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第七十九話 世界最強





 時は現在。場所は神王城、神王の


 追憶に沈むイデアと、歓喜を握りしめるヘルナイズ。



「これでまた──オルファリアと会える」



 聴き馴染みのある名前に、ピカロが反応を見せた。



「わ、私の母親に何の用だ!」

「お前の母親である以前に、私の妹だ」

「……その『神王の指輪』は、死んだ人と会えるアイテムなのか?」

「いいや違う。まぁ、今更お前に説明する意味はないだろう──黙って見ていろ」



 ヘルナイズは自分の左手の薬指に指輪をはめ、そしてイデアの手を取った。


 『神王の指輪』の効果発揮条件を満たされてしまう、とピカロが止めに入ろうとするも、その肩をシェルムが掴んで止める。



「待てピカロ」

「おい、早く指輪を奪わないと!」

「いや、逆にチャンスかもしれない」



 そう言うと、シェルムはヘルナイズたちに視線を戻す。釣られてピカロも正面に向き直った。


 ヘルナイズが、イデアの白い細腕をなぞり、その左手を優しく包んだ。


 そして、ゆっくりと指輪を通していく。



「イデア、この指輪をはめれば、私は当分、動けなくなる」

「……はい」

「私は“適格者”ではないからな。天界特有の魔力には順応できない」

「分かっています」

「だから、一時的に“意識をもらう”」

「わたしはただ、委ねるのみです」

「……この『神王の指輪』は、真実の愛にのみ反応を見せる。これだけは、偽りのない真実──私はお前を愛している」

「わたしも愛しています……ヘルナイズ様」



 白く、細い薬指に、指輪の灯り。仄暗い、淡い光彩が、2人を包み込んだ。


 愛し合う2人にのみ許された、神王族の力の継承。


 渦巻く魔力の奔流の中、引き合う磁石のように、ゆっくりと口づけを交わした。



「おいシェルム! ちゅ、ちゅーしとるやんけ!」

「ヘルナイズには、天界人の血が流れていない。指輪の魔力が体内に流れ込めば、ヘルナイズも無事ではないはずだ」

「そ、それがチャンスってこと?」

「まぁ、戦う相手がイデアさん1人になれば、3対1で勝てるかもしれないし」

「いやでも、もしかしなくてもさ──今のイデアさんって、世界最強の生命体として完成しちゃったんじゃ……?」

「……まぁ、うん」



 イデアの右半身に、暗黒の紋様が浮かび上がる。黒く染まる肌は、最上級魔族のそれだ。


 魔王族の右眼が、真紅に煌めいた。


 直後、左手の薬指から、白銀の紋様が肌を這い上がっていく。星々の川みたく、目を焼くような輝きが、左半身を覆い、その白い肌を際立たせる。


 半魔半神の融合体。白銀と漆黒のコントラスト。


 その美しい姿を見て、安心したように笑ったヘルナイズが、自身に魔法をかける──瞬く間に、ヘルナイズは“仮面”へと姿を変えた。


 仮面の男が付けていた、禍々しいあの仮面。


 それを愛おしそうに、両手で抱きしめて、イデアは仮面を装着する。


 天を突く、赤黒いツノと、天使の円環。魔族の翼と天使の羽。


 天使と悪魔──光と闇の競合。


 後光差す神々しさに、ピカロたちは息を呑むばかりだ。



「や、やばくね。ラスボス感が半端じゃないんだけど」

「……3人なら勝てるかもって言ったけど、訂正していい?」

「ふざけんなシェルム! 責任持ってお前が戦え!」

「ちょっとあんたたち、喧嘩してる場合じゃ──」



 白黒の神が、腕を薙いだ。


 ただそれだけで、空間が歪む──神王城が軋む音が、一瞬聞こえた気がして……



「やばい!」



 半透明の衝撃波が、何もかも抉りとるように飛来。


 壁も柱も巻き込んで、可視化した暴力が3人を吹き飛ばした。


 半壊する神王城から投げ出され、広場に転がる。


 上手く受け身をとったノッチが神王のを見上げると──



「来るわよ!」



