、永遠とも思えるような長い時間の後、あっけなくダムが崩壊した。

 爆音、そして教室に激臭が立ち込めた。


「最悪だ! トラックマンがまたやったぞ!」

「窓! 速く窓を開けろ! うげぇっ!」


 トラックみたいなすさまじい排気おならをするからトラックマン。

 僕はいたたまれなさに顔を伏せた。視界の端でチャガラが恐ろしい形相で僕を睨んでいるのが見える。(このあと絶対に殺す!)チャガラは口をそうぱくぱくさせた。

 僕の真っ赤になった顔がたちまち青ざめていく。


 恐る恐る橘さんの方をうかがうと、彼女も他のクラスメイトのようにうんざりとした顔をしていた。それが何よりも堪えた。


 ☆★☆★☆


 5時限目が終わって先生が教室を出るやいなやチャガラにこてんぱんにされ、逃げるように学校を出た。今日が5時限授業で本当に良かった。6時限目を平気な顔をして受ける勇気は僕にはない。


 河川敷を一人とぼとぼと歩く。通り過ぎる子どもたちの脳天気な声がやけに耳障りだ。


 胸の中に黒い重りのようなものがずしりとのしかかっている。短い手足でのそのそと歩く。きっと周りからは亀みたいに見えているに違いない。


 いつもの倍以上の時間をかけて河川敷を渡りきり、車一台がぎりぎり通れるくらいの細い道路にさしかかった。


「死んでしまいたい……」


 僕が小さくつぶやいたその時、すさまじいブレーキ音がした。反射的に音のした方に顔を向けると、巨大なトラックが眼前に迫っていた。


 直後、今までの人生で味わったことがないほどの衝撃を受けた。チャガラのパンチやドロップキックなんて目じゃない。胃がぐちゃぐちゃになるくらいミキサーされ、手や足はあっちこっちに振り回され、もはや天地もはっきりしなかった。


 しばらく浮遊感があった後、地面に衝突した。


 絶対に死んだ。(短い人生だったなぁ……結局彼女も作れなかったなぁ……)なんてことをぼんやり考えていたが、なかなか意識が消えず、恐る恐る目を開けた。


 動かすたびに激痛の走る身体にムチを打ちなんとか起きる。周りの景色はトラックにひかれる前と同じ。確かにここで僕はトラックに激突されたはずだ。

 しかし、そのトラックがどこにも見当たらないのだ。


「な、なにが起こったんだ……?」


 夢ではない。その証拠に制服がずたずたになっている。トラックの運転手と思しき人は少し離れたところでひっくり返っていた。果たしていったいトラックはどこへ消えたのだろうか。


 青天の霹靂の出来事に、心臓がすさまじい速さで鼓動を打っていた。耳を済ませると自分の胸から「ドルゥンドルゥン」とトラックのエンジンのような音がした。

 僕は混乱する頭で足早に立ち去った。


 ☆★☆★☆


 翌日、僕はトラックにひかれたにも関わらず、何事もなかったかのように学校に登校した。あの後家に帰って普段着に着替える頃には痛みも不思議とすっかり引いてしまったので、結局病院にすら行かずじまいである。

 制服が一着ダメになってしまったが、幸い替えの制服があった。


 そしてお昼休みである。チャガラの睨みをよそに、僕は食欲に任せてパンを食い散らかした。しかし今日は10個たいらげても一向に満腹にならない。急いで購買に走り、ありったけのパンを買い占めた。

