第八話 閲覧数零
「モンゴル、ウランバートル出身──ピカロ・ミストハルト」
「力士ほどは太ってねぇよ」
「だまれ」
「なんだこいつ」
「そんなことより! そんなことよりだピカロ」
「どしたシェルム」
少し興奮気味のシェルムと冷めたピカロが立つのは、入学試験が行われた校門の内側──アルド王国立魔法学園内の一本道である。
石畳の道を区切るのは、色鮮やかな花壇。背の低い緑の中で引き立つ花──明るい色から暗い色まで揃えられたそれらは一見、統一感が無いようで、その実、計算し尽くされた至極のカラフルである。赤いレンガで囲われた花壇の間──語らう2人を、花の風が撫でる。
石畳の一本道は校舎の正面に敷かれ、豪奢な正面玄関と同じほどの道幅は、さすがは王国が運営しているだけはあると感じさせるほどの広さだ。
窓から、校舎内の生徒がちらほら見えるが、今の道の上には2人以外誰もいない。
ブロッサムの独断により合格を言い渡された後、正式に入学手続きを行うから校舎内の集合場所まで来るよう言われ、2人は門をくぐったのだ。
校門前に出来上がった、入学希望者の長蛇の列の、その最後尾にいた2人は、試験合格も本日最後ということで、先に試験に合格していた人たちはすでに校舎内に集められている。
順番的に仕方がないこととは言え、待たせている以上、急いでしかるべきではある──が、呑気に立ち止まり、会話に花を咲かせている2人。通常運転である。
「聞けよピカロ大変だ」
「だからどうした」
「2019年の11月の5日から7日! 3日連続でPV(閲覧数)がゼロだったぞ!」
「おいマジかよ……」
「それもこれも全部お前のせいだからな。プロローグの開幕ちんぽが全ての元凶だ」
「そんなこと無いだろ! あそこで読者をふるいに掛けているのは事実だが、そもそも閲覧数ゼロってことは、プロローグを読んでる人すら──ちんぽに引っかかってる人すらいないってことだろ」
「由々しき事態だ。なにせ、この先の展開やら新キャラやら色々と考えて必死こいて書いてはいるが……この小説、“誰も読んでいない”んだぜ」
「や、やめろぅ! そんな怖い言葉絶対に使うな!」
「やっぱりTwitterで宣伝とかした方がいいんじゃないか?」
「人に勧めるようなレベルではないからな。というかTwitterから人を引っ張るにはそれなりリツイートされないといけないが、それがそもそも難しいぞ」
「適当にフェミニストに噛み付いてればいつかバズるかもしれない」
「最下層のTwitter民になろうとするな」
「フェミニストの粗探しが一番楽しい」
「救えないなシェルム……。というか、宣伝したところでまだ7話しか投稿されてないからな。やはり長く続いてるシリーズの方が読みごたえもあるし、期待しやすいだろ」
「はぁ、そんなものか。やっぱり題名もセリフ調のわかりやすいものにした方が良かったかな?」
「……題名に釣られることって本当にあるのか?」
「さぁな。それはよく知らない。僕は読む側じゃないからな」
「私が言うのもなんだが……主人公に魅力がないのも良くないだろう。金髪チビデブ貴族って……せめて巨乳ヒロインでも登場させておけば──」
今更どうしようもない悩みを、鐘の音が遮る。2人の前方にそびえる校舎から、さらに空を貫き伸びる時計塔の頂上で、人より大きいのではないかというほどの巨大な鐘が揺れていた。太陽は真上から2人を照らし、影が短い──昼を告げる鐘の音らしい。
昼には入学手続きが始まるから、それまでに集合場所へ向かうようブロッサムから言われていたにもかかわらず、遅刻が確定した。
かといって焦って走り出すわけでもなく、時すでに遅しならば急いでも変わりはないだろうと、むしろ余裕を持って歩き出す2人。
魔法学園だというのに魔法の自動ドアなんてことはなく、校舎の正面玄関は手動らしい。立ち止まったシェルムに視線で扉を開けるよう促され、ピカロは古めかしくも美しい大きな扉を両手で引く。歯を食いしばるピカロが開けた隙間を当たり前のように通っていくシェルムを殴ろうと追いかけ回すうちに、合格者の集合場所へ着いた。
無論、偶然などではなく、ピカロから逃げつつ目的地へ向かっていたシェルムのお手柄である。
一瞬、教会にでも迷い込んだのかと錯覚する光景。天井も高く、見た目以上に広々とした空間には木製の椅子が几帳面に並べられていた。入って正面、部屋の奥の壁は上半分がステンドグラスで、そこから差し込む陽光が色を変えながら屈折している。
カラフルな逆光で顔は見えないが、部屋の奥に並んでいる少年少女が振り返り、部屋へ入ってくる2人を見ている。
2人の想像以上にこの部屋で待たされたのだろう──イライラが溢れ出ている者が何人かいるようだ。
無論、全員が試験合格者である。
特に申し訳なさそうにするわけでもなく、堂々と彼らに並び立つ──2人の胸元に煌くミストハルト家の紋章を見て驚いた様子の者もいないので、実際のところ紋章自体は有名ではないのかもしれない。ニクス・ミストハルトを尊敬してやまないブロッサムだからこそ気づけたのだとすれば、試験の時にちょうど彼が現れたのは幸運だったようだ。
並び立つ合格者の前──部屋の最奥、角度的にステンドグラス越しの光すら当たらない日陰に座っていた老人が立ち上がり、手を叩いた。全員が一斉に正面に注目する。
「……これで全員だろう。今年の合格者はやはり例年より多いようだ」