 一瞬、黒い点がチラついて──ノッチは魔法障壁を重ねて飛び退る。


 漆黒の殺人光線が、空気を切り裂いて走り抜けた。



「きゃあッ」

「ノッチ!」



 不可避の黒線は、何枚もの魔法障壁をいとも簡単に突き破り、ノッチの太ももを貫いた。


 着弾の爆風と、貫通した傷口の激熱に、ノッチが悲痛の叫びを上げる。



「よそ見するなピカロ!」



 振り返ると、視界を覆う“黒”。


 塗り潰したような無数の黒線が、折り重なって迫る。



「舐めんなよ……!」



 シェルムが両手を突き出すと同時、空色の障壁が3人を包んだ。


 数瞬、遅れて木霊する破砕音。衝撃に耐えかねて防御魔法が解けると、3人のいた場所以外、地面が深くまで消失していた。



「つ、強すぎ」

「ピカロ・ミストハルト! あんた早く魔王化しなさいよ!」

「わ、わかってる!」



 仮面に支配され、迷いや躊躇もない、完璧な神へと昇華したイデア・フィルマー。


 紛れもない世界最強に対抗しうるには、同種の力しかない。


 魔王と神王の力には及ばないが、ピカロにも魔王族の力と『ミストハルトの戦士』の力がある。


 むしろ、天界最強の一族と呼ばれたミストハルトの血の方が、神王族のそれよりも戦闘向きかもしれない。



「うお、何か、すごい調子良いぞ」

「ようやく天界の空気に身体が慣れてきたのよ……今のあんたなら、魔王族の力も制御できる!」



 沸騰する魔力。全身を巡る魔王の血が、細胞を食い破り、肌を黒く染める。


 しかし、これまでの魔王化のように、ピカロの身体が巨大化して、黒々とした魔族の姿になることはなかった。


 もはや、人の姿を保ったまま、魔王の力を発揮できるようになったのだ。


 『ミストハルトの戦士』──選ばれし一族の膨大な魔力が、ピカロを一つの“完成形”へと担ぎ上げた。


 2本のツノだけが、魔王化の印。肌を覆う黒い紋様が、熱を帯びて踊る。



「ニクスとオルファリアの息子──私の方が世界最強だ!」



 勝気に叫ぶピカロ。


 足を引きずるノッチが、ピカロの手を掴んだ。



「コレを使って!」

「な、何これ」

「神王族に伝わる対魔族魔法──『神王槍しんおうそう』。この槍は、貫いたものの魔力を吸い込んで霧散する必殺の魔法兵器……!」

「こんなチート武器があるのか!」

「あたし様は作り出すことしかできない……これを突き刺すのはあんたの仕事よ!」

「任せろ!」



 神王槍を片手に地面を蹴る。黄金の大槍の重みも、今は心地いい。


 全身を襲う全能感に、酔いしれていた。



「決着をつけよう、イデアさん!」

「死ね──“失敗作”」



 黒線が唸る。臓腑を震わせる低い振動音が、恐怖を駆り立てる。


 何度も直角に曲がり、ピカロを追尾する暗黒光線。神王槍を振り回し、ことごとくを掻き消すピカロ。


 死角からの着弾は、地上のシェルムが防いだ。


 気兼ねなく突撃するピカロ。上段から蹴りを振り下ろす──



「その大層な槍は飾りか?」



 ピカロの足を掴み取るイデア。仮面の右目が赤く光る。


 足を掴んだまま手を捻った──ピカロの足がネジのように回転、血飛沫を撒き散らして千切り取れた。



「血潮のブラッド・ロック!」



 即興で考えた魔法名をピカロが叫ぶと、宙を舞う大量の血液がイデア向かって急降下。


 剣のように鋭く尖った血液の塊が、イデアの四肢を貫き、地面に突き刺さった。


 重力制御魔法で血液を操っただけだが──何にせよ、一瞬だけイデアの動きが止まる。



「穿つ! その心臓ッ!」



 両手で振り下ろした神王槍は、イデアの胸の中心を捉え、そして貫いた。


 対象の魔力を吸い尽くして霧散する必殺の槍──その威力は凄まじく、イデアの胸元には魔力粒子の竜巻が巻き起こる。


 豪速で魔力を吸い取っていく神王槍──しかし。



「……私の魔力は、もはや無限に近い」



 吸収しても、キリがない。世界最強の生命体に、魔力切れなどない!