 20個……30個……どれだけ食べても食欲が収まらない。僕のすさまじい食べっぷりに近くのクラスメイトがぎょっとする。


 結局お腹を満たしきる前にお昼休みが終わってしまった。


 そして恐るべし5時限目を迎える。今日は授業が始まってからずっとチャガラが睨みを効かせてきていた。(次はないぞ)視線でそう脅してきている。

 ただでさえありえないくらい食べた後なのに、睨まれる緊張感でいつも以上の腹痛が襲いかかる。


 脂汗、チャガラの睨み、腹痛、脂汗……。頭の中でいくつかの景色が浮かんでは消えた後、僕は小さく「……あっ」と声をもらした。


 爆発音がした。到底おならの音とは思えない音にチャガラさえ一瞬首をかしげた。誰もがあっけに取られている隙に化学兵器に匹敵する臭いが僕の元から一気に拡散する。


 教室はまさしく阿鼻叫喚であった。ある者は涙を流しながら教室を飛び出し、ある者は気絶した。

 チャガラが顔を真っ赤にして僕に飛びかかってくる。


「てめぇ! もう勘弁ならねえぞ!」

「こ、こら! 授業中だぞ! 席につきなさい!」


 よほど頭に血が上っているのか、先生の制止の声に耳も傾けず、僕のえり首を掴み上げた。僕の額に荒い鼻息がかかる。


「ひ、ひぃ……」

「ぶっ殺してやる!」


 まるで岩と見間違うような握りこぶしが襲いかかるーー!

 恐怖でパニックになった僕はチャガラを押しのけようとして身体に力を込める……。


 ドルゥンドルゥン!! その瞬間心臓が強烈に鼓動した。トラックのエンジン音だ。僕の胸がうなり、強烈なエネルギーが全身に満ちた。つま先が異常な力で床にめり込み、タイルを割った。


