第七十七話 国家転覆
ピカロたちが天界に辿り着いた翌日。
魔王デスファリアとの戦いに続き、天界へのゲート魔法を行使したために魔力と体力が底を尽きていたピカロも、一晩の睡眠で完全回復した。
そして、決戦の朝。
「いいかノッチ。その『神王の指輪』とやらをゲットしたら、すぐに私は人間界に降りるからな!」
「分かってるわよ……そうでなくても、急ぎましょう。うす汚れた革命派どもを1秒でも早く排除しないと」
「まぁ外側から見たら、これから神王国を落とす私たちの方が、革命派っぽいけどね」
「これは革命じゃない──奪還よ」
たった3人の男女が、神王国を破壊するために動き出した。
「しかし、つい昨日魔王と戦ったのに、今日は神王に牙を剥くことになるとは」
「安心しろピカロ。今の神王は、革命派の代表者であって、神王族の血を継いでるわけじゃない」
「継いでたらノッチくらい強いんだもんな」
「サクっと倒そう」
「……展開が早くないか?」
「こんなもんだろ。それに読者からしてみれば、無能貴族になったらすぐに終わると思ってた物語がまだ続いてるんだし、蛇足かもしれないんだぞ」
「まぁ、魔界に行けばハッピーエンドみたいな感じで進めてきたからなぁ。それがどうしてこんなことに」
「何よりも問題なのは、既にお前は“無能貴族”とは関係ないってことだ」
「タイトルと関係ない主人公がいるわけないだろ!」
「魔界に来た時点で、お前の人間界での身分なんて無くなったも同然……」
『無能貴族(仮)』という作品にて、無能貴族を目指す主人公。この肩書きはもう使えなくなってしまった。
今のピカロは、無能貴族を目指してるわけでもなく、無能でもなく、貴族でもない。
ただサキュバスとセックスしたいだけの男だ。
「天界編こそ蛇足! 魔界編はまだわかるよ。私の母が魔王だったし、現魔王も弟だったから。しかしサキュバスもいない天界編に用はねぇぞ」
「父親の生まれ故郷だろ、何か、それ関連の展開とかあるんじゃないの」
「いや、ニクスに関しては過去編を4話も書いてるから、これ以上掘り下げたくないって作者が言ってた」
「思いつかないだけだろ」
「まぁ多分、文字数稼ぎというか、話数稼ぎは、やろうと思えばできるんだ。私とシェルムでテキトーに冒険したりとかね。でも無駄に引き伸ばしても、楽しくないだろ、作者も読者も」
「……お前が早くサキュバスとセックスしたいだけだろ?」
「正解!」
そんなわけでサクサク進む天界編。一行は既に王都に到着していた。
光り輝く街並みの先、巨大な要塞が3人を見下ろす。
暴力による革命で、旧・神王国を終わらせた新・神王国(革命派)は、どうやら軍事基地顔負けの国王城を作り上げたらしい。
革命で成り上がったからこそ、次なる革命への予防は欠かさない強かさ。
しかし、それは通常の天界人たちにしか効果はない──今宵、足を踏み入れるのは世界最強の3人組だ。
「さ、入りましょう」
「待てノッチ。裏口とかから行ったほうがよくないか?」
「あのね、あたし様は正々堂々と、革命派を叩き潰したいのよ。策を弄するよりも、この3人でゴリ押しした方が確実に強いし」
「正面からまともに戦って勝てるのか……?」
「あんたは実質魔王だし、シェルム・リューグナーは規格外だし、余裕でしょ」
助っ人としては、戦力面だけで見れば確かに、これ以上なく頼もしい2人だ。
そんな2人を従えるように、ノッチが先頭に立って乗り込む──見上げるほどの正門の前に並んだ。
門番が駆け寄ってきて、不躾にも槍を喉元に突きつけてきた。いかにもな悪人面である。
「おいおい、神王城は立ち入り禁止だぞ」
「あらそう」
「……ん? その金髪金眼……いやまさかな。神王族の生き残りがいるわけねぇか」
「そのまさかよ」
ズパンと切断、落ちる首。
魔法障壁が、返り血からノッチを守る。
「うわ、殺した」