整えられた白髪と長い髭のせいで一見、かなり年老いている印象を受けた──しかし実際の立ち姿からは、老人の弱々しさなど微塵も感じない。
簡素な服の上からでも見てとれる体格の良さが、この男の威圧感を演出している。
「諸君が受けてもらった入学試験に加え、例年はさらに体力面を測る二次試験、三次試験と続いていたのだが、今年は特別でな。入学希望者が今年は特に多いこともあり、複数試験の総合審査となると時間がないのだ。ゆえに最もわかりやすい方法を採らせてもらったわけだが……」
今一度、合格者の顔を見渡す男。一瞬、ピカロを見て目を見開いたが、すぐに正面に向き直る。
「まぁ、一通り見た様子だと、むしろ例年よりも合格者の質は高そうだ。来年からは同じような試験の形で良いかもしれん。さて、入学式などは数日後であるが、今後について君たちがすべきことをここで簡単に説明しておこう──いきなりではあるが、君たちには大きな選択をしてもらう。魔術師科、騎士科、魔剣士科──この学園は3つの専門科目に分かれているからな」
──男の説明をまとめると、以下の通りである。
魔法学園の文字通り、魔法を学ぶ、という点は共通している。ただ、それぞれの道をバランス良く学ぼうとすると、かえって器用貧乏というか、中途半端になることが多く、結果として得意分野に特化した方が良いだろうということで、科目が分かれたらしい。
まず、魔術師科。そもそも王国立魔法学園には当初、今で言う魔術師科しか存在しなかった。当たり前のことではある。魔法を学びにアルド王国中から若者が集まる理由は、この魔術師科が、世界屈指の専門性と実用性──つまるところ実戦的であるからだ。
「剣なんぞ振ってちゃあ、一生かかっても使えない魔法ってのがゴロゴロあるんだよ、この世界には」という言葉は、この魔法学園の卒業生である高名な魔術師の言葉だ。
やるなら徹底的に、深く広く魔法を極めることを目的とした専門学科である。
次に騎士科。ヴァーン・ブロッサム団長率いる現在の王国立騎士団は、半分以上がこの騎士科の卒業生で構成されている。
ピカロが15歳である現在から、ちょうど10年前、ピカロの父──ニクス・ミストハルトが一切の魔法を使わず剣一本で先代魔王を討伐したことをきっかけに創設されたのが騎士科である。
身も蓋もない言い方ではあるが、もはや魔法は鉄の塊より役に立たないなどという言われ方もされた時期があった。無論、10年前の大戦に限らずこれまでの歴史上、魔法がどれだけ活躍して、魔法の存在がどれだけの命を救ってきたかを鑑みれば、役に立たないことなどない。
とはいえ、肉体強化と剣術研鑽が──ましてたった1人の男が、魔法を凌駕する活躍を世界中に見せつけた衝撃は強く、当時の魔法学園の生徒の中にも、魔法より剣を学びたいと考える者が増えたのは事実である。
一応、基礎的な魔法については使いこなせるほどに学びつつ、剣の道を極めようという目的の専門学科である。
そして魔剣士科。これは騎士科が導入された年に同時に作られた学科で、言わば魔術師科と騎士科の中間である。
専門的かつ特化した学習とは言うものの、いずれにせよ魔術師科と騎士科は極端に魔法と剣に偏っている。ゆえに、それぞれの道で高みを目指すことはできるが、もう片方の分野が苦手のままのことは多い。
魔法は言わずもがな、剣術が魔族に対して有効だと分かった今、その2つを組み合わせることでより強力な戦士を生み出すことができるのではないか、という発想が出発点である。
そもそも生徒に教えれられるほど魔剣士の研究が進んでおらず、現役の魔剣士の数も少ないことから、なにかと模索中の分野であることは否めないが、将来性はダントツだと言われているので、この学科に属する者も、多くはないが少ないというわけでもない。
魔法と剣術の長い歴史が、初めて交わってから10年。新たな強さを求め、時代の最先端を走る学科と言える。
「──とまぁ、これくらい理解しておけば良いだろう。入学式の日に学科選択をしてもらうが、学年が変わる一年ごとにしか転向はできないゆえに、慎重に選ぶように。それでは本日は解さ──おっと、自己紹介を忘れていた。私はスノウ・アネイビス、一応学園長をしている」
オーラや威圧感から、薄々気づいてはいたが、やはり学園長だったらしい男は今一度手を叩き、笑みを浮かべた。
「ほれ、今日はもう解散。よく考えてみたまえ、これからの輝かしい学園生活は、君たちの未来を決定づけることになるからな」
言いながらピカロたちを横切り、部屋を出ていくスノウ学園長。一応その後ろ姿に頭を下げつつ、礼を言う合格者たち。ピカロとシェルムだけは頭も下げず、あざっしたー、などと言いながら学園長に続き部屋を出る。
部屋を出てすぐ、扉の横にいたスノウ学園長が、部屋から出てきた2人に声をかけた。
「君たち、ニクス君の息子さんかい?」
「あ、はい。こいつは違いますけど、私はそうです」
「ほう……名前は?」
「ピカロです。ピカロ・ミストハルト」
「君は?」
「カルロス・ゴーンです」
「違いますシェルム・リューグナーです。すいません馬鹿なのでこいつ」
紫紺の美青年シェルムをじっと見てから、スノウ学園長は顔を上げ、再び歩き出す。
「まぁ、期待しておるぞ。2人とも、な」
軽く手を振りつつ去っていったスノウ学園長の背中を見送ることなく、反対方向に歩き出す2人。
廊下を歩きながら、これから何をすれば読者が増えるかを討論し合う2人の背中を、振り返ったスノウ学園長が見つめていた。