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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第八章 クライマックス的なやつ
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第八十三話 後々裏切




 『パノプティコン』──あらゆる“願い”を叶える『全能魔法』の存在を信じ、その実現を目指す組織集団。


 かつては組織が一丸となって『全能魔法』研究を進めていたが、自分の“願い”を叶えたいが為に争いが生じた。


 やがて『パノプティコン』は、協力体制を敷く組織という性質を失い、それぞれが競争するようになる。


 そうして、今や『パノプティコン』とは組織の名前ではなく、個人的に『全能魔法』を追う者を指すようになった。



「あたし様は運がいいわ」



 茜色の空を見上げて、ノッチは深く息を吸う。至福の時間を堪能するように、ゆっくりと。


 意識を消失したピカロの手を引いて歩かせる。



「まさか、“適格者”と出会えるなんて」



 ──ノッチは、『パノプティコン』ではない。


 『全能魔法』の存在を知識としては知っていたが、その実現のために生きてなどいなかった。本当に、神王国を取り返すためだけに生きてきたのだ。


 人間界に単身降りてきたのも、ニクスの子孫を──『ミストハルトの戦士』という資格を持つ者を、天界へと連れ戻すため。


 『全能魔法』などというものには頼らず、自分の可能な範囲で戦略を練り、神王国奪還の道を歩んだ。


 実際、ノッチは計画通り、人間界から『ミストハルトの戦士』つまりピカロを天界に連れて行き、神王国を取り戻したのだから、そもそも『全能魔法』は必要ではなかった。


 そんなものが無くとも、ノッチは“願い”を自力で叶えることに成功したのだ。


 ──ただ、ノッチにとっては“必要ではなかった”だけ。意地でも『全能魔法』には頼りたくないだとか、その存在を否定していたりしたわけでもない。


 無論、使えるものなら使いたいのだ、『全能魔法』を。


 そして今、ノッチの目の前には、条件を満たした“適格者”が──



「『全能魔法』を使えるのは、世界最強の生命体のみ……正直、最強の定義すら曖昧だし、そもそもそんな生命体が存在するわけないと思ってたけれど」



 ポカーンと口を開けたまま、光のない目をしたピカロを、ノッチは嬉しそうに見つめる。



「現魔王であり、現神王……『神王の指輪』を装備した『ミストハルト』の戦士。まさしく世界最強ってわけね。見た目も性格もクソだから、本当は結婚なんてしたくなかったけど」



 ノッチがわざわざ結婚を申し出たのは、『神王の指輪』を2人で装着する理由が欲しかったからだ。


 『神王の指輪』は、装備者に膨大な魔力を授ける──のだと、ピカロには説明した。


 もちろんそれは間違いないのだが、神王族のみが知るもう一つの効果については説明していない。


 ──相互奴隷契約。


 愛し合う2人が、互いのためだけに生きることを誓う……その果てに、一度だけ、相手を思うがままに操ることができる。


 愛の奴隷として。


 このような恐ろしい機能については、これまでの歴代神王も知らなかった──ずっと、王女たちだけが受け継いできた秘密の効果。


 (したた)かな女性ならではの──女の秘密だ。


 そういう意味で、神王国は実質的には王女たちに支配されていたとも言える。



「あの魔族……ヘルナイズだったかしら。あいつは、自分の妹を生き返らせるために『全能魔法』実現を目指していたみたいだけれど……スケールが小さいわよね」



 返事などないと知りながら、ノッチはピカロに話しかける。


 というか、返事がないことに安心しているのだ。『神王の指輪』の効果がちゃんと発動しているとわかるのだから。



「だって、『全能魔法』よ? 全能って言うくらいなんだから、誰か1人を生き返らせる程度の魔法ではないはず」



 『全能魔法』の解釈は分かれるが、ノッチは文字通り、何でも“願い”を叶えうる魔法なのだと考えていた。


 ただ、ヘルナイズは“全能”という言葉を軽視していたわけではない。彼にとっては、オルファリアさえ生き返れば、それだけで十分だったというだけだ。



「あたし様はもっと賢く使うわ──時間軸さえも狂わせて、世界を正しい方向へ導くの」



 思考することも許されない、生きる人形となったピカロを連れて歩くこと、1時間。


 2人は、ネーヴェ王国の王都を南に進み──世界樹の根元に辿り着いた。


 『全能魔法』は、“世界樹そのもの”を用いて行使される。世界最強の生命体が、魔力の大元である世界樹を媒介することで初めて使える魔法。


 世界樹の枝を加工した『世界樹の杖』という魔法アイテムがあったが、その比ではない──世界樹の杖というか、“世界樹が杖”なのだ。


 つまりこの大木こそ、“願い”を叶える魔法の木。


 ──見上げると、赤紫の木漏れ日。大きな雲のような葉の群れが、北国の冷たい風に揺れる。


 神秘の大樹の足下で、ノッチが振り返った。



「あたし様の“願い”は──800年前に転生すること」



 ボーッと突っ立っているピカロの両手を取り、強く握りしめる。



「神王国が衰退を始めたのは、およそ800年前だった。でも仮に、その時代にあたし様が生まれていれば、革命派による国家転覆なんてさせなかったわ。神王国の誇りを、踏みにじらせたりなど、絶対にしなかった」