「当たり前じゃない。こいつらはあたし様の先祖を皆殺しにした悪党よ」
「ま、サキュバスとのセックスが楽しみすぎてモブの死とかどうでもいいや」
「あんたも中々の悪党よね」
巨大な門を蹴り開ける──蹴り壊す、の方が正しいが。
破砕音と共に、3人が入城。さすがに異常事態だと気付いた兵士たちが集まってくる。
「……結構いるな。これも皆殺し?」
「それでもいいけど、モタモタしてると神王が逃げ出すかもだし、適度に殺しましょう」
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正門から城までの広場が血の海と化し、その3人が手に負えないと判断した神王城は、早速切り札を投入してきた。
現れたのは、剣を携えた若い男。ありあまる自信が顔に出ている。
「この城の客にしては、随分とマナーがなってないな」
「誰だお前」
「俺か? 俺の名を聞くのか?」
男は3人の正面に立ち、髪をかき上げて笑った。
「俺はマルク・ミストハルト! 神王族を守り続ける最強の護衛一族の、若き獅子だ!」
「……ミストハルト?」
「知らないか? 『ミストハルトの戦士』だ。神王族の盾として何千年も活躍している俺たちミストハルト家の栄光も知らないなら、そりゃあこんな無礼な入城も頷ける」
「お前、ミストハルト家の末裔なのか?」
「あ? まぁ、そうだな」
ニクス・ミストハルトは人間界に落ちたが、しかしその家族や親戚までもが天界からいなくなったわけではない。
そういう意味では、天界においてミストハルト家が続いていること自体は、そこまで不思議ではないのだが、しかし。
ピカロがノッチの方を見やると、ノッチはつまらなさそうに言った。
「ミストハルト家はとっくの昔に没落してるはずよ。少なくとも、未だに神王族の護衛を任されるほどの信頼は失ってる」
「な、何を失礼なことを! 俺は『ミストハルトの戦士』だぞ!」
「……あたし様はそんなに詳しくないんだけど、その『ミストハルトの戦士』という資格は、ミストハルト家の長男に受け継がれるのよね?」
「そうだ! そして俺は長男だ!」
「確か、最後の『ミストハルトの戦士』ってニクス・ミストハルトだから……つまりその資格を受け継いだ長男って、あんたっぽくない?」
ノッチに指差され、ピカロは肩を跳ねさせる。
確かに、長男から長男へと受け継がれる資格なら、ニクスの次はピカロのはずだ。
「ごめん、そもそも『ミストハルトの戦士』って何?」
「ミストハルト家は、長男だけが天界最強としての力を受け継ぐことができる……つまり最強である資格──圧倒的魔力ね」
「え、それを今、私が持ってんの?」
「何を話している! 『ミストハルトの戦士』はこのマルクだ!」
「……コイツが胡散臭く見えてきた」
少なくとも、このマルクという男が、天界最強の資格を持っていないことは確かだ。
ここまで来ると、そもそも本当にミストハルト家の末裔なのかすら怪しい。
何せ、今現在の新・神王国は、嘘に満ちている──神王を名乗る革命派の一般人、神王族を名乗る革命派の中心メンバー。
かつての体制を、名前ごと引き継いでいる革命派のやることだ、この男が勝手にミストハルトを名乗っている可能性も高い。
「じゃあどっちが本当の『ミストハルトの戦士』か、戦えばわかるんじゃない?」
「えぇ……私には自覚がないからなぁ」
「お前ら侵入者のくせに、さらに自分がミストハルト家の人間だと偽るつもりか! このマルク・ミストハルトが、この聖剣アルドレイドで真っ二つにしてやる!」
「聖剣アルドレイドは、人間界にあるけどね」
ニクスが人間界に持ち込んだ天界のアイテムで、今はジンラ大帝国のガイ王子が持っているはずだ。
剣の名前さえ偽るあたり、虎の威を借る狐……ミストハルトの威を借るマルクか。
「何でもいいや、さっさと終わらす」
