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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第二章 魔法学園編
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第七話 銀糸紋章


「俺のソードofギラファノコギリクワガタがァッッー!」



 笑い転げるシェルムとは対照的に、剣道けんどうきわめは膝から崩れ落ちる。

 どんな力が働いてそうなったのかは不明だが、魔族の角に当たっただけでソードofギラファノコギリクワガタは木っ端微塵になった。実際には魔族の角には触れていない持ち手の部分や装飾まで粉々になり、金の欠片が宙を舞う不思議な光景。



「はいはい。残念だったね。でも次の人が待ってるから、今日は帰ってください」

「…………」



 試験官らしき、魔法学園の制服を着た男が帰宅を促す。ゆっくりと立ち上がった剣道極は足を引きずるように帰っていく。その後ろ姿をすぐさまピカロが引き止めた。



「いやダメダメダメ」

「……なんだよ、お前も俺を笑うのか」

「別に笑わないけど……それよりお前、落ちちゃダメだろ入学試験。魔法学園編に入ってすぐ、入学試験前に出会った人物って普通は重要なキャラクターだろ」

「いいやピカロ。こいつはシンプルにモブだ。もう二度と登場しないだろう」

「ええ!? こう、今後の学園生活で、ライバル的な存在になるやつじゃなかったのか?」

「……お前らが何言ってるかわからないが、落ちたもんは落ちたんだ。俺は帰るよ。……帰る家もないけどな」

「家ないの?」

「俺は生まれつきの孤児なんだよ」

「……じゃあどうやって暮らしてるんだ」

「ヤバめのおじさんにちんぽ見せて小銭貰ってる」

「おいシェルムこいつ想像以上に可哀想だぞ」

「待機児童くらい可哀想だな」

「ヤバめのおじさんがくれた剣も粉々になっちまったし……生活に困ったらあの剣を売ろうと思ってたのにな」

「ヤバめのおじさんがくれた剣なのかよ」

「ああ。『剣道極って名前で、ソードofギラファノコギリクワガタを持って魔法学園に行きなよベイベー』ってさ」

「マジのヤバめおじさんだな。もはや魔王だろソイツが」

「おいピカロ、もういいだろ。こいつに構ってるとセリフが終わらないんだ。地の文を書かせてくれ」

「あ、そうなの? じゃ、じゃあな剣道極。頑張って生きろよ」



 ヤバめのおじさんに付けてもらった名前なので、それが本当の名前なのかはわからないが、ピカロはとりあえずその名で呼びつつ、手を振った。

 今後、魔法学園編にて互いに切磋琢磨しあうライバルキャラかと思えば、ただの可哀想なモブだったショックが腹の底に残ってはいるものの、次は2人の番である。切り替えて、気を引き締めるべきだ。


 試験官は地面に散らばった金色の粉を足で払いどけてから、2本の剣を持ち出した。



「はい、最後は君たちね。どうやら2人とも剣は持ってきてないみたいだから、貸し出すよ」

「ありがとうございます」



 剣を受け取る2人。腕から伝わる重たさに改めて気が引き締まる。よく見渡せば、いくつか斬られた後の角も転がっているようだ。綺麗に真っ二つのものもあれば、細切れにされているものも。当たり前だが、ピカロたちの前に試験に合格した者もいることがわかる。


 絶対に斬れない物を用意して無理難題を押し付けるだけの試験ではないとわかったところで、改めて魔族の角に向き合う。

 試験官は、中級魔族の角だと言っていた。


 往々にして、一般人が遭遇する可能性があるのは下級の魔族──というか、魔獣である。言葉による意思疎通などできない、本能のままに人間を襲う魔獣。ピカロが5年前に迷い込んだ、魔界の空気が充満した森のように、なんらかの理由で一部の大地から噴き出す魔界の空気が一定以上濃くなると、そこには魔獣が生まれる。


 冒険者たちや、王国軍、王国立騎士団など、常々そういった魔物を狩る人々がいるため、人の住む街に魔物が現れることは稀で、現れたとしても大人の男が数人集まれば対処もできるだろうが、中級以上の魔族となると話は別である。