 下唇を噛む。


 ノッチが生まれた時には、既に神王国は革命派に乗っ取られてから数百年も経っていた。その間、天界の神と崇められた神王族の名に泥が塗られ続けたのだ。


 常勝無敗の一族ではなく、民衆の暴力に負けた弱き王家。


 そのように侮られたことは事実だ。実際、多くの天界人は、かつての神王族が国を取り返すことなど不可能だと考えていた。


 ノッチはそれが許せない。崇め奉られるべき神王族が、数百年でも、あるいはたった1秒であろうと、“下に見られた”ことが、許せない。


 ピカロたちと協力して神王国は取り返した……しかし、何百年もの間、革命派に遅れをとっていた事実は消えないのだ。悪しき歴史として残り続けてしまう。


 それならば、過去を変えれば──ノッチがかつての神王国に生まれ、その手腕で神王族の威信を保てれば、今度こそ神王族は神の一族となる。



「欲を言えば、不老不死の状態で、800年前にワープしたいのよね。そしたら、あたし様が死んだ後の神王国を心配する必要もなくなるし……“全能”の魔法なら、それくらい可能じゃなきゃ困るんだけれど」



 一度失った信用を取り戻すのは至難。そして過去は、歴史は変わらず残り続けてしまう。


 輝かしい歴史に傷一つない神王族になるには、やり直すしかない。


 そのチャンスが今、ノッチの手の中に。



「さぁ、ピカロ・ミストハルト。あたし様の“願い”を叶えなさい──『全能魔法』を使いなさい」

「……」

「あぁ、確かに“願い”が曖昧だったわね。転生って言ったり不老不死って言ったり」

「……」

「最終確認よ、間違えないでちょうだいね。あたし様の“願い”は、不老不死の状態で、800年前の神王国に転生すること……わかった?」

「……セックス」

「は?」



 ピカロは意識を失ったままだ。しかしその口は、真実の願いしか告げない。


 ノッチはピカロの前髪を掴んで引っ張る。怒りと焦りで乱暴になった彼女が怒鳴った。



「ちょっと、ちゃんと復唱しなさい! いい? あたし様の願いは、不老不死で──」

「──セックスが、したい」

「いい加減にしなさい! あんたは愛の奴隷でしょ!? あたし様の言うことだけを聞けばいいの!」

「サキュバスと……セックス……」

「ど、どうして」

「──ピカロは今、愛の奴隷としての義務よりも、自分の性欲を優先している」



 背後からの声に、ノッチは振り返る。


 誰にも目撃されずに来たはずだった──しかし、背後には紫紺の美青年。



「シェルム・リューグナー……!」

「ピカロはちゃんと指輪の呪いにかかってるよ。実際、意識はない」

「あ、あんたどうしてここに!」

「ピカロは、指輪の呪いによって、ノッチの“願い”を叶えたいと本気で思っている──しかしそれ以上に、本気でセックスがしたいんだ」

「……何を、言っているの?」

「ピカロは、この世のあらゆる事情よりも、セックスを優先している。意識がなくても、呪われてても、どうしてもセックスのことしか考えることができない……そういう男だと、知っているだろう、ノッチ」



