1日目(3)
暗いのは怖いので、玄関ポーチの電灯は点けてある。
玄関ドアを開けたまま調べに行こうか悩んだが、何か変なものが侵入しても嫌だから、やっぱり鍵はしっかりかけることにした。
持ち物はLEDライト、マンションの鍵、スマホ、カッター。
知らない暗闇へ探索に赴くとき、やはり護身用武器は必要かもしれない。
そう考えて最初に思い浮かんだのは包丁だ。
けれども……、包丁は危ない。物理的にも見た目的にも。
そこで俺は、DIYで大活躍の大型カッターにお供をお願いした。
これならスウェットのポケットに収まるし、もし人に出会ったとしても変な誤解を受けないだろう。
スウェットにカッターを忍ばせて暗闇を歩くなんて、いったいどこの不良少年だろうか。
でも笑いたくてもまったく笑えない、だって見知らぬ石壁の暗闇とかほんと怖いから。
スマホは、もしカメラが必要になったり、電波の届く場所に出たときのために持ってきた。
玄関の前で、まず上下左右と満遍なくライトを散らす。
見えないところがあると何かいるんじゃないかって心配になるからね。
高輝度LED10000ルーメンは本当に素晴らしいでございます。
普通の懐中電灯じゃこうはいかないだろう。最大照射距離300mだからめっちゃ明るい。
おかげで分かったことは、左右に真っ直ぐに通路になっているということだ。
天井も床も壁も、全て同じ石材でできている。
幅4mくらい、高さ4mくらいの通路で、左右とも何十mか進んだところで突き当りになっているみたいだ。
予想はしていたけれど両隣のお隣さんがあった場所も石壁になってしまっていた。
うちの7畳間の窓は無事だった。良かった、盗難防止用の金属柵もきちんとついている。
(なんか……、意外と綺麗だな……)
最近は忙しくて、通路側の窓や柵を拭いてなかったけどまったく汚れていない。
とても良いことだ。
通路以外は特に何もない。
ひとまずはほっとした。
玄関を出て右手の通路をスタスタと歩む。
15mくらい進むとちょっと怖くなって、背後を照らしてまた前を照らす。
背中に暗闇を背負うって…、なんかとても怖い。
さっき何もなかったのを確認していても、再び確認してしまう。
想像してしまうのはハザード的なゾンビ。
ホラーゲームとかだと、いなかったはずなのに…、急に背後にいたりするから嫌だよね。
意味もないのに、ついつい突き当り目指して足早になってしまう。
どのくらいだろう、もう距離はわからない。50mは越えただろうか。
突き当りに辿り着いた。
突き当りでは通路の左側の壁がなくなって、4mほどの踊り場が続いた後、階段になっている。
左側に下り階段、右側に上り階段の、ビルやマンションでよく見かける造りの階段だ。
もちろん、電灯や階層表示もなければ、ステップの滑り止めなんかもなくて、ただの石材の階段だけれど、落下防止の手摺り壁の造りとかとても馴染み深いから、現代人を向こう側に感じられる。
なんか安心したよ、変な遺跡とか異世界ダンジョンとかじゃなくて。
近づいて階段の下を照らしてみると、数m降りた所にまた踊り場があり、折り返してまた下へと階段は続いている。
上り階段も同じように踊り場になっているみたいで、折り返している。
脱出を考えるなら下り階段だが、この状況で地上がどうなっているのか解らない。
安全に連絡をとったり、周囲の状況を確認するには階段を上ったほうがいいかもしれない。
そう考えた俺は、上り階段へと歩を進めた。
(上の階層は無事だったりするかな……?)
ひとつ踊り場を折り返して階段を上ってみたけれど、また同じ踊り場だった。
通路などはなにも通じていない。
どんどん上って10回は折り返しただろうか、俺は立ち止った。
(きりがない……)
もともと俺の住んでいるマンションは13階建てで、9階のフロアからなら5回も折り返せば屋上に出るはずだ。
その倍は進んでみたが、一向に変化は訪れない。どこかへ続く別の通路なども現れない。
さらに上ってみてもいいが、疲れたし…。
ちゃんと戻れるか不安になってきた。膝が痛いよ。
階段は吹き抜けではないし、どこまで続くかは確認できない。
いったん戻って、玄関から反対方向へ続く通路を確かめてみた方がいいのかもしれない。
俺は来た道を引き返した。
不安になったら無理はしない。部屋で休憩してからまた頑張ろう。
人間40代にもなると、無理をしても良いことは何もないと知っている。
ほどほどでいい。ほどほどがいい。
疲れたり不安になったりしたらとりあえず休みたい。
ライトをあちこち散らしながら歩いてきたからか、それに気づいたのはマンションの玄関に大分近づいてからだった。
玄関の前に誰かいる。
ぞわっとした。鳥肌が立った。
こんな不思議な空間で、誰か人がいたならほっとするかと思えばそんなことはない。
見知らぬ誰かが、見知らぬ通路で、自分の玄関前に立っている。
(怖いわ……!)
ポケットの中でカッターを握りしめる。
でも、ここは普通に話しかけて、可能なら状況を説明してもらうべきだろう。
ライトでしっかりと照らしながら、でも失礼にならないように顔に直射しないように気を付けて、俺は足早に近づいていく。
あと4、5mのところまで近づくと、今まで顔だけでこちらの様子を窺っていた彼は、きちんと体ごと向き直って丁寧にお辞儀をした。
「ご挨拶に伺いました。お初にお目にかかります」