別れ
翌日、また新たに手に入れた情報をルインに共有してもらい、スルーズ商会の屋敷を出たノベルは、待ち構えていた人物を見て足を止めた。
「……久しぶりだな、ノベル」
朗らかな表情で立っていたのは、狼の獣人シグムントだった。
ノベルは彼に対して複雑な気持ちを抱いたが、それをおくびにも出さず、気楽に笑ってみせた。
「こんにちは、シグムントさん」
「立ち話もなんだから、メシでもどうだ?」
彼の提案に乗り、ノベルは背後に立つアリサを先に帰らせた。
二人は近くの酒場へ移動する。
「――実は俺、異動することになったんだ」
シグムントの口から出たのは、予想通りの言葉だった。
ノベルは初めて聞いたかのように、無理やり驚いた表情を作る。
「そうだったんですか。次はどちらへ?」
「上からの指示でな。ドルガンにある平凡な町だ。だが、ここよりは遥かにマシだろうよ」
「おめでとうございます。しかし上の意向で異動するというのは、よくあることなんですか?」
「あまりない、が、上層部の機嫌を損ねて小さな国のド田舎に追放されることはたまにある」
「追放って……」
ノベルは苦々しく呟いた。
そんなもの人事権の濫用だ。
現代で言う左遷。
組織の中で極めて強力な力を持つ人事権は、公平で誠実な人以外に持たせるとこうなるのだ。
「もちろん、ドルガンみたいな経済大国に行くことなんて普通はないから、他と比べたら遥かにマシだ。というより、ドルガンから俺を寄越して欲しいって言われたらしいが」
「え?」
まんざらでもなさそうに鼻をこすりながら話すシグムントだったが、ノベルは違和感を覚えた。
「なんでも、その州でそれなりの地位にいる文官が、先日の血酒密造の一件で俺のことを知って州の騎士団に推薦したんだと」
「そう、なんですか……」
「ああ。あの一件はノベル、お前の力がなかったら解決できなかった。改めて礼を言う」
そう言って頭を下げるシグムント。
しかしノベルは嬉しくもなんともない。
得体の知れない違和感を感じていたのだ。
そうして別れ際の最後の食事を終え、店を出るとシグムントは朗らかな笑みを浮かべて言った。
「いつかまた会おう!」
「はい!」
シグムントは満足そうな表情で背を向けて去って行く。
結局、金庫番の融資返済の件はなにも触れなかった。
後腐れなく終わらせるのが、二人にとって良いことだと判断したからだ。
しかしノベルは、背中に刃を突き立てられているような、恐怖心を覚えていた。
シグムントの急な異動、金庫番の早すぎる融資返済の対応。
本当に偶然だろうか。
そこで引っ掛かるのが、血酒密造の一件であり、カルキスを暗殺した謎の存在だ。
もしかすると、想像以上に大きな存在が絡んでいるのかもしれない。
「まぁいっか」
降りかかる火の粉は払うまで。
本当に目を向けるべき相手はノートスにはいない。
ノベルは自分が真に戦うべき敵をわきまえていた。
シグムントが去り、一週間ほど立って市場に変化が見え始めた。
ダークマターの価格が徐々に上がってきたのだ。
ドルガンのダークマター在庫急減によるものだろうが、オリファンの怪しい動きも目立ち始め、ノベルと同じ予想を立てる者が増えてきたのかもしれない。
そしてついに、そのときは訪れた――
「――ノベルさん!」
ノベルがアリサを連れ、所有券取引所でダークマターの前日比での値動きを確認していると、イーリンが声をかけてきた。
彼女も後ろに二人のスルーズ商会員を連れており、ダークマターの価格を確認しに来ていたようだ。
ノベルは、興奮気味に頬を紅潮させているイーリンを落ち着かせるように、穏やかに言った。
「ルインさんに報告しよう」
そう言って、ノベルたちは弾むような足取りでスルーズ商会の屋敷へ急いだ。
その日、ダークマターは前日と比べて、明らかに高騰していた。
この高騰と連日の小幅な価格上昇により、スルーズ商会の利益はこのとき既に、元手の二倍は増えていた。
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また、完結済作品
『転生の設計士 ~科学と魔法が融合するとき、異世界の逆転劇が始まる~』
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