前編
二十歳で酒を覚えてから、俺にとってビールは親友であり、恋人であり、そして家族になった。
いい事があったらお家で祝杯。
悲しいことがあったらお家でやけ酒。
たまーに同僚と仕事終わりに乾杯。
基本的には一人じゃねえかって?
そうだな、多分コミュ力低くはないけどコミュするのがえらく面倒だから、リアルでの友達は少ないよ。
でもゲーム仲間とゲーム内とかで乾杯するくらいがちょうどいいと思ってる(画面の向こうで実際に飲んでるかは知らんけど)。
彼女もいたことはある。
三人。
いや、見栄を張った……正直に言うと一人。
その子もお酒は好きだった。カシオレとかカルーアとかのカクテルメインだったけど。
俺は酒と言えばビールばかりだけども、相手に強要したりしないし甘〜いカクテルを飲んでる女子ってやっぱりかわいいなあってニヤニヤしてたんだけどさ。
でも彼女は俺とは違ったタイプみたいで、ビール飲んでると毎回言ってきたんだ。
「ビール全然美味しくないのになんで飲むの? ノドコシ? 意味分かんない」
俺だって何がどう美味いのか分かんねえよ!
美味いって感じてるんだから放っておいてファジーネーブルでも飲んでろ!!
とはもちろん言えず。
少しずつ距離を置いて円満に別れられたと思う。
そんなこんなで独り身ではあるものの、あまり現状に不満はないと自分に言い聞かせていた二十五歳の頃。突如あいつはやってきた。
「俺が……痛風ですか?」
仕事中に足の親指の付け根が痛くなり耐え切れず、上司が早退させてくれたのでそのまま行った病院で医者から言われた悲しすぎる病名。
「そうですね、まだ血液検査の結果が出ていないから正確な診断はそれが出てからだけど。 でもまあ、症状とか普段の飲酒量・食生活からすると痛風でしょうね」
痛風。
食品に含まれるプリン体という成分が尿酸に変わり、血液中で結晶化するほど増えると関節が信じられないレベルで痛くなる恐ろしい病気。
実際今も立って歩くのが困難な痛みを堪えて病院まで来た。
そして痛風の原因プリン体が多く含まれる物とは。
魚介類、ビール等の酒……そう、ビール! 酷い!!
「とりあえず薬は出すので、後日血液検査の結果を聞きに来るように。あとこれ痛風のパンフレットよく読んで。痛くなくなっても調子に乗って飲んだらまたすぐ痛くなるのでやめてくださいね」
その日愛しきビールとの五年に渡る蜜月が終わってしまったのだ。
生活が灰色になった。
ビールを絶ち、プリン体の多い食品を避けた食事をし、仕方がないので仕事へ行く。
でも、どんなに困難であったり複雑な仕事をしても。単調な作業を堪えて終わらせても。
もう俺の一人暮らし用冷蔵庫の中で、ビールは待っていてくれない。
「なあ山田、お前の哀愁半端なさ過ぎてこっちまでツラくなってくるからよ。特別な日だけビールニ缶くらい飲んでもいいんじゃないか?」
うんざりと心配の中間の表情で同期の中井(婚約者有りの陽キャ)が、仕事終わりに提案してきた。
「はあ? 特別な日?」
「そうだなー、誕生日と正月、年度末。 年に六缶、定年するまでに百缶以上飲めるぞ」
前までは二月で消費仕切っていた百缶だが、数字のマジックだろうか? 我ながら単純すぎるとは思うが、希望が見えてきた気がした。
「お前は極端過ぎるからな、ストレス溜まるんだよ。年に三回のご褒美なら無いよりは全然マシだろ?」
だから頼むから少し元気出してくれ、お前の陰気っぷりが強すぎて俺にまでキノコが生えそうだ、と中井(婚約者は某女子アナ似)が小声で付け足した。
すでにプリン体謹慎生活を始めて二ヶ月。そろそろ俺にご褒美あげちゃう?! いいともー!!
まだ飲んでもいないのに俺の脳内は酔い始めている。
「ありがとうな中井、初めて心からお前の結婚を祝ってやってもいいと思えたよ!」
「えっ今までは上辺の祝福だったのかよ……まあいいけどさ」
駅に着き中井(コミュ力おばけ)とそれぞれのホームへと別れるその時、ゴソゴソと鞄から何かを取り出して俺へ向かって放り投げる。
「山田! 誕生日おめでとうな!」
受け取った物はもちろん、俺の好きなメーカーのビールだった。
中井は中身も外見もイケメン過ぎて嫉妬の気持ちも湧かない……俺が女子なら略奪してでもお前の所に嫁ぎたい。
途中のコンビニでプリン体オフのビールを買って全速力で家に駆け込んだ。
中井のビールは急いで冷やしたいので冷凍庫へ、プリン体オフは冷蔵庫へ入れる。
ある物でおつまみを作るとなると、やっぱり枝豆と冷奴、あとはお揚げを軽くトーストして上に小ねぎのせて醤油を少しだけかける奴。
全部大豆だけど気にしない気にしない、うまいしそんなにプリン体入ってないし!
とにかくビールを飲めるし、今日の二缶を飲んだらまた次ビールを飲めるのは三ヵ月後の正月だし、楽しんで飲みたいからいいんだ!
ささっとつまみの準備を済ませ、身体の方もビールの受け入れ体勢を整える為にトイレへ……
電気を付けドアを開け片足を踏み入れると、あまりのまぶしさで思わず目を閉じてしまう。
あれ、トイレってLED電球とかに変えたっけ?
まぶしさに耐えながら少しずつ目を開けていくと。
そこには便器も何も無かった。
「は?」