人間をやめよう(4)
エーテルは精神体の波動に感応する。
だから、このダンジョンは俺という精神体の想いに応えて出来上がったものだ。
そんなダンジョンに本来『ダンジョンコア』などというものがあるはずはない。
しいて言うならば、俺がダンジョンコアというべき存在になるのかもしれない。
けれども、このダンジョンにはちゃんとダンジョンコアがあった。
俺はおそらくどこかのコロンワールドで創られた存在だったと思われる。
ゆえに廃棄処分となったとき、物質的な体もアストラルバディも粉々にされて廃棄場――宇宙に捨てられた。
そして魂魄は、たまたま地球で物質の体とアストラルボディを取り戻した。
そんな俺が、どうしてこの場所に辿り着いたのかは分からない。
ただ、ここに辿りついた俺の最も強い想念は『俺は誰なのか、ここは何処なのか、誰か教えてくれ』というものだったらしい。
『俺が誰か』を教えるためには、俺を知っていなければならないし他を知っていなければならない。
『ここが何処か』を教えるためには、ここを知っていなければならないし世界を知っていなければならない。
俺の想念に感応したエーテルによって最初に行われたことは、できうる限りの情報を集め保存することだった。
俺の情報の中に、『沢山の情報を記録し保存する装置』があったことから、最終的にハードディスクとSSDという形が出来上がったらしい。
中の仕組みが同じとは思わない。けれど、そこには俺という精神体の記憶、思想、知識などすべての情報、周囲のエーテルから得られた僅かな情報、ダンジョンの情報などが全て保存されている。
俺は、シガーさんのことを何でも知っている博識な人だと思っていたのだけれど、実は保存されている情報はそれほど多くなくて、まだまだ情報が足りないと言っていた。
次に、集めた情報を利用して『俺に教えるため』に、情報を管理し、任意に取り出し、伝える手段が必要だった。
ハードディスクを模した記録装置を制御するために、マザーボードにCPUとメモリを搭載したようなものが創られた。
これも、仕組みが同じとは思わない。俺の中に仕組みの情報はなかったはずだし、あったのはパソコンを自作した記憶と、それがパソコンを動かすという概念だけだ。
けれどその概念の情報は、エーテルから『その形を模したその機能を持つマザーボード』を創り出した。
そして、これが奇跡的なことを起こした。
本来、俺のような未熟な精神体では、エーテルに作用しても周囲に夢のような朧げなものを創り出すくらいしかできなかったはずだった。
しかし、ハードディスクという『確かな情報を集め記録されたもの』を最初に創ったため、マザーボード部分がその情報を使って、明確に利用できる仕組みが出来てしまった。
最終目的は『俺は誰なのか、ここは何処なのか、誰か教えてくれ』に応えることだ。
しかしそのためには、付随して俺の他の記憶情報に応える必要もあることが、集めた情報から判断された。
グラフィックボードのようなものも創られて、創造をより確かに記憶通りに再現できるようになった。
『俺はこの体と付き合いながら老いて死んでいくのだろう』と考えていた通りの肉体は再現された。
『この部屋はDIYをしながら死ぬまで大事に住んでいきたい』と考えていた通りの部屋が再現された。
『いつかドアの向こう側に暗闇の世界が広がっているのではないか』という考えた通りの通路が創られ、『人生は上っても上っても抜け出せないつらい階段の様だ』という想いから階段が創られた。
部屋の外、通路の左方向へ進んだ先には、インドで見た神殿遺跡も創られているらしい。
『創造に携わる3柱の神がいる』という記憶からその神殿は創られ、創造物が誕生する場所として設定された。
シガーさんはそこで生まれたのだそうだ。
俺の理想とする髪の毛や理想とする着こなしで、俺の求めた導師として、俺とコミュニケーションを取れるインターフェースとして、その魂と体は創られた。
俺が誰で、ここが何処かを教えてくれるために。
シガーさんにもちゃんと魂魄とアストラルボディはある。
けれど地球でアストラルボディを作ってきた俺と違って、目的が先にあって創られた魂魄とアストラルボディだから、目的が存在意義になっている。
きっと、俺も廃棄される前は何か目的を持っていたのかもしれない……。
だから、シガーさんの存在も、俺の体も、俺の部屋も、全部含めてダンジョンということみたいだ。
ちなみに創造に要した時間は444444時間。約50年?
気付かないうちに長い時間が過ぎていた。
そしてつまり、ダンジョンコアはパソコンで――寝室にあった。
机の上のデスクトップだ。
俺がマウスを握ると、待機状態だった液晶モニターに、このダンジョンの全てを管理する画面が表示された。