第七十六話 同情性交
ノッチことノチノチ・ウラギルの説明によると、ゲートの先にいた天界人たちは、『旧王国派』と呼ばれる集団で、つまりノッチの国取りを手伝ってくれる仲間たちらしい。
そしてその仲間たち曰く、数分前に現れた白髪の男が、「悪魔が攻めてくるから気を付けろ」と警告してきたのだとか。
要するに、また嫌がらせだ。ピカロならば何らかの方法で、自力で天界に来るだろうと予想したヘルナイズの、趣味の悪い置き土産。
ノッチの出現によりピカロとシェルムの疑いは晴れたが、ノッチが出てくるのがもう少し遅ければ大ごとになっていたかもしれない。
──落ち着いてから、ピカロとシェルムは、『旧王国派』についての説明を受けた。
旧王国──正統なる神王国は、暴力的な革命によって乗っ取られた。
それは、天界を支配し続けた神王族への反発であり、明確な国民の意思。
とはいえ、革命派は神王族を皆殺しにするため、その子供さえも手にかけた。唯一、逃げ延びた1人の女を除き、神王族は絶滅の危機に瀕したのだ。
ここまでくると、革命派をよく思わない人々も現れてくる。まだ何も知らない子供さえ殺した異常性に、革命の正義を疑う者も少なくなかった。
極めつけに、革命派は新たなる王国を築くわけでもなく、自分たち革命派が“次の神王族”だと名乗り始めた。王国の名前も、神王国のままだ。
つまり、“神王族の支配”が、“神王族を名乗る革命派の支配”に置き換わっただけなのである。
そもそも、そういった権力の一極集中を嫌ったがゆえの革命だったはずなのに、力を手に入れた彼らは、本質を見失った。
そんな本末転倒な革命派に、さらなる革命の炎が襲いかかる──こともなかった。革命派は暴力の集合体。シンプルな話、誰も敵わないのである。
神王国の持つ軍事力の全てを支配下に置き、その上で天界の猛者たちが集う、新・神王国。もはやこの盤石の体制を揺るがすには、天界は手遅れ。圧倒的な力不足だった。
そんな革命派が率いる新・神王国に、暴力で押さえつけられた国民たちには不満が溜まり、しかし反撃の狼煙は上げられず、困窮していた中で、唯一の希望は神王族の生き残りのみ。
天界のどこにいるのかは誰も知らないが、必ず生き延びていると信じられていたその女は、ひっそりと、既に身篭っていた子供を産み落とした。
そうして、天界中を逃げ回るように生きてきた悲劇の神王族──その末裔が、ノッチだ。
革命派には敵わないが、いつの日か一矢報いるために、神王族の血を絶やさずに紡いできた。
そして数百年後、運命の子、ノッチが誕生し、彼女は決心した──自分が神王国を取り戻すのだと。
まるで本当のお姫様のように育ててくれた旧王国派の仲間たちに対しノッチは、人間界に落ちた『ミストハルト』の一族を、天界に連れてくると告げ、単身人間界へと落ちた。
『ミストハルトの戦士』──天界最強の一族との呼び声高い彼らに、希望を託して。
そもそも、ミストハルト家は旧・神王国の守護を生業とする護衛一族。神王族の繁栄は、ミストハルト家の武力があってこそだった。
しかし、これはノッチも知らない事実だが、『ミストハルトの戦士』史上、最高傑作と謳われたニクス・ミストハルトが、魔王オルファリアとの恋にうつつを抜かして人間界に落とされた日から、ミストハルト家は没落してしまった。
一子相伝の圧倒的な力は、代々、ミストハルト家の長男にのみ宿る。
それなのに長男のニクスは、天界に子供を残さず、人間界にてオルファリアと結ばれた。その結果、『ミストハルトの戦士』の資格は、ピカロに受け継がれてしまったのだ。
神王国が乗っ取られたのは、ニクスが人間界に落ちてから5年後。もしも革命派が攻めてきたあの時、ニクスが天界にいれば、結果は違っただろう。
それほどにニクス・ミストハルトは圧倒的で、神王国にとって必要不可欠な男だったのだ。
神王国を取り戻すには、ミストハルト家の力が必要──そしてノッチは、人間界にてミストハルトの血を継ぐ男がいるはずだと信じ、人間界に向かった。