 彼らは魔界の空気から生まれたのではなく、直接魔界から人間界に訪れる。個体数は極めて少ないので、大抵は人間の数の力で討伐されるのだが、討伐隊が到着するまでに大きな被害が出るという点で、一際、人々に恐れられている存在だ。


 とはいえ、いずれ訪れる魔族との大戦にて、人類側の指揮を任される立場を目指すピカロとしては、この程度で苦戦するわけにはいかない。

 屈指の名門、王国立魔法学園にて数々の伝説を残し、一気に英雄の階段を駆け上がる必要があるのだ。ここはまだスタートラインですらない。



「じゃあ、僕からやるよ」



 シェルムが一歩前へ。試験官が頷く。



「チャンスは一度です。この角を──」

「よいしょ」



 風が巻き起こる。特に振りかぶることもなく、シェルムは片手に持った剣を一閃。舞い上がる金の粉に咳き込むピカロ。セリフを遮られたものの、試験官は目を閉じることなく角が斬られる瞬間を見ていた。

 豆腐みたいに斬りましたね、と笑う試験官に剣を返すシェルム。しかしピカロは魔族の角を指差して言う。



「いや、微動だにしてないぞ、角」

「馬鹿かお前、斬れてるよ」

「へ?」



 恐る恐る角に触れるピカロ。すると、ちょうど真ん中で角が割れている──“斬れている”ことに気付く。恐ろしく速く、地面と並行に斬られたゆえに、変化がないように見えただけである。

 ペチペチと拍手するピカロをシェルムはドヤ顔で見下ろす。



「楽勝」

「いや凄いなお前。さすが自称超重要キャラ」

「見事合格です。そういえばまだ名前も聞いていませんでしたが、とりあえず入学届を提出してもらえますか?」

「え?」



 手ぶらで来た2人は耳を疑う。その反応に驚いたようで、首を傾げた試験官は続けて言った。



「ギルドに行って身分証明とかしませんでしたか? 学校に入学するわけですから、ある程度の手続きは必要ですよ」

「いやでも実力さえあればいいみたいな感じではないんですか?」

「そもそも、アルド王国民しか入学できないとか色々とルールもありますし。正式な手続きを踏んでもらわないと流石に……」

「ちょ、シェルムこっち来い」



 試験官から離れる2人。ピカロは小声で問う。



「身分証明って、私はまだしも、お前はできるのか?」

「いや無理だ。身分もなにも、僕ははっきりとした設定がまだないんだから。しかしこんな序盤でアルド王国民ってことにしちゃうと、後々の展開に制限がかかりそうだし、どうにかしないと……」



 作戦会議を始めた2人を困ったように待つ試験官だったが、校舎から出てきた人物を目にして姿勢を正した。突如ざわつく周囲を不審に思い、2人も振り返る。

 視界の先、黄金の鎧を見に纏った筋骨隆々の男が、地面に転がる魔族の角の残骸たちを拾いながら歩いてきていた。



「おー、今年はたくさん斬られているな。特にこれは綺麗な切断面だ」

「ブ……ブロッサム騎士団長! おはようございます!」



 試験官はガチガチに緊張した様子で頭を下げる。試験官が口にした名を聞いて確信したのか、周りにいた人々もこちらに注目し始める。

 父から話を聞いたことのあるピカロは、想像していたよりも大きな図体に驚き、思わず唾を飲み込む。シェルムは誰だかわかっていないようで、訝しげに見やるだけだ。



「今年の入学希望者はこの2人で最後か?」

「は、はい! そのようなのですが、どうやら入学届を用意していなかったみたいで……」

「それは困ったな。形式的な手続きさえできぬとなると、規律正しい学園生活に向かないかもしれな──お、おお!?」



 ブロッサムは2人の姿を見て思わず後ずさる。若干マヌケに見えるほどに驚いた様子のブロッサムに、むしろ周りの人々は驚く。

 ブロッサムは早歩きで2人に近づき、2人の着る服を指差した。



「お、おい。これはニクス・ミストハルト家の紋章ではないか!?」



 王都に来るに当たって、貴族らしい格好をしようと、家にあった一番高価そうなスーツを着てきたピカロと、ニクス・ミストハルト本人のスーツを借りて着ているシェルムの胸元には、銀の糸が煌めく家紋の刺繍が施されていた。