 シェルムはポケットに手を突っ込んだまま歩み寄る。ノッチは、数歩だけ後退り、戦闘態勢に入った。


 神王槍(しんおうそう)──黄金の大槍を構え、シェルムを睨みつける。



「あたし様の邪魔をするなら、殺すわよ」

「邪魔をしているのはノッチの方だろ? 僕とピカロの物語の終盤に食い込んできやがって」

「……確か、あんたも『パノプティコン』なのよね。あんたもずっと、この日を待ってた……ピカロ・ミストハルトが“適格者”として完成する日を!」

「心外だな。僕はピカロを利用するつもりなんてない」

「じゃあどうして! 『パノプティコン』の一員が! “適格者”と行動を共にしているの!?」

「──友達だからだ」



 シェルムはピカロの肩に手を置いた。



「僕の“願い”はもう叶ってるんだ。『全能魔法』なんていらないよ」

「……それが本音かは知らないけど。だったら、あたし様の邪魔をしないで!」

「でも、ピカロの“願い”はまだ叶っていない。そのために今、『全能魔法』が必要なんだ」

「ふざけないで! そんな、一時の性欲が、あたし様の崇高な“願い”に優先するわけないじゃない!」

「知るか、黙れモブキャラ」



 走る緊張感に、ノッチは槍を掴む手に力を込める。


 シェルムは確かに規格外の戦士だ。それは共に戦ったことのあるノッチだからこそ重々承知している──しかし、『神王の指輪』を装備している今ならば。


 負ける気がしない。


 殺気を纏うノッチ。対するシェルムは、半笑いで尋ねた。



「ねぇ、ノッチ。どうして僕は、君がピカロを利用するのだと気づいたと思う?」

「知らないわよ……」

「どうして、君が裏切るのだと知っていたと思う?」

「だから知らないってば!」

「──君が、“ノチノチ・ウラギル”って名前だからだよ」



 当然のように言うシェルム──対するノッチは、何故か、“理解ができない”。



「何を、言っているの? 意味がわからないわ」

「だから、君はモブキャラなんだ。自分の名前が明らかにおかしいことにさえ、違和感を感じることができない」

「名前? 普通じゃない、ノチノチ・ウラギルなんて」

「普通ではないよ。でも君にはわからない──わからないように作られたキャラだから」



 頭にモヤがかかったかのように、シェルムの言葉が理解できない。


 ノッチはただ、酷い頭痛に耐えつつ、シェルムを殺すタイミングを探すのみ。



「……さよならだ。君の伏線はこれで全部おしまい。“ノチノチ・ウラギル”なんて名前のキャラが、裏切らずにストーリーが終わるのは不自然だからね。ちゃんと裏切ってくれてよかった」

「お前は、何を……」

「もう、いらないや」



 ──気がつくと、世界樹の足下にはピカロとシェルムだけがいた。


 この世界から、ノッチはいなくなった。


 『神王の指輪』の効果が強制的に途切れ、ピカロが目を覚ます。



「ん、お? どこだここ?」

「おはようピカロ」

「世界樹? あれ、ノッチは?」

「いやそれがさ、ノッチ、裏切ってたんだよ。お前を操ってたんだ」

「えぇ!? まぁでも、“ノチノチ・ウラギル”なんて名前だったしな。いつか裏切るとは思ってたけど」

「だよな」



 やたら嬉しそうに笑うシェルム。


 ピカロは、ふと思い出したことを口にした。



「あ、そういえばさ。サキュバスが死んでしまったことについて、解決法を考えたんだよ!」

「おう、聞かせてくれ」

「『全能魔法』でサキュバスを復活させればいい!」

「おい待て。時系列的に、お前はまだ『全能魔法』という言葉を知らないはずだぞ」

「いや、第七十八話で、ヘルナイズがイデアさんに説明してたじゃん」

「あれは過去編だぞ。お前はまだ『パノプティコン』についてほとんど理解してない設定なんだ」

「もういいだろ。同じ説明を読まされる読者の身になってくれ」

「……まぁそうだな」

「そんなわけで、サキュバスを蘇らせます!」

「いやちょっと待て」



 シェルムは人差し指を揺らす。わざとらしくチッチッチと言いながら、地面に“全能”と書いた。



「いいか? 蘇生魔法じゃないんだ。全能魔法なんだぞ?」

「……何でもできるのか」

「そうだ。何でもできる」

「あらゆる女を性奴隷にすることも?」

「もちろん可能だ」

「ど、どうしよう迷うなぁ!」



 おもちゃ箱をひっくり返した子供のように、ワクワクが止まらないピカロ。


 何か一つだけ願いを叶えられるなら──やりたいことが多すぎて、どれか一つに絞れない。



「まぁ物語の流れとしては、お前はサキュバスとの再会のためにここまで来たんだし、普通にサキュバスを蘇生してもいいけどな」

「あー、そっか。もう私の目標って叶うんだな」

「そうだ。ようやく、僕らの旅が終わる」

「長かったなぁ……魔法学園とかから始まったんだぜ?」

「紆余曲折あった物語も、ようやくあらすじ通りに、ここまで来た」

「まぁ、“無能貴族”という設定は魔界編以降なくなったけどね」

「あとはサキュバスだけだ」

「大して伏線とか貼ってなかった物語だし、サクサク進んでよかったわ」

「じゃあ、気持ちよく終わってくれ」



 肩の荷が下りたとばかりに満足げなシェルム。


 ピカロも、長かった旅路の最後に、胸が熱くなる。


 ピカロ1人では何もできなかった。サキュバスとの再会はもちろん、故郷から出ることすらなかったかもしれない。


 いつだってシェルムが助けてくれた。友達や仲間はいるけれど、常に隣にいてくれたのはシェルムだけだ。


 そして今、2人の日々に終わりが──



「ん?」

「どうしたピカロ」

「……あれ、ごめん。まだ謎に満ちてることが残ってたわ」

「いやもうないだろ。これ以上話数を稼ぐのはキツイぞ」

「いやお前だよ、シェルム」



 ピカロは振り返る。


 見慣れた相棒と視線が合う。


 今更、本当に今更、ピカロは問うた。



「──シェルム。お前って何者なんだ?」




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