かつて天界と繋がっていたために、天界の空気が充満する場所──ナナーク島ディアレクティケ遺跡、その最奥の部屋。
人間界にミストハルトの血が──天界人の血が残っているのなら、やがてこの部屋にたどり着く。そう信じて、ノッチはその部屋で40年もの間眠っていた。
ノッチの想像では、その時から800年前に人間界に落とされたニクスは、既に死んでいて、その子孫たちが人間界に残っているはずだった。しかしニクスはまさかの800年以上生きるという離れ業をしてのけ、子供も1人しか作らなかった──無論、ピカロである。
しかもニクスは、ミストハルト家についてピカロに説明しなかった。オルファリアとの約束で、ピカロは一般人として幸せに育てると決めたからだ。
そのせいで、ニクスはディアレクティケ遺跡を目指すことはなかったのだが……ピカロはたまたま、学生旅行でナナーク島を訪れ、宝探しのために遺跡を探検し、ノッチを見つけ出した。
そこから紆余曲折……15年以上過ぎたのち、ノッチは見事、ピカロを天界へと連れてくることに成功したのだ。
「……あんたの父親、ニクスは天界に帰るつもりはないと言ってた。しかも、あんたに受け継がれた『ミストハルト』の資格も、魔力濃度の薄い人間界では覚醒しない──封印されたままだなんて、ふざけたこともぬかしてたわね」
「魔力濃度?」
「天界の空気は、人間界のそれよりも遥かに魔力で満ちてるのよ。だから天界人が人間界に落ちると、まともに魔法が使えなくなる」
「じゃあ、天界にきた私は今、真の力を発揮できるということか!?」
「たぶんね。その力を信じて、ここまでやってきたのよ、あたし様は」
旧王国派の一団が潜む、天界の端。そこにひっそりと建てられた隠れ家の一室には、ノッチとピカロ、シェルムがいた。
ノッチによる神王族、神王国の説明を聞き、ピカロは首を傾げる。
「うーん、でも今の新・神王国を支配する革命派って、めちゃくちゃ強いんだろ? そんな奴らに、私1人で立ち向かっても勝てる気がしないぞ」
「さぁ、どうかしら。あんたはまだ『ミストハルトの戦士』の、本当の強さを知らない。個人が軍に勝る一族の本質を」
「そんなこと言われてもなぁ。別に今も、“力が湧いてくる!” って感覚もないし」
「シェルム・リューグナー、あんた、こいつとずっと一緒にいるんでしょ? 何かわかることない?」
「……ピカロはもう、魔王としての力に目覚めてる。既に、十分強いんだよ。だから、天界にきたからって急に強くなった気分にはならないんじゃない?」
「ふはは、既に最強ってか!」
露骨に調子に乗るピカロ。
呆れた様子のノッチは、頭を抱えて俯く。
「本当に最強になってもらわなきゃ困るわ──そうじゃなきゃ今の神王は倒せない」
「神王……天界の王様か。なんか弱そうだけどな、魔王の方がカッコいい」
「神王、それ自体は強くないわ。でも神王族に代々受け継がれる、『神王の指輪』──あの魔法アイテムが強力なのよ」
「指輪ぁ?」
「かつての神王族を支えたのは、ミストハルト家という盾と、指輪という矛。2つの最強でもって、その栄華を築き上げた」
「指輪をしてるだけで強くなるのか?」
「……いや、“愛”が必要」
少し照れくさそうに言うと、ノッチはピカロに向き直った。
その目をしっかりと見つめて、迷いなく続ける。
「『神王の指輪』は、結婚指輪なの。愛し合う2人でなければ、その指輪の効力を発揮できない」
「夫婦で強くなるってことね」
「聞いた話によれば、革命が起きたときの神王は、まだ結婚していなかった。つまり指輪の力を手に入れていなかった──だからこそ、革命派はそのタイミングを狙ったんでしょうけど」
「んで、今の新・神王は、結婚してんのか?」
「旧王国派のおじさんたち曰く、革命派は、結婚しそうな男女を次の神王にしてるらしいわ」
「一般人じゃねぇか。やっぱり弱いだろ神王」
「でも強いかもしれないのも事実。ただの夫婦だと侮るべきじゃない──指輪の力は絶大よ」
「なんだっていいけど……リア充なら殺しても問題ないな」