 ブロッサム以外はピンときていないようで、試験官含め周りの人々は不思議そうに眺めているだけだ。

 ブロッサムは矢継ぎ早に続ける。



「そ、そうか。ニクス様にご子息がおられるという噂はは耳にしていたが……まさか本当にいるとは」

「……誰だこのおっさん」

「知らないのかシェルム。ヴァーン・ブロッサム──アルド王国立騎士団の団長だよ。この国で1、2を争う最強の騎士の1人だ」

「いえいえ1、2を争うどころか俺はまだまだ及びません。ニクス様はもはや次元が違います」

「そんなことないだろ、父さんもよくあなたを褒めてたよ。剣士になるならアイツを目指すと良いって言ってたくらいだし」

「ニクス様が俺を!? ふ、ふふふ」



 どでかい図体を震わせて小さく笑うブロッサム。ある種不気味なその背中に、試験官が声をかける。



「ちょ、ちょっと待ってください。本当に彼がニクス・ミストハルト様のご子息だとして……その、失礼なのですが、“コッチ”ではないんですか?」



 試験官はシェルムを指差す。ほのかな紫紺しこんの光をまとう髪がなびく美青年は、バッチリとニクス本人のスーツを着こなしている上に、先ほど見せつけたあの剣技。少なくともブロッサムがこの美青年を無視して、隣の金髪チビデブに話しかけている光景は、周りからすれば違和感を伴うものだったらしい。

 なんだこいつぶん殴ってやろうかと指を鳴らすピカロと、ほくそ笑むシェルム。少し気まずそうな表情のブロッサムは答える。



「いいや、彼は違う。只者ではないのは確かだろうがね。……多少ふくよかではあるが、こちらの彼は若い頃のニクス様の面影がある。……ああ、名前を聞いていなかったな2人とも。俺はヴァーン・ブロッサム。君たちは?」

「私はピカロ・ミストハルト。予想通り、ニクス・ミストハルトの息子だよ」

「僕は夜神月やがみライト。新世界の神だ」

「すみませんこの子、昨日徹夜でデスノート読んでたみたいで……本当はシェルム・リューグナーです」

「ま、まぁともかく。少なくともピカロ君は“本物”だ。俺の直感がそう言っている。大英雄の息子に身分証明もクソもないだろう。勝手ではあるが俺が入学を許可する」



 なんだかついていけない様子の試験官は、とりあえず了解しましたと言ってから校舎へ走り去っていった。ブロッサムの登場に驚き、こちらを注目していた周囲の人々も、会話の内容までは聞こえないので、数分経った今では再び、元通りに歩き出していた。街はいつもの喧騒を取り戻す。

 ピカロに握手を求めるブロッサム。やたらと強めに手を握られビビるピカロから、シェルムへ視線を移したブロッサムは目を細めて言う。



「しかし、シェルム・リューグナー君、だったかな。君はニクス様と何か関係はあるのかい?」

「いいえ、何も。会ったこともありません」

「……ピカロ君、彼は一体何者だ?」

「相棒です。私が進む道を共に歩む、最強の相棒ですとも」

「…………まぁいい。実際、シェルム君はこの魔族の角を斬ってみせたみたいだし。ピカロ君の連れということで入学を許可しよう。ただ、君に関して不穏な噂などを耳にした時は、改めて身分証明なり何なりさせてもらうからね」

「はーい」



 こうして、独断と偏見に満ちたブロッサムの判断により、2人は無事、アルド王国立魔法学園への入学を果たした。

 シェルムはともかく、ピカロは入学試験を受けてすらいないことに誰も気づいていないのは、わたくし、作者の力によるものだ──魔法学園編、本格始動ッッ!死にたくなけりゃ、シートベルトにしがみ付いてなッ!!

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