 ――そしてチャガラが吹き飛んだ。


 チャガラの身体は宙を舞って教室を斜めに突っ切り、対角線上の壁にぶつかってぐったりとした。


 僕には何が起こったのかさっぱりわからなかったのだから、クラスメイトもなおさらだろう。


 しかし、翌日から僕はこのクラスの王になったのである。


 ☆★☆★☆


「おいチャガラぁ! てめえパン買ってこいや!」

「な、何で俺が……」

「うるせえ! さっさと行くんだよ!」


 今までこてんぱんにされた腹いせにチャガラをこき使う。

 制服を着崩し、サングラスをかけた。気分はまさしくギャングスターである。


 授業中も平気で屁をこいた。


「う、うげぇっ!」

「おいてめえ! 何か文句があるのか!?」


 そう怒鳴って睨みつければ、クラスメイトはさっと下を向く。まさしく王様の気分だった。


「あっはっは。いい気分だ!」


 ふと橘さんと目があった。僕は色男なさがら微笑んでみるが、橘さんから絶対零度の視線が返ってくる。


「小中くん……。これじゃあチャガラくんと何も変わらないじゃない。正直今のあなたはとっても醜いわよ」

「はあ? 何のことだ?」


 そう言って橘は僕をちらりともしなくなった。


 その日の帰りに昇降口を出ようとしたところ、チャガラが何人かの取り巻きを連れて僕を囲んだ。


「おい小中ァ……。てめえちょっくらツラ貸せや」

「おぉ? どうやらまたボコされてぇみたいだなチャガラァ」


 穏やかじゃない。以前の僕だったらびびってちびり散らかしていただろう。


 平然とした面持ちのまま、おんぼろの高架下に連れられていった。そこにはどうやら先客がいるようだ。

 どうみても一般人ではない屈強なチンピラたち、およそ50名。なるほど、チャガラが所属する不良グループか。


 チャガラはチンピラの中で1番偉そうなヤツに頭を下げた。


「おす! 先輩! お願いします!」

「こいつがお前をボコしたって言うやつかぁ。なんだよただのちびデブじゃねえか」


 そいつの身長は180センチをゆうに越え、ヘヴィ級ボクサーみたいな立派な体格をしていた。


「てめえは調子に乗りすぎたんだ!」


 虎の威を借る狐か、チャガラの叫びに呼応して偉そうなヤツが飛び出した。


 この数日間、僕は自分の肉体の変化について考察をしていた。

 肉体の強度、異常な食欲、強烈な排気おなら、緊張した時に心臓からエンジン音がなり、全身に力が満ちてすさまじい馬力を発する。


 どういう理屈かはわからないが、恐らくトラックにひかれた時にトラックと融合してしまったのだろう。


 そこで僕は思考をやめた。つまるところ1番大事なのは、今の僕に敵うやつは誰もいないということだ。


 武術の心得もクソもない、ただのタックルで偉そうなやつは紙切れみたいに吹き飛んでいく。残る連中もあっけなくやっつけた。


「ヘッドさえ……ヘッドさえいればてめえなんて……ぐふっ……」


 ☆★☆★☆


 世界が自分を中心に回っているような日々がしばらく続いたある日、僕は一世一代の覚悟を決めて橘さんに告白することにした。


「橘さん! 僕と付き合ってくれ!」


 しかし結果はノー。


「何で!? クラスで僕が一番強いんだぞ!」

「クズみたいなあなたとなんて死んでも付き合うものか」


 あっけなく振られた。有頂天から一気に人生のどん底まで落ち込んだような気分だ。その日の授業は一切身につかず、気がつけば昇降口でのろのろと上履きから靴に履き換えていた。


 一人寂しく帰り道を歩く。ひょんなことからあり得ない力を手に入れた。その力でいじめていたチャガラもやっつけた。

 それなのにどうして橘さんは振り向いてくれないのか。


 もはや人生の終わりである。いつかチャガラにこてんぱんにされた日みたいにとぼとぼと歩いていると、クラスメイトの一人がすごい形相で走り寄ってきた。よほど急いでいたのか、息を切らしている。


「大変だ!!」

「ど、どうしたの」

「チャガラが不良グループのヘッドに拉致されたんだ! グループに損失を与えたから責任を取らせる……だとかのたまってるみたいで!」


 恐らく僕がやつらを返り討ちにした件だ。多少同情しなくもないが、危ない奴らとつるんでいたチャガラが一番悪い。


 そんな風に考えていたが、クラスメイト君が泣き出しそうな顔でこう続けた。


「その時チャガラが一生懸命話しかけていた橘さんも一緒に連れて行かれたんだ!」


 僕は駆け出した。


 ☆★☆★☆


 この前チャガラに連れられた高架下。橘さんたちはそこにいた。数十人の不良達が半円を描くように並び、皆包帯を巻いていたりギプスをしていた。僕がこてんぱんにした奴らだ。


