人間をやめよう(3)
シガーさんと会話しながら、俺はキッチンへと移動して、小さな鍋に水を入れた。
湯を沸かしてる間に、氷を入れたグラス2つとウィスキーボトルをテーブルに用意する。
ウィスキーはちょっと独特なくせのあるバーボンで、長らく置いてあったやつだ。
俺は普段全然お酒を飲まない。
飲めない訳じゃないけれど、酔ったときの感覚が苦手だから。
みんなお酒を楽しそうに飲んでいるけれど、俺はとても悲しいときとか辛いとき、自分を壊してしまいたいような自虐的な気分の時に、グラスに2杯くらいずつ飲む。
鍋の湯が沸騰したら、冷蔵庫にあったウインナーを入れて茹でる。
普通はマスタードとかケチャップなのかもしれないけれど、うちにはマスタードがないから、茹でている間に別のソースを作る。
マヨネーズに、胡椒とラー油とパセリを入れて混ぜる簡単なものだ。
取り分け用の小皿は要らないだろう。
茹でたウインナーをザルに開けて湯を切り、皿に盛ると、フォーク2本とソースの小皿を持ってテーブルに戻った。
シガーさんの対面に、テーブルを挟んで床へ腰を下ろして、ウィスキーをグラスに注ぐ。
トクトクトクと、とても耳に心地良い音がした。
シガーさんに勧めながら、俺は先にウインナーにフォークを突き刺す。
プツリと皮を破く手応えがして、その感触に期待しながらウインナーを口へ運ぶ。
熱々の皮がパリッと弾けて肉汁が口の中に広がって、燻製の良い薫りが鼻を抜ける。
滴る肉汁はテッシュで何とかしよう。
俺は、そのまま続けて2本を食べ切った。ウィンナー美味しい。
少し溶けた氷をグラスの中で広げるように回して、ウィスキーを口に含む。
辛みに舌が痺れて、喉が焼けていく……、そしてウィスキーの香りが最後に残った。
胃がじっとりと熱を感じ始めて、俺はやるせない気持ちとともに溜息を吐く。
働くのが面倒だった、人と話すのが面倒だった、老いるのが面倒だった、生きるのが面倒だった、人間が好きじゃなかった……。
だけど……、なのに……、今まで生きてた暮らしがなくなって、一人ぼっちになって、ルールが変わって……。
寂しかった……とても……。
「シガーさん……つらいよ……」
「大丈夫です。これから良くしていきましょう」
俺達はしばらく、無言でウィンナーを食べ、ウィスキーを喉に流し込んだ。
今のマンションに引っ越して来る前、俺はアクアリウムに結構なお金と時間を使っていた。
引っ越してからDIYばかりで、すっかり遠のいてしまった趣味だけれど、俺はアクアリウムが好きだった。
水槽の中に、岩を置き、流木を置き、苔を活着させ、好きな水草を植えて、自分だけの世界を作る。
キラキラしていて何時間でも水槽を眺めていられた。
(もしかしたら……コロンワールドってそういう感じかもしれないな……)
ふと、そう思った。
アクアリウムをしていると、ビバリウムというスタイルに辿り着く人も多い。
ビバリウムというのは、アクアリウムにテラリウムを合わせたようなもので、割と両生類や爬虫類の飼育によく見られる。
俺も熱帯魚のビバリウムを作ったことがある。水槽の水を半分くらいにして水上部分を作り、そこに水上植物を植えたり、岩山を作って滝を流したり、色々と工夫したものだ。
熱帯魚を飼育するときには、ろ過装置で水を循環させる必要があるんだけれど、それはバクテリアを育ててアンモニアを分解するという役割がある。
ビバリウムみたいに水の量が少ないと、アンモニア濃度が高くなって難しくなる。
(園芸用の鉢底ネットで陸地部分を造形して中にろ材を入れたり、水量やろ材をどうやって確保するかいろいろ考えたっけ……)
コロンワールドは、ビバリウムと同じなのかもしれない。
そう思ったら、何だか創ってる誰かさんと仲良く出来るような気がしてきた。
ただ……俺は循環するホースにへばりついたごみなわけだけれども……。
……あ!
「シガーさん、もしかしてここにダンジョンとかあったら、コロンがエーテルをうまく吸収できなくなって困ったりするんじゃ……?」
「その可能性は十分にあります。マスターはなるべくここに存在することを悟られるべきではありません。しかし、マスターがこの場所に辿り着いてから、すでに50年以上の時間が経っております。ダンジョンを改変するのでしたら急いだ方がいいのかもしれませんね」
(……え? また!? そういうことはホント早く言って!?)
落ち込んでる場合じゃなかったよ。
シガーさんとウィンナーぽりぽり食べてる場合じゃなかったよ。
俺はシガーさんとこのダンジョンの維持管理について話しながら、ダンジョンコアへ向かうことにした。