「かかってこい侵入者! このマルク・ミストハ──」
「エロ・グラビティ……ってうおっ!?」
何となく、得意な重力制御魔法を使ったピカロ。しかし直後、マルクは紙切れのように薄っぺらくなるまでに、ぺしゃんこに潰れてしまった。
聞くに耐えない、肉の潰れる音と、搾りたての鮮血。
強大な重力のおかげで、返り血は飛び散ることなく地面に張り付いたけれど、しかし衝撃の光景であった。
足をガクガク震わせながらピカロが振り返る。
「な、なんか死んじゃった」
「昨日も言ったけど、天界人ってのは天界に来て初めて本来の力を出せるの。あんたの中に流れる天界人の血が、魔力を桁違いに跳ね上げてるのよ。これで、あんたこそ本物の『ミストハルトの戦士』だとわかったわね」
「こわい」
「それに加えて魔王族なんだから……敵の方が可哀想だわ」
「私は別に、こんなに強くなりたかったわけじゃないぞ!」
「……強い男の方が、サキュバスからはモテるんじゃない?」
「私が最強だ」
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神王城の異変に気がついたのは、天界人だけではなかった。
王都の喧騒をかき分けて走るのは、ヘルナイズとイデア。
「まさか……もう天界に来ていたなんてな」
「魔王となったのはヘルナイズ様なのに、一体どうやって来たんでしょう」
「アーバルデンが最期に何か仕掛けたらしい──おかしいと思ったんだ、歴代魔王の記憶の中に、アーバルデンの記憶も含まれていた時点で」
「じゃあやっぱり、今あそこで暴れているのは……」
「ピカロ・ミストハルトたちだろう。アーバルデンの助けで天界まで来て、そしてすぐに『神王の指輪』を狙っている」
「なぜ、それを狙っているのだと分かるんですか?」
「あっちにはシェルム・リューグナーがいる……『パノプティコン』に所属しているあいつなら、私と同じく『神王の指輪』を狙うはずだ。というより、私が狙っているからこそ、先に奪うつもりなのだろう」
アーバルデンがただ殺されるわけもないので、彼の入れ知恵でピカロが天界に来ることはヘルナイズも予想していた。
しかしそれがこんなに早いとは……ましてや自分たちが天界に来た目的──『神王の指輪』も横取りするつもりだなんて。
『パノプティコン』に所属する理由は、“とある魔法”に辿り着くため。そしてその魔法を使えるのは“世界最強の生命体”のみ。
イデアを完成させるためには、『神王の指輪』が必要だ。
シェルムは、ヘルナイズと違って“とある魔法”に興味はなく、叶えたい願いもないと言っていた──ということは、単純に嫌がらせとして『神王の指輪』を横取りするつもりに違いない。
ピカロとシェルムに懸賞金を掛けたり、2人が天界に来た時のために、ゲート出口付近の天界人たちに「悪魔が攻めてくるから見張れ」などと嘘をついたり……これまでの嫌がらせへの仕返しのつもりだろうか。
いずれにせよシェルムのおふざけに付き合っている暇などない。
「奴らみたく正面から堂々と入るつもりはない。最短距離で神王のもとへ向かうぞ」
「はい!」
軍事基地さながらの神王城。その裏手から回り、城を囲う巨大な城壁をよじ登った2人は、その眼下の光景に息を呑んだ。
「こ、これは……」
処刑用魔導兵器──ゴールデンヘラクレス。
天界の処刑生物が、その黄金の巨体にて所狭しと暴れ回っている。
城を挟んで向こう側、つまり正門側では、ピカロたちがゴールデンヘラクレスと戦闘しているのが見えた。
雷撃や爆炎が舞っている──随分と派手に立ち回っているようだ。
黄金の悪魔は、確認できるだけで10体以上。ピカロたちが堂々と暴れたせいで、天界中のゴールデンヘラクレスが集まってきているらしい。
思わぬ邪魔に気分を害したヘルナイズが、低い声で呟いた。
「イデア──落とせ」
「はい!」