 そいつらのど真ん中にひときわ身体が大きく、明らかに風格の違う男がいた。後ろ手に縛られた橘さんとチャガラはそいつの横で地面に座り込んでいる。


「おいお前! 橘さんを離せ!」

「ああ? なんだてめぇは」


 首元から覗くタトゥーに怯みかけたが、構わない。


「き、聞こえなかったのか!? そばにいる女の子から離れろって言ってるんだ!」

「愛川さん。俺たちが叩きのめされた相手です」

「おぉ? こいつが?」


 チンピラの一人が進言した。愛川に全身をナメるように見られる。ヘビのような冷たい目に、背中に冷たい物を感じた。


 僕はできる限りの低い声で脅し文句を言ってみるが愛川は無視し、進言したチンピラの頭を掴むと、地面に叩きつけた。

 突然のできごとに思わず戸惑った。


「こんなちびデブにのされたってェ? てめぇら恥ずかしくねえのかよ!!」


 緊張が走った。こいつは仲間を道具としか思ってないんだ。橘さんはもちろん、チャガラすらも怯えていた。

 僕は橘さんを元気づけようと、精一杯穏やかな声で語りかけた。


「大丈夫だよ、橘さん。すぐに終わるから」

「馬鹿じゃないの……? なんで一人で来たの?」


 僕は微笑みかけたが、今の橘さんには逆効果だったらしく、エスカレートして声を荒げた。


「なんで警察を呼ばなかったの!? 今のを見たでしょ? 小中くんだって無事では済まないんだよ!?」


 橘さんはそれっきり目を強く閉じ、押し黙った。


 大丈夫だよ、と言ったのは嘘ではない。こんな奴らが何人いようと敵うものか。なにせ僕にはトラックの力があるんだから。


 ドルゥンドルゥン! すさまじい全能感に満ちた。腰を低く構え、愛川を睨みつける。地面を蹴った。地面にヒビが入る。一歩ごとに加速し、ただただ愛川に突進した。


「うぉぉおおおお!!!!!」


 気がつくと僕は地面に転がっていた。


「えっ……?」


 一瞬気を失っていたらしい。慌てて起き上がると、左の頬から激痛が走った。


「う、うぎゃぁぁあああ!!」

「どうした? 殴られるのは初めてか?」


 愛川はにやにやと僕を見下ろしている。立ち上がって改めてわかる身長の高さに圧倒された。


 頬を切ったのか、口の中からどばっと血がこぼれる。


 トラックの力を得てから傷なんて負ったことなどなかった。パワーだけではなく、頑丈さも折り紙つきだったはずだ。


 たった一度殴られただけでひざがガクガクと震えている。


 信じられないという目つきで見る僕に、愛川は語るように話し始めた。


「俺がこの話をすると皆笑うんだけどさ。俺、昔ショベルカーにひかれたことがあるんだ。不思議なことにその時ショベルカーが俺の中に吸い込まれて、それ以来イカれたパンチを撃てるようになったんだよ」


 ああ、とうめいた。そりゃそうだ。どうして自分だけが特別な力を得たと思ったのだろう。


 しかも相手は武術の心得もありそうだ。まるで運動なんてしてこなかったやつと格闘家が同じ能力を得た場合、どちらに軍配が上がるかなんて火を見るよりも明らかだ。


 僕の重い一撃を当てることができればチャンスはあるのだろうが、カウンターを避けてタックルを当てる未来が見えない。


 心がぽっきりと折れるのを感じた。一刻も早くこの場から立ち去りたかった。


 愛川は戦意を喪失した僕に興味を失ったのか、チャガラに視線をやった。チンピラに指示し、むりやり立たせた。


「さあて、うるさいコバエを叩きのめしたところで、おなじみの処刑タイムと参ろうか〜!」


 愛川がそう言うと、周囲のチンピラ達が「イエ〜イ!」と頭の悪そうな歓声を上げた。


「得体のしれないやつを呼んで、大切な仲間たちを傷つけさせた罪は重いよ〜! そうだな……怪我をした仲間一人につき指を一本折っていくってのはどうよ!?」


 周りに同意を求めたようだが、チンピラ達は何も言わなかった。それに気分を悪くしたのか、愛川は恐ろしい顔で周囲を睨みつける。


「どうしたお前ら! 返事がねえぞ!? まさか楽しくねえわけがねえよなぁ!?」


 するとチンピラ達が引きつった顔で「イエ〜イ!」と言った。


 そうか、こいつは恐怖でグループを支配しているのか。


 誰かが「愛川さん、でも指の数は両手足合わせても20本しかないっす。俺ら50人はボコられましたから」とチャガラをかばうように言った。


「おおそうか。じゃあ足りない分はアバラを折ることにするか!」

「イエ〜イ!」

「……なんでそんなことをするんだよ……」


 あまりのおぞましさに思わずうめくように言った。小声だったが愛川は目ざとく聴き止めた。


「ええ? なんだってぇ? 何かいいまちたかぁ? 一発お顔を叩かれただけで動けなくなっちゃった僕ちゃん?」


 愛川が気持ちの悪い猫なで声を出す。


「な、なんでこんなことをするんだよ……。少なくとも仲間だったんじゃねえのかよ……!」


 僕がつっかえながら言うと、愛川はげらげらと笑いだした。


「仲間ぁ!? お前それ本気で言ってんのかよ! こいつらはおもちゃみたいなもんだろうが! いくつでも代わりが利いて、俺の思い通りにできるおもちゃ! それ以外ねえだろ」