 止めどない魔力の過剰供給が、神王槍にヒビを入れる──黄金の大槍は粉々に砕け散った。


 心臓を貫かれた穴も、当たり前のように塞がってしまう。



「ふ、不死身かい!」

「当たり前だ」



 死の黒線が巻き付いた暗黒の拳が、ピカロの顔面に叩きつけられ、1秒足らずで地面へと叩き落とされた。


 ぐちゃぐちゃの顔と、根本から千切れた右脚。


 ピクピク震えるピカロを、シェルムが蹴り上げた。



「魔王化は常時再生の半不死身状態だろ、早く治せ」

「あんはんふんほぉんお、おおんお」

「口から治せ、口からぁ!」

「……んあっ、神王槍が、通じなかったぞ!」



 必死に訴えるピカロ。しかしシェルムはその頭をバシンと叩く。



「馬鹿。イデアさんには弱点があるだろ」

「し、心臓を刺されても死なないのに!?」

「お前には無くて、イデアさんにはある弱点……そこを狙わなきゃ」

「ど、どこだよそれ」

「……! 来るぞ!」



 神王のが崩れ落ちる音。イデアが床を蹴ったためだろう。


 察したシェルムが魔法障壁を作り出す。肉薄していたイデアの魔爪まそうは、間一髪のところで、停止。


 ピカロは、眼前に迫る魔爪と、ヒビの入った魔法障壁を見て唾を飲む。完全にビビっていた。



「ピカロ! お前はイデアさんの動きを止めるだけでいい! ノッチ、神王槍はお前に任せる!」

「命令するんじゃないわよシェルム・リューグナー……!」



 ピカロとイデアが近接戦闘に突入。刹那を刈り取るような俊速の攻防に、空気が震える。


 イデアの黒線はシェルムに弾かれ、ピカロの重力制御魔法はイデアを止められない。


 拮抗した命のやり取り。何かにしがみ付いていないと吹き飛ばされてしまいそうな戦闘の暴風の中に、ノッチが一歩踏み入った。


 最初に貫かれた太ももは、既に治療済み。歯を食いしばって暴力の嵐の中を進む。


 それを見たシェルムが、勝負に出た。



「チャンスは一度きり、決めるぞ」

「わかってるわよ!」



 シェルムが地面に掌を叩きつける──同時、イデアの足元に魔法陣が浮かび上がった。


 光を遮断する漆黒の防御壁の立方体がイデアを囲い込む。


 無論、こんなもので閉じ込めることはできない──イデアが黒線を乱反射させると、防御壁は音を立てて割れた。


 崩れ落ちる黒い破片の中、背後に迫る影。


 黄金の槍を構えた、ピカロの姿だった。



「その槍は効かない!」



 イデアがピカロに魔爪を振り下ろす──すると、ピカロの姿は霧のようにゆらりと消えた。


 シェルムの笑い声が聞こえる。



「新入生トーナメントでの敗北から何も学んでないね、イデアさん」



 ──16年ぶりの、幻魔術。


 背後に現れたピカロは、魔法が作り上げた蜃気楼。そう気がついたときには、もう遅い。



「捕まえた!」



 低い姿勢で、真横から組み付いてきた本物のピカロへの反応が遅れる。


 魔王化による超絶怪力でしがみ付かれ、動けない。


 その背後──砂煙の中から、人影が飛び出した。



「これで終わりッ!」



 振り返ったイデアの“右眼”を、ノッチの神王槍が貫いた。



「ぎゃぁぁああッッ!?」



 仮面が割れる。魔力の渦が右眼を巻き込み、イデアは膝をついて苦しみ悶える。


 イデアを最強たらしめる最大の要因は、その右眼──ヘルナイズの、魔王の眼球だ。


 これがイデアを最上級魔族に作り替え、無限とも言っていい膨大な魔力の供給を可能にしていた。


 ピカロには無く、イデアにはある弱点。


 ピカロは生まれつきの魔王族であり、イデアは“外付け”の魔王の力。所詮は、右眼がなければただの人間。


 付け焼き刃の最強。右眼と指輪、いずれにせよ、どちらかを失えば、イデアは仮初かりそめの神でさえなくなる。