旧・神王は、独身のタイミング、つまり指輪の恩恵の無い時期を狙われて、革命を許してしまった。それを狙った側の革命派はもちろん、そのようなミスは犯さない。
元々の軍事力と、指輪の力さえあれば、もはや誰も逆らえないのだから。
「あたし様は、革命派を全員殺して、指輪を取り返す──それが、旧・神王国を取り戻す最短の道だから」
「あー、だから結婚してあげるって話だったのか。なんだ、ノッチは私のことちょっと好きだったのかと思ってたのに」
「でも、あたし様と結婚するあんたは、つまり神王になれるし、指輪の力も手に入れられるのよ? これって結構凄いことなんだけれど」
「神王になるより、早くサキュバスと再会してセックスしたい」
「ここまで天界の事情を知っておいて、しかも神王族の護衛一族であるミストハルトの末裔のあんたが、国取りを手伝わない道理はないでしょ!」
「めんどくせぇ。何日かかるんだよ、国取りって」
「そ、そりゃあじっくり時間をかけて、確実に──」
「いや、急いだほうがいいよ」
突然、シェルムが口を挟んだ。
顎に手を当てて思案に沈むシェルムは、パチリと目を開けて2人を見た。
「その『神王の指輪』──ヘルナイズに取られちゃうかも」
────✳︎────✳︎────
天界のとある森の中。
小川の流れに身を任せ、プカプカ浮かんでいた白髪の男が、真横を通り過ぎようとした魚を鷲掴みにする。
ゆっくりと立ち、川から上がると、その魚を木の枝に差し込んで、焚き火の近くに突き刺した。
「……塩が欲しいな」
「ヘルナイズ様ぁ! 助けてください蛇が出ましたぁ!」
「……イデア、まず服を着ろ」
白髪の男、ヘルナイズ・シンス・ザルガケイデンは、上半身裸だったが、対するイデア・フィルマーは全裸。
豊満なボディを瑞々しく輝かせ、美しい双丘を揺らしながら走る。
顔を逸らしたままのヘルナイズが、服を投げつけた。
「へ、蛇が!」
「そんなの魔法で殺せばいいだろう。とにかく服を……っていうか何故全裸なんだ」
「ヘルナイズ様が水浴びしてるから、ついにその時が来たのかと」
「その時って何だ」
「こ、子作り」
「……風邪を引くぞ。早く着ろ」
「むぅ」
ヘルナイズが上着を脱ぎ、川に入った時点で、それは性行為の準備なのだと勘違いし、すぐさま全裸になったイデアだったが、お待ちかねの展開にはならなかった。
ヘルナイズの上着を頭に巻きつつ、脱ぎ捨てた自分の服を拾いに戻る。
服を着終わったイデアに、ヘルナイズは焼き魚を渡す。
「さぁ、栄養補給だ。明日までに万全な体調に戻すぞ」
「わたしなんかより、天界へのゲート作りで魔力を大量に消費したヘルナイズ様が食べるべきです! わたしはその食べ残しで十分、というか食べ残しをください!」
「……いや、私はそこまで腹が空いていない。お前が食べろ」
「じゃあ、アーンってしてください」
「あのなイデア、ふざけてる場合じゃ──」
「ふざけてません!」
イデアは立ち上がり、ヘルナイズの両肩を掴んだ。
頬を赤らめ、顔を近づける。
「そろそろ、ヘルナイズ様の“願い”が叶います。そしたら、もう……こうやって2人でいられなくなります」
「……イデア、私は」
「分かってます。わたしの恋心なんかより、ヘルナイズ様の“願い”の方がずっと大切です。そのために何年も頑張ってきたのをわたしは知ってます。だけど、それでも……」
混ざり合う熱い吐息。イデアの桃色の唇が、ヘルナイズの唇に吸い付いた。
数瞬の至福。イデアを満たす愛が、脳に流れ込む。
ゆっくりと顔を離す。真っ赤な顔のイデアは、その目に涙を溜めて訴えた。
「最後くらい、わたしを愛してください」
「……愛しているさ、イデア・フィルマー」
イデアの細い腰に、ヘルナイズの腕が回る。ゴツゴツとした筋肉が、イデアを掴んで離さない。
焼き魚が地面に落ちる。ヘルナイズはぐいっとイデアを引き寄せ、身体を密着させた。
「あっ……」
「確かに──最後くらい、君を喜ばせよう」
力強く抱きしめられ、声を漏らしたイデアの口を、ヘルナイズが塞ぐ。