 チンピラ達はその言葉を聞いて引きつったような笑みを見せた。チャガラはあまりの恐怖にかちかちと歯を鳴らした。。


「なんでお前らはそんな奴に従ってるんだ……? 皆で力を合わせて立ち向かおうと思わねえのかよ!」


 僕が怒鳴るとチンピラ達は一様に下を向いた。


「……せよ……」

「ああ? なんですか僕ちゃ〜ん」

「取り消せよ……」

「だからもっとはっきり喋ってよ〜」


 僕は顔を上げ、真っ向から愛川を睨みつけた。


「取り消せよ……! 仲間をおもちゃって言ったのを取り消せよ!」

「お前、いい加減うるせえよ」


 にこにこしながら人を攻撃していた愛川が、突然無表情になった。その目の冷たさに僕は息を飲む。


「小中、どうしてそこまで……」


 殴られて顔をぱんぱんに腫らしたチャガラが言う。


「別にお前のためじゃねえよ。こんなクソ野郎が生きていて言い訳ねぇだろ!」


 僕は吐き捨て愛川に向かって走り出した。構えもクソもないただのタックル。そしてまたあり得ない速さのパンチをくらい、地面を転がる。


「小中くんっ!」


 橘さんが叫んだ。僕はすかさず立ち上がり、再び向かっていく。


 殴られ、転がり、走り出す。殴られ、転がり、走り出す。口から血を吹き出し、おびただしい鼻血がこぼれ、シャツが真っ赤に染まる。


「はぁはぁ……」

「もういいだろ!」


 チャガラが叫んだ。


「現実を見ろよ! いくらお前が頑張っても勝てる相手じゃないだろ! どんなに抗ってもどうせ俺は拷問を受ける! ただお前が無為に殴られてるだけじゃねえか! お前は無力なんだ!!」

