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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第八章 クライマックス的なやつ
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第八十四話 旧世界樹




 枝葉が揺れる。淡い光に満ちた世界樹の足下で、2人は向かい合う。


 いつになく真面目なピカロの視線を受けても、相変わらず飄々としたシェルム。


 口を閉ざすシェルムに、なおも問いかける。



「お前は、初対面の時点で私の目的──サキュバスと再会したいってことを知っていた」

「……“何でも知ってるシェルム君”だからね」

「その設定もよくわかんねぇよ。序盤をスムーズに進めたい作者の気持ちもわかるけど、お前だけが異質すぎた」

「今更な指摘だな」

「あぁ。今更だ──でも、ここで旅が終わるのなら、最後くらい正直に話してくれよ」



 シェルムは、ピカロのことを知っていた。


 サキュバスと再会したがっていることも、大英雄ニクス・ミストハルトの息子だということも、母親が前魔王オルファリアだということも。


 その上で接触してきた……それに対してピカロは、シェルムのことを何も知らない。


 およそ16年間、2人1組で冒険を続け、あらゆる偉業を成し遂げたが、その過程でシェルムについて深く理解できたわけではない。


 シェルム・リューグナー、紫紺の美青年──それだけだ。



「……ピカロは、ラノベやアニメの世界について、違和感を覚えたことはないか?」



 不意に、シェルムが質問を返してくる。


 なにかと遠回しだったりするが、シェルムが事実を誤魔化したことはない。ピカロは自分の質問を後回しにして答えた。



「違和感なんて、いくらでもあるだろ。全てにつじつまの合った物語なんて、作れない」

「物語の違和感じゃない。“世界”の違和感だ」

「ラノベやアニメの世界……いや、あれはあれで間違ってなどいない。何が言いたい?」

「あまりにも、“都合が良すぎる”と、思わないか?」

「ご都合主義ってやつ? 当然だ、そりゃ主人公が1人選ばれた時点で、その世界はその主人公にとって都合の良いものになるはずだからな」

「いや……逆だ。主人公に合わせて世界が変化しているのではなく、主人公にとって都合の良い世界を、主人公が歩いているんだ」

「よくわかんねぇ」

「僕らの生きたこの世界は──どうだった?」



 背後の街を振り返る。


 初めて訪れた北国、ネーヴェ王国の王都だが、アルド王国の王都とそこまで変わらない。見覚えがあるとまでは言わないが、母国を懐かしくは思う。


 ピカロが生まれ、育ったあの国は、あの世界はどうだったか。



「僕らにとって、都合の良い世界だっただろ?」

「どういう意味だ」

「最後に裏切るキャラの名前が、ノチノチ・ウラギルだったり、どんなにメタな発言をしようと、不自然に周りの人々は反応を見せなかったり」

「それは、意味がわかっていないからだろ」

「なぜ意味をわかっていないのか……それは、僕ら以外はモブキャラだからだ。この世界は僕らのために存在しているから」

「……それが、この世界の違和感? でも仕方ないだろ、物語ってそういうものだし」

「そう、仕方ない。結局は、主人公たちが最も目立つ世界になるのは、仕方ないことだ」

「何にせよ、私たちが主人公として活躍できたんだから、この世界に文句はないよ」

「──そのために、そのためだけに、この世界は作られたんだ」



 ピカロが輝くためだけに。主人公を引き立てるためだけに。



「そのために、僕はこの世界を作り出した」



 吹き上げる風に、髪が揺れる。


 木の葉舞い散る世界樹の根本で、胸いっぱいに息を吸い込み、シェルムは大きく両手を広げた。



「僕は──世界樹だ」



 嬉しそうに、笑う。



「ピカロが最も活躍する世界を、僕が作り出した」

「……よく、わからない」



 スケールの大きさには驚いたが、しかし相変わらずシェルムの物言いは曖昧で、ピカロは理解に苦しむ。


 ページをめくるように、シェルムは一つ一つ丁寧になぞっていく──この世界の存在意義を。



「ヘルナイズやノッチは、僕のことを、“ピカロを使って『願い』を叶えようとしている”のだと勘違いしていた」

「……まぁ、『パノプティコン』の一員であるお前が、“適格者”である私と行動を共にしていたわけだしな」

「でも違う、僕は『全能魔法』に興味はない──なぜなら、既に一度、その魔法を使ったことがあるから」

「え?」

「どんな“願い”を叶えたと思う?」



 無邪気に微笑むシェルムを、ピカロは呆れたように見返す。ここまでの話を総合して考えれば、答えは一つなのだから。



「“この世界”を、作ったのか」

「正解」



 ヘルナイズは、オルファリアの蘇生を。ノッチは、不老不死とタイムトラベルを。


 『パノプティコン』の彼らは、それぞれの“願い”を持っていたが、それらとは規模が違う。


 ──世界の創造。



「ピカロ・ミストハルトという人間が、最も活躍する世界を作ったんだ」

「……どうして?」

「お前が僕にとっての“主人公”だからだよ。お前を中心とした物語を書きたいと思ったから……お前に都合の良い世界を作ったんだ」

「そして私と行動を共にしていたのは、自分の作った世界で輝くピカロを、間近で鑑賞したかったから……とか?」

「特等席だからな。相棒ってのが」



 ピカロの人生を、物語として成立させるには、ピカロに都合の良い環境が必要だ。


 たった1人の主人公のためだけの世界を作り、特等席で楽しむ──誰よりもピカロを理解し、誰よりもピカロで笑う。


 そんな、創造神の楽しみ方。



「だから僕はもう、『全能魔法』には興味ない。この世界も、役割を終えたことだし、あとはピカロの好きにしていいよ」

「……私が魔王になって、神王になって、人類最強になって、最後には『全能魔法』にまで辿り着く……。お前が作ったとはいえ、本当に都合が良いんだな」

「それでこそ、主人公だ。それでいい」



 およそ50万字に及ぶ物語を。


 『無能貴族(仮)』の物語を、書くために。


 矛盾も間違いも投げ捨てて、強引に一本の線を引く。一本の道を、文字にする。


 たった1つのハッピーエンドのために、この世界は存在した。



「おめでとう、ピカロ・ミストハルト。待ち焦がれたゴールだ」

「あぁ、そうだな。本当に長かった」



 これで、ようやく。


 ピカロは世界樹に触れる。言われてみれば、シェルムみたいな、安心する暖かさだ。


 完成した適格者ピカロ・ミストハルト──その膨大な魔力を余さず注ぎ込み、世界樹に“願い”を託す。


 黄金に光り輝く神秘の大木。


 世界の終わりを、物語の終わりを、ただ静かに祝福する。


 振り返らず、ピカロは口を開いた。



「なぁ、世界樹シェルム

「なんだ」

「私は──お前の期待通り、この世界で輝けたか?」

「あぁ。1番輝いていた」

「1つでも笑顔を増やせたかな」

「ちょうどいい笑い話だったよ」

「──私の物語は、私たちの物語は、楽しかったか?」



 もちろん、何よりも、誰よりも。


 本当に、楽しかった。



「ありがとう、シェルム。私も、本当に楽しかった」



 光に包まれる。


 主人公を支え続けた、広くて狭い世界を、世界樹の煌めきが照らして、白く染めていく。


 ようやく世界は、役目を終えた。




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