1日目(1)
今日の目覚めはなんだかとてもすっきりしていた。
閉め切ったカーテンの隙間から漏れる光はまだ薄暗く、棚の上に置かれたデジタル時計を確認すれば、朝の4時44分だった。
いつもより早く目覚めるというのは気分が良い。
会社に行くまで余裕をもって過ごせるし、人が多い朝の混雑に巻き込まれてストレスを溜めることもない。
(木曜日は……プラスチックごみの日かな?)
いつもは会社へ行くときについでにごみを捨てて行くのだけれど、出勤時間は同じマンションの住人と顔を合わせて関わるのが億劫だ。
だから、早起きしたときはなるべく早い時間帯にごみを捨てにいくのが俺のスタイルだ。
プラスチックごみは隔週で、ついつい捨てそびれるので大きな袋に3つも溜まっている。
顔だけ洗って、寝ていたままのスウェット姿でごみ袋を持つと、俺は玄関のドアを開けた。
「――えっ?」
思わず声が出た。数メートル先には壁がある。
俺の住んでいるマンションは、内廊下などという上等なものはなく、玄関が外に直接面している。
住んでいる階層は9階なので結構眺めがよく、玄関を開けると通路と落下防止用の柵があるだけで、その向こうには街の広がりを眺めることができるはずだ。
遠くに工場の煙突が立ち並び、いつも煙を吐き出しているはずなのだ。
暗闇の中、玄関から漏れる光が石の地面とその先の石壁を照らしている。
ごみ袋をストッパー代わりにドア横に置いて、俺は玄関ポーチから首だけ伸ばして左右を確認してみた。
(うん……真っ暗で何もわからないな……)
玄関ポーチの明かりをつける。
どこかの古い宮殿の壁のような、石だけど綺麗に成形された空間だ。
正面の壁まで歩いて、ペタペタと壁に触れてみる。
綺麗に平らに成形された壁面は滑らかで、ヒヤッと冷たかったが手指を汚すことはなかった。
壁伝いにしゃがんで地面にも触れてみるが、どうやら壁と同じ作りのようだ。
改めて左右の暗闇を見てみるが、真っ暗で先は何も見通すことはできない。
通路として続いているのか、もしくは部屋のような空間として向こうにも壁があるのか、それはわからなかった。
「こっわっ……」
なんだかホラーゲームの開始シーンみたいだな、と感じて不安になってきた。
すぐに玄関に戻るとしっかりと鍵をかける。
もちろんゴミ袋3つは捨てることを諦めた。玄関内に放置しておこう。
俺の家は築40年の2LDK中古マンションだ。
賃貸に10年暮らすなら買っても同じ値段だと思って購入した。
賃貸と違って自分でDIYできるから、買って良かったと思っている。
玄関からリビングダイニングまでは真っ直ぐ廊下が続いている。
廊下の右側には7畳の部屋のドアがあり、左側には洗面脱衣所から風呂場に繋がるドアがある。
そしてその奥はトイレのドアだ。
廊下の突き当りがリビングへ繋がるドアで、リビングに入って右隣に仕切られた7畳の部屋が繋がっている。
ここにベッドを置いて寝室として使っている。
俺はリビングに戻ると、そのまま正面の閉め切ったカーテンまで駆け寄って、ベランダ側の様子を窺ってみた。
真っ白だった。
玄関先の通路のように暗闇ではない。だからそれほど怖さも感じられないが…何が起こっているのだろう?
サッシを開けてベランダに出てみる。
ベランダはいっさい変わりなくコンクリートのままで少し安心した。
けれども霧だろうか、濃霧で1メートル先もよく見えないような真っ白な景色が広がっている。
そして、轟轟と低い唸りと、バシャバシャと水の流れ弾けるような音がしている。
ベランダの上の方から何筋かの水流が落ちて、手すりを叩きながら向こう側へと流れ落ちている。
(雨?けっこう激しく振ってるのか?)
流れ落ちる水流を避けて、手摺りから外へ少し身を乗り出し、左お隣さんの部屋を確認してみる。
濃霧に隠されてうっすらと見えるそれは岩だった。
お隣さんの部屋があった場所はごつごつした岩になっていて、わずかに苔や緑の植物がついているのが見える。
上を見てみた。
ベランダの際ギリギリしか見えないがやっぱり岩壁っぽい。そして岩肌に水が流れてきているようだ。下も、右のお隣さんも同様。
霧のせいで先は全然見通せないけれど、周囲全てやっぱり岩壁だった。
俺はリビング内に戻ると、湿った髪と服をタオルで拭いて、キッチンの換気扇を点ける。
そして、冷蔵庫からアイスコーヒーのボトルを取り出してマグカップに注ぐと、お気に入りのスツールに腰掛けた。
コーヒーを二口三口ほど一気に飲んで、葉巻に火をつける。
ゆっくりと、とてもゆっくりと、俺はその煙を味わった。
お読みくださりありがとうございます。
4時44分、4が合わさって幸せ…。なんちゃって…。