「うるせえな……」


 もはや息も絶え絶えだった。


「力があるからとかそういうことじゃないんだ!」


 思わずそんなことを口走っていた。じゃあどういうことなのか、自分でもさっぱりわからない。


「チャガラ! てめえは拷問されるとこなんだろ!? こいつにつば吐きかけてやったり、噛みついたりしてみせろよ!」

「そんなの無理に決まってるだろ……」


 チャガラは渋面を作って下を向いた。


「小中くんは逃げて警察を呼ぶ。それが一番じゃないの!?」

「……聞こえねえ」


 自分にできることをやればいい。橘さんの言葉はまさしく真理だ。だがそれではいけないと、心の奥底で誰かが叫んでいるのだ。


 ふたたび愛川に立ち向かう。今度は強烈な一撃を脇腹にくらい、一瞬呼吸が止まる。

 そのまま空中を飛び、停めてあったバイクを巻き込んで倒れた。バイクのミラーグラスが割れて破片が飛び散る。


「かっ……はっ……!」


 あえぐように呼吸をする。意識が遠くなりそうだ。血も止まらない。


「チャガラぁ! てめえ自分が橘さんにいいところ見せようとして僕をいじめるんじゃねえよぅ!」

「はぁ……? お前こんな時に何言ってるんだ……?」


 チャガラが頭のおかしいやつを見る目で僕を見た。


「橘さぁん! 世界で一番好きだぁ! 僕と付き合ってくれぇ!」

「小中くん……いいから早く逃げて!」


 橘さんが涙声で言った。


「橘さんが泣いてるぅ? いったい誰が橘さんを泣かしたんだぁ? あぁっ! このデカブツぅ! お前かぁ!!」

「あっはっは! このちびデブ頭を殴られすぎてイカれてやがる!!」


 僕は猛然とダッシュし、愛川の横を通り過ぎてチャガラと橘さんに飛び込んだ。


「やっぱりな! こいつ、もう人の区別がついてねぇぞ!」


 げらげら笑う声が聞こえた。橘さんは後ろ手に縛られたまま、血まみれの僕を守るように覆いかぶさった。


「もういいの……! あなたは十分に頑張ったから……!」

「愛川ぁ!! 僕の上にのしかかるなぁ! 動けないぞぉ!」


 ジタバタと手足をばたつかせると、愛川はよりいっそう激しく笑った。


 背中に血とは別の冷たさを感じた。橘さんの涙だ。チャガラはどうしたらいいのかわからずうろたえている。僕は手足をばたばたさせながら橘さんの目を見て小声で話した。


「橘さん、チャガラ。そのままでいいから黙って聞いてくれ」


 橘さんたちは何か言い募ろうとしたが、僕の目の中に理性があることを確認して、言葉を飲み込んだ。


「小中……お前狂ったフリを……?」

「ああ、だけど次頭引っぱたかれたら本当にイカれちまうかもしれないけどな」


 僕は企むように笑って見せるが、チャガラは顔を引きつらせた。


「いいからこれを受け取れ」

「ガラスの破片……?」


 先ほど巻き込んで倒れたバイクのミラーグラスの物である。地面に散らばった物を手の中に仕込んでおいたのだ。


「それで手を縛っているロープを切るんだ。抜け出たら合図をくれ。僕か愛川にタックルするからその隙に逃げるんだ」

「そんな……! 小中くんはどうするの!?」


 僕は色男さながらに微笑んだ。橘さんは不安そうな目で僕を見ている。


「大丈夫。僕も逃げ足だけは速いから」

「小中……本当にいいんだな……?」

「ああ。さっさと切ってくれ」


 そうして僕は立ち上がり、狂ったフリをしたまま愛川を挑発した。


「あれれ〜? こんなところに子豚ちゃんがいるぞ〜? 動物園から逃げちゃったのかなぁ〜?」

「あっひゃっひゃ! こいつ鏡見たことねえのかよ!」

「ぶひ〜! ぶひ〜!」

「あっひゃっひゃ!」


 しばらくそうしていたが、愛川がいきなり無表情になった。


「もう飽きた」


 ちょうどその時橘さんが合図をした。なんとか間にあったらしい。僕はほっとして愛川を真正面から見据える。


「あ……? てめえイカれたフリしやがってたな」

「もうそんなことはどうだっていい」


 僕は不格好に頬を吊り上げてみせた。心臓がドルゥンドルゥン! と音を立てる。全身に緊張感をみなぎらせながら駆け出した。


(これが最後だ。次殴られたら文字通りお陀仏だぶつだ)


 愛川が僕の顔にカウンターを合わせた。その時だ。


「愛川ぁぁああああ!!!」


 チャガラが愛川の足にしがみついた。いきなりのことに戸惑い、愛川の拳が空振った。


「チャガラっ! お前っ! 何してるんだ!」


 愛川と僕の叫びが重なった。


「うるせえ! 小中ごときにあそこまで言われて、はいそうですかと引っ込むバカがいるかよ!」

「無駄にする気か! せっかくの逃げるチャンスを!!」


 待て!橘さんはどこだ! 僕は慌てふためいて周りを見回す。良かった、どこにも姿は見えない。どうやら彼女は無事に逃げたらしい……。

 と愛川に視線を向けると、ちょうど橘さんが愛川の背中に飛びかかっているところだった――。


「おりゃぁああ!!」

「うぎゃあ! このクソアマ!」


 橘さんは両手に握り込んだ砂を愛川の目にこれでもかと塗り込んだ。


「橘さんっ! なんて無茶を!」

「うるさい! 小中くんにばっかりいい格好させるもんか!」


 思わず唖然とし、立ち尽くしていると、チャガラが叫んだ。


「無駄にする気か! せっかくの倒すチャンスを!」


 さっきの言葉をなぞった意趣返しに僕は思わずにやりとした。


「なんだよ。意外と根性あるじゃねえか」

「うるせえ小中」

「小中じゃねえだろ」

「は?」


 僕は腰を落とし、胸を叩いて言った。


「僕は……トラックマンだ」


 ドルゥンドルゥン!!


 全能感がみなぎった。愛川はいまだにもだえている。軽く呼吸を整え、地面を蹴った。


 クラス1の暴れん坊、チャガラが怒鳴った。


「トラックマァァアアァァァンッ!!!」

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