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中編

振り向いてもそこにはドアも廊下も無く。

 床もそれ以外も全部白の世界が果てしなく続いていて、何の音も無い。

 あるのは尿意とビールへの渇望だけ。

 つーか、する気満々でトイレに進んだから漏れそう、止められない!

 意を決して何もない空間に放出することにした俺は、ズボンのチャックに手をかける。


「山田、ここはトイレではないしおまるもないし、そんなことをする場ではない」

 耳から聞こえる声じゃない。

――こいつ、俺の脳内に直接!!

「あ、ああまあそうだが」


 その声は若いとも老いているとも判別できず、印象に残るようなそうでもないような、威厳がある気がするような、そんな感じの男のものだった。

 とりあえず尿意はキュッとどこかへ消えていき、危機の一つは解決したようだ。


「いやいやいや、なんなのこれ、俺飲んでないのに酔っちゃった? それとも飲みた過ぎて幻覚でも見てるの? なんでもいいからビール飲ませて?」

「山田、突然呼び出してすまないが話を聞いて欲しい」

「いやだよ、拒否する」

「は? え?」


 もうやだ耐えきれない、涙がこぼれそう。


「いいか? 俺は元々体調には十分気を付けていたから休肝日を作って、飲むのは月曜と水曜と金曜だけ、しかも三五〇缶二つと決めてたんだよ!

食事だって気を遣って肉ばかりにならないように野菜とかお魚もバランス良く、炭水化物だって控えめにしてた。

火曜と土曜はジムで運動してたし、いつも早寝早起きだし、ゲームは長くても一日二時間までだし、とにかく健康な生活を心がけていたんだ。

 それなのに、だ。痛風になってしまった。遺伝なのかなんなのか知らんがなっちまったんだよ、痛風!

生活のオアシス、人生のお供、そんなビールとお別れしなきゃいけなかったこの気持ちが分かるか?!

今日イケメン中井の心優しきアドバイスを受けて、二ヶ月ぶりにビールを飲める、あと一分後にはビールを喉に感じられるとうきうきでトイレのドアノブに手を掛けた俺の気持ちが……分かるか……」


 言い切る頃には涙腺が崩壊していた。

 二十六歳になった世間的にはいい大人なはずの年齢だというのに、おもちゃを取られた幼稚園児のように涙し癇癪を起こしている。


 こんな誕生日はあんまりだよ。


「山田……すまなかった」

 偉そうな頭の中の声は意外にも素直に謝罪してきた。

 思ったよりも話を聞いてくれる奴なのか? とりあえず涙は収まってきた。でも、まだまだ許せる気分になんてならないがな!

 

「これでも飲みながら、私の話を聞いてくれ」

 その瞬間、今まで白一色の何も無い空間だったというのに、俺の目の前に缶ビールが浮かんでいた。

 それも、冷凍庫で冷やしていた中井のビール……これが視界に入った瞬間、思わず生唾を飲む。

 涙は引っ込んだ。

 感動で震える指先で(断じてアル中ではない)缶ビールに触れ、しっかり握るとプルタブに指を掛ける。

 プシュッ

 あーあー! そう、この音!! たまりませんな!

 そして満を持して黄金に輝く発泡性の命の水を、乾いた喉で受け止める。

 味なんてどうでもいい、とにかく一口目はこの、喉越しなんだよな!

 とりあえずこの偉そうな男のことを許してやろう。


「そうか……、ではそろそろ説明をさせてくれ」


 威厳があるような気がする声の主は、自分は神だと言う。

 その話を要約すると、これから異世界に召還されるので、そこで勇者達の為に魔力を多く含んだ食品を選別してほしい。ということらしい。


「これが流行の異世界召還……」

 普通俺が勇者って流れなんじゃないのか? とは思いつつも、命を張った戦いなんて望んでいないからそれはいいとして。

 それにしても、俺の知っているRPGだとか異世界系の小説って魔力は体の中から出てくるパターンばかりなんだが。どうもこれから行く世界は違うようだ。

「体の中で魔力は作れないんですか?」

「その世界では食品の中に含まれている魔力の素を摂取して、それを体内で魔力に変換・貯蔵するようになっているのだが。……その、とても言いづらいのだがその魔力の素は、お前の居た地球ではプリン体と呼ばれておってな」


 それはつまり、俺が食って足が痛くなる食品を探せ、と。

 あの名状しがたい痛みを感じろ、と。こいつはそう言っているのだ。


「おいおい神様、おふざけが過ぎていますよ」

「通風のお前にはつらい思いをさせてしまうからな、私は特別なものを用意することにしたのだ。受け取ってくれ」


 すると、先程ビールが出てきた時のように何かの容器がいきなり現れる。

 手のひらサイズの、この間テレビで見たような金属製のボンボニエールみたいな容器だ。


「これの中には体内のプリン体と尿酸の量を適正に戻す薬が入っておる。つまり、通風で体が痛くなっても割と早めに痛くなくなるっていうことだな。しかも使用した分だけ、また同じ薬が容器の中で勝手に生成されるのだよ」

 その便利な薬は元の世界でもらいたかったよ、神様。


「まあ、頼まれたことはきちんとこなしますよ。ただしそのかわり、二つ条件があります」


 すんなりと条件を飲んでくれた神様は、いくつか注意事項とその世界について説明をしてくれた後に俺を異世界へと送り出した。

 俺は一つの野望を胸に、任務に当たることになった。


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