 やがて神王槍は、右眼の魔力を──魔王族の魔力を全て吸い尽くして、霧散した。



「……あ、あ」



 割れた仮面を抱き抱えるイデア。


 仮面は、ヘルナイズの姿には戻らない。ただでさえ、『神王の指輪』による天界の魔力への拒絶反応で弱体化していたヘルナイズにとって、神王槍の一撃は致命傷だった。


 血の混じる涙を落とす。


 あまりにか弱いその背中に、ピカロは口を閉ざした。



「……よし。これでヘルナイズは死んだし、指輪も取り返せるな」

「シェルム、あの」

「大丈夫、イデアさんにはもう手は出さないよ」



 仮面の破片の中に混ざる指輪を拾い上げ、シェルムはそれをピカロに投げ渡す。


 そして泣き崩れるイデアの左手を掴んだ。



「離してッ!」

「離してあげるから、指輪をちょうだい?」

「これは……わたしと、ヘルナイズ様の……愛の証……」

「ヘルナイズはもう死んだ」

「死んでない! ヘルナイズ様は“願い”を叶えるんだ!」

「……いつまでもそうやってしがみ付いていればいい」



 冷たく突き放したシェルムが、無理やり指輪を奪い取る。


 絶望に泣き叫ぶイデアに目もくれず、その指輪をノッチに投げた。



「よし、これでノッチの目標は達成だね」

「あれ、ノッチの目標って何だっけ」

「神王国を取り戻すことよ。この『神王の指輪』があれば、また国を作り直せる」



 かつての神王国を乗っ取った革命派は、今回の3人の襲撃でほとんど全滅状態だが、そうでなくとも、この指輪の力さえあれば、もはやノッチに逆らえるものはいなくなる。


 結局、力と暴力による独裁には変わりないが、その辺の政治事情にまで口出しをするつもりは、ピカロにはなかった。



「さぁ、指輪を付けましょう、ピカロ・ミストハルト」

「け、結婚ってことだよな?」

「そうね。これであんたは神王になる」

「ちなみにヘルナイズが死んだから、ピカロは繰り上がりで魔王だぞ」

「ってことは、私は魔王であり神王!?」

「早くしなさい」



 ノッチは既に薬指に指輪をはめていた。さすが生粋の神王族、結構似合う。


 ピカロは指輪を見つめながら呟いた。



「これって、真の愛情がないと、力を得られないんだよな?」

「愛ならば、どんな形でも構わないわ。家族愛でも、友愛でも。無論、強く愛する気持ちが必要だけれど」

「わ、私はノッチを愛しているのだろうか」

「あんたには特大サイズの性欲があるでしょ? 男って性欲と愛を区別できない生き物だから、条件はクリアしてるわ」

「そ、そっか。……じゃあノッチは? ノッチは私を愛しているのか?」

「いや、あんたのことは愛してないけど、あたし様はこの神王国を愛してる」

「……それってセーフなの?」

「この国のためには、あんたと結婚しなきゃいけないとわかってるから。その覚悟が、信念が、あたし様の愛よ」

「えぇ……」



 ピカロは性欲、ノッチは愛国心。


 何に起因するにせよ、目の前の相手に対する強い感情があれば、それは愛と呼べるのかもしれなかった。


 愛に定義などないのだから。



「よ、よしじゃあ結婚しよう! 指輪はめまーす!」

「ピカロ・ミストハルト」

「ん、はい?」

「あたし様はあんたのために生きる」

「……え、ああ。結婚するからってこと?」

「だから、あんたも、あたし様のためだけに、生きるわよね」

「そうだな、うん。結婚するし」

「──この契約は、取り消せないわよ」



 最後の呟きは聞こえなかったが、とにかくピカロは指輪をはめた。


 『神王の指輪』。神王族に代々受け継がれる、世界最強の魔法アイテム。


 愛し合う2人を、強い魔力と絆で結びつける。


 ──この時、ピカロは“世界最強の生命体”として完成したのだった。



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