後編
異世界に行ってみたら、中世ヨーロッパのような町並みでした、と言いたかったのだけれど、現実は厳しく国で一番栄えている町ですら「え、これ村ではないんですかね?」とツッコミを入れたくなるような文明の発達してない具合なもので。
それでも俺を召喚した教会の人たちは、自分たちの取り分を限界まで減らしながら俺の魔力検地のお手伝いの為にいろいろな食品を分けてくれた。
少しずつ自分の身体で人体実験(痛みを伴うと成功)を進めて行き、とある港で水揚げされる魚が特にプリン体を多く含んでいることを突き止めた。
ついでに携帯しやすく日持ちするように乾物にして、更に美味しく食べられるレシピを数点作り上げたところで勇者が町へやって来た。
勇者の幌馬車に仕上がった大量の乾物を載せ、見送ったところで俺の任務は終了したのである。
異世界に来て五年程たった頃のことだった。
「やっと終わったな、俺の……いや、俺たちの任務が」
「本当に巻き込まれ損だよ、なんで俺まで呼んだのかね。もうすぐ結婚だったのに」
そう、神様に伝えた一つ目の条件。それはイケメン中井の同時召喚。
どんな苦境でも、心身ともにイケメンの中井がいれば乗り越えられると思ったんだ、ある程度は申し訳なく思っている。
中井はこの五年の間、俺を適度に構いつつ、ちゃっかり現地の美人の嫁さんをゲットし、かわいい子供二人もこさえていた。
それだけではない。
潔癖とまでは行かないがそこそこ綺麗好きの中井は、教会や村人に手伝ってもらいながら石鹸を作り、簡素ではあるが共同トイレと共同浴場を作り、この地域の公衆衛生の基礎を作り上げた。
蜂蜜を一歳未満の子供に与えない、などのちょっとした知識も広めたため、特に乳幼児の死亡率を急激に下げた。
畑に関しても連作をしない、牛糞を使用した肥料の開発、ちょっとした農業器具の開発など、色々村人と試しながら少しずつ収量を増やしてきている。
そして何よりすごいのが、中井、村長になった。
心身ともにイケメンの中井は、さらに頭の中もハイスペックなのだ。
「上下水道もなんとかしたいけど、俺の代ではまだ手を出せないな。ローマの上下水道みたいなのを作ってみたいがさすがに無理だから、覚えてる分の知識を詰め込んだ本だけ書き残して、後世に託す形になりそうだ」
この調子で人口が増えていけば、きっといつかは中井の願いも叶う時が来るだろう。
「それにしても、俺は嫁も子供もいるから幸せだけど……山田はいいのか?」
気遣わしげに聞いてくる中井に、俺は手にしていた蜂蜜酒を一気に喉に流し込んでから答える。
「女はいいんだ、それより今こそ! 神様に二つ目の条件を飲んでもらう時だ!」
◇ ◇ ◇
「二つの条件、とな。飲めるかどうかは詳しく話を聞いてからだな」
「まず一つ目、同期の中井を一緒に召喚してほしい。あいつは見た目も中身もいいが、それよりも大切なことは異世界にうまく順応できそうなことだ。
実は隠れオタクで特に異世界転生モノを嗜んでいるが、好きが高じていついかなる時異世界転生しても対応できるように各種知識を幅広く網羅している。サバイバル、農業、畜産、料理、天文学、鍛冶、実践はしたことはないがあいつは知っていることは大体こなせるハイスペックだから十分に役立つ」
「ふむ、実際にこなせるかどうかは置いておいて、知識だけでも十分役に立ちそうだな。一つ目は飲もう、では二つ目の条件とは?」
「ビール、ビールだ! でもビールを出せとは言わない、現代のビールを再現させろとも言わない。大麦、ホップ、この二つの種を大量にくれればいい。
ビール醸造に関しての知識はすべてこの頭の中に詰まっている。
俺が生きている間にさっき飲んだような高級ビールは作れないだろう、しかし初期のビールを完成させ、知識さえ本で残せば、いつかは酵母もきちんと研究されて最高のビールを作れるようになる。
俺は、あのうまさを、ノドゴシを、いつか誰かに味わってもらいたいんだ!!」
◇ ◇ ◇
魔王の誕生により魔物が活発化し、世界が混沌の中にあったのは神話の時代。
魔力を効率的に摂取できる食べ物を発見した勇者が現れ、各地の魔物を倒しその後に魔王を討ち取ったと伝えられている。
勇者を導いたとされる教会にはなぜか勇者に関して記述されている文献は殆ど残っておらず、未だ勇者や魔王討伐に関しては多くの謎に包まれたままだ。
勇者が初めに訪れた「ナカイ村」について記述された書物を複数隠匿していると噂されているが、教会はそれを否定している。
「ナカイ村」はその後大きく発展し、世界史上で初めて上下水道を敷いた「巨大都市ナカイ」として今も遺跡が残されている。
都市の名となっているナカイは九神の一柱とされており、地上へ降り立ち上下水道を含めた公衆衛生の基礎、農業発展、天文学など様々な知識を教会に授けた神として今も知識を追い求める学者・学生が信仰している。
そしてナカイ神と同時期に共に地上へ降りてきたとされる神がもう一柱。
豊穣と酒の神「ヤマダ」は、教会にビールの醸造方法とその原料をもたらしたとされる。
神への信仰が薄れた現代でも、完成した酒を満月の窓辺に一晩置いてヤマダ神に捧げるおまじないをする醸造家は多い。
ヤマダ神は酒を心より愛しているので、出来上がった酒を一口味見に来る、という迷信から来ている。
しかしたしかに、よく出来た酒……特にビールに関しては、朝になると最後の一滴まで楽しんだかのように、杯だけが残されるらしい。
神話の時代から巨大都市「ナカイ」の傍に寄り添うように存在している教会の入り口には、今もその二柱の神が巨大な石像が、時代の流れを見つめながら立っている。
人間が神になってしまったこと、しかも異世界から召喚した魔法も使えない人間だったことから、教会は二人の詳細が記述された本を隠匿している、という設定です。
その他ちょっとした設定は活動報告に書こうかと思います。
最後までご覧頂きありがとうございました!