右眼が熱を帯びる。赤熱の発光と、肌を這う黒き紋様。
魔王の右眼を埋め込まれたイデアの、その儚くも美しい輝きに、ヘルナイズは目を細めた。
漆黒の閃光が空を斬る。風景を切り取るかのような直線が、黄金の悪魔に触れ──その光り輝く外殻を溶かす。
飛び回る巨大なそれらを、次々に撃ち落としていく。金色の欠片が宙を舞い、やがて地面を埋め尽くしていった。
昨晩、“愛”を注いでもらった効果だろうか──今日のイデアは調子がいいらしい。
「終わりました」
「よくやった。急ぐぞ、先を越されるとまずい」
軽く頭を撫でられ、恍惚の表情を浮かべるイデアを置き去りに、ヘルナイズは神王城へと向かっていった。
──窓を割り城内へ。
ピカロたち3人の侵入者に大慌てだったらしい城内の革命派たちは、新たなる侵入者に度肝を抜かれる。
悲鳴を上げ、狂ったように逃げ惑うのみだ。それらを無視して、ヘルナイズは神王の間へと歩を進めた。
「神王がどこにいるか、探すのも面倒だと思っていたが……明からさまで助かった」
「ご、豪華な扉ですね」
「権力や財力を誇示したいだけのクズらしい発想だ──こんな奴らに、『神王の指輪』の価値はわからない」
色とりどりの宝石が鮮やかな扉を、思い切り蹴り壊す。
悲鳴を押し殺すのは、2人の男女。互いの身体にしがみ付き、ただ震えていた。
「……神王の護衛はいないのか」
「正門側で暴れているあの3人を止めるのに手一杯なのでは?」
「まぁいい。さてお前ら、『神王の指輪』はどこにある?」
ヘルナイズが近づくと、2人は肩を跳ねさせて怯えた。服装もアクセサリーも豪奢で、およそ贅沢の限りを尽くしてきたであろう2人──この城で神王を名乗るなら、この2人の他にはいないだろう。
神王族の武力の象徴である『神王の指輪』。それを装備していても、この2人はただの天界人だ。いざ命が狙われると、戦うことさえできない
ガタガタと震えるだけで返答がないので、ヘルナイズは無理やり男の腕を掴んだ。
そしてその手には──
「これか」
「ひぎゃぁああ!?」
左手の薬指には、魔力の輝きを纏った美しい指輪がはめられていた。ヘルナイズは薬指ごと引き千切り奪い取ると、そっと指輪を外し、愛おしそうに眺める。
すぐにイデアも、女の方の手から指輪を抜き取った。
「な、なんか重たく感じますね」
「魔法アイテムの中でも最上級のものだからな。しかしこれでようやく、私の願いが──」
「──ちんぽ!」
神王の間にスライディングで入ってきたのは、無論ピカロ。
少し遅れてシェルムとノッチが走り込んできた。
「先越された! テメぇヘルナイズ! その指輪を渡しやがれ!」
「もう遅い……ピカロ・ミストハルト。それに、この『神王の指輪』は、愛し合う男女がいて初めて成立するもの。お前には使えない」
「ふははは! 馬鹿め! それは私とノッチの結婚指輪じゃい! それをちんぽにはめてセックスするんじゃい!」
「しないわよ」
「しないらしいぞ」
「するんじゃーい!」
ジタバタするピカロから視線を外し、ヘルナイズはシェルムを見やる。
『神王の指輪』を先取りされた今、焦りを見せていても良さそうだが──相変わらずニヤニヤしているのみだ。
何か逆転の策でも用意しているのだろうか。
「シェルム・リューグナー。『パノプティコン』に属してはいても、お前に“願い”はない。私が貰っても文句はないな?」
「……個人的にはいいけど、ピカロも欲しがってる。ヘルナイズ、お前の“願い”が、ピカロの結婚よりも重大ならばいいんだけど」
「重要さ。何も知らないピカロ・ミストハルトの、一時の感情なんかに比べたら……私は何十年も願い続けてきたのだから」
指輪を強く握りしめるヘルナイズ。
その横顔を、悲しそうな表情で見つめるイデアに目もくれず、絞り出すように言った。
「これでまた──オルファリアと会える」