薄い唇をこじ開ける舌が、口内を、脳を、蹂躙する。
イデアの全身を喜びが包む。込み上げる熱さと、下腹部のうずき。
愛おしい体格差にゾクゾクする。逞ましい背中に腕を回した。しがみ付くように、縋り付くように。
口内を犯す快楽が、2人に熱を与える。ヘルナイズの手が、イデアの身体を這うように撫で、そして……。
跳ねる身体を、愛する人に委ねた。
溶け合う時間が、永遠に続きますようにと、願うように、目を閉じて──
────✳︎────✳︎────
「……ん?」
ピカロが窓の外に目を向ける。
桃源郷を思わせる絶景と、沈まぬ月と太陽。星空のような草原のその先、遠い森を見つめながら、訝しげに呟く。
「まさか……」
「どうした、ピカロ」
「セックスの気配がする」
「どうした急に」
「今、天界のどこかで誰かがセックスしてるぞ」
「まぁ、ありえなくはないけど。そんなこと関係ないだろ」
「なぜか寝取られたような気分だ」
「意味がわからん」
「うーん……気のせいならいいんだけど」
胸にこびりつくモヤモヤを洗い流すように、コップの水を飲み干したピカロ。
相棒の意味不明な発言は日常茶飯事なので、すぐに受け流したシェルムは、話を続けた。
「前に話したけど、僕とヘルナイズは『パノプティコン』という組織に所属してる。そこでは、とある魔法を使うために“世界最強の生命体”を作り上げる努力が行われてるんだけど、それには、『神王の指輪』が必要なんだ」
「……確かに、指輪の力を無視して、世界最強は名乗れないわ」
「いやいや、私とヘルナイズは魔王族だぞ? そんな指輪なんてなくたって最強だ」
「その最強の魔王が、さらに指輪を手にしたら、それこそ本当の意味で世界最強だと思わないか?」
ぐうの音もでないピカロ。
シェルムはそんなピカロを指差して言った。
「今現在、最も世界最強の生命体に近いのは、お前とイデアさんだ」
「……え、イデアさん? ヘルナイズじゃなくて?」
「そうだ。ヘルナイズは、純粋な魔王族──その悪魔の血は濃すぎる」
「血が濃すぎる……?」
「『神王の指輪』の力は、天界人の波長に合わせた力だ。言ってしまえば、天界人専用の魔法アイテム。むしろヘルナイズは弱体化するだろう」
「……魔王族と、神王族は相容れないということか」
「でも、魔王と天界人の子供であるピカロなら、どちらの力も手に入れられる」
「おお! ……でもイデアさんはただの人間だぞ?」
「いいや、多分、普通の人間じゃない」
シェルムは椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げた。
昔のことを思い出すように、記憶の道を振り返る。
「仮面の男──ヘルナイズによって、イデアさんは半魔族化させられただろ?」
「うん。最上級魔族レベルに強くなったんだよな」
「それがそもそもおかしいんだ。人間はどう頑張っても魔族にはなれないはずなのに」
「そうなのか?」
「わざわざ人間、魔族、天界人というように種族が分かれてる理由は、それぞれが別個に誕生した生命体だからだ。ピカロみたいな遺伝子レベルの配合じゃない限り、それらが混ざり合うことはできない」
「でもイデアさんは、半分人間で、半分魔族になれた……」
「ってことは、もしかしたら、半分天界人にもなれるかも。まぁそしたらそれぞれ3分の1だけど」
「ハイブリッドだな」
「魔王族の血を移植され、神王の魔力を手に入れる──それが可能なら、イデア・フィルマーは世界最強の生命体になりうる」
「そのために、ヘルナイズは天界に来たのか!」
「あたし様の指輪が盗まれる!?」
「急ごう……! あの2人より先に、『神王の指輪』を手に入れるんだ」
イデアの体質については、想像の域をでない。
しかしヘルナイズの目的は明確なのだ──それを鑑みれば、わざわざイデアと行動を共にしている理由は、イデアを“完成”させるために違いない。
「イデアさんに指輪を奪われたら、神王国の奪還どころじゃない──その気になれば、世界ごと滅ぼすこともできる力だぞ」




