第七十五話 美女恐怖
「俺が結婚してやんよ!」
「あれじゃん、あのー、Angel Beatsの、あれ。野球場でさ、青髪のやつがさ、あのー、ピンクの子に言うやつじゃん」
「うろ覚えやめろ」
「ちょっと真面目に聞きなさいよ!」
ノッチことノチノチ・ウラギルに蹴られ喜ぶピカロ。
ノッチは神妙な面持ちを崩さない。
「あたし様を天界に連れて行ってくれたら、あんたと結婚してあげるって言ってんのよ」
「結婚とかいいから、セックスしてくれや、ねーちゃんよ」
「あんたね、性行為なんてお金を払えばいつだってできるけど、結婚ってのはそう簡単にできることじゃないの。ましてやあんたみたいな変態ブタ野郎にとってはまたと無いチャンスなんだから!」
「うるせぇ黙って陰毛で私の鼻をコチョコチョしろ!」
「それに、あたし様の夫になるってことはつまり、神王国のトップ──神王になれるのよ」
「神王だ? こちとら実質魔王みてぇなもんだぞ。それで満足じゃい」
「神王なら、天界に住む女神のような美人たちも食い放題ね」
「今、何とおっしゃいました?」
「魔界にいても、あんたと性行為をしてくれる魔族がいるかは不明。しかも人間の姿をしているかも怪しい。でも天界で神王になれば、人間のハーレムどころか、女神のハーレムが作れるわ」
「て、天界人は美人なのか?」
「あたし様を見ればわかるでしょ」
バチーン! とポーズを決めてみせるノッチ。恥ずかしくなってすぐやめたが、しかし確かに美しかった。
というか普段から綺麗なことに変わりはない。ピカロがここまで執拗にセクハラを繰り返し、優しさをかなぐり捨てて“天界に連れて行く対価”を要求するのも、偏にノッチが類稀なる美人だからだ。
ピカロは美人とセックスがしたい──が、しかし。
「……ん? いやまてよ」
「何か文句でもあるわけ?」
「ノッチって美人だよな」
「当然っ」
「天界人の女も、美人揃い」
「まぁね」
「あれ美人って……非処女なんじゃないのか?」
気がついてしまった──この世の真理に。
それだけは、そこだけは触れてはいけない、絶望と禁忌のパンドラボックス。
そう、初めては処女が良いと宣う童貞は……美人とセックスができない!
「美人ってのは早々にヤリチンに喰われる。なぜか──美人だからだ。人気だから。つまり美人ってのは引く手数多だから、そこから自分の好みの男を選べば良い」
女というだけで、モテることがある。
例えばオタサーの姫。オタクが集まるサークルに、1人だけ紅一点で女子がいると、そりゃもう神みたく祀られるのだが、その女は美人でなくてもよい。
または格闘ゲームや、FPS、カードゲーム界隈など、基本的に女の少ない場所であれば、女というだけでチヤホヤされる。
ある一定のラインを超えない限り、多少顔が悪くとも、常に需要があるのだ。
無論、それはその女の人格に魅力があるとか、そんな理由でモテるわけじゃない。
──まんこだ。
彼女らは人型のまんことして認識されている。セックスできるかもしれないから、人が集まる。
なぜならば、美人だろうがそうでなかろうが、パンツの下に差はない。造形的な意味での個人差はあっても、機能的な意味での差異はほとんどないのだ。
もちろん、そりゃできるなら美人の方がいいが、しかしセックスのチャンスが少ない界隈において、贅沢は言えないし、言う必要もない。
目をつぶって腰をふれば一緒なのだから。
世の中には、どうしてもモテない男が存在して、イケてないそいつらは、身の丈に合った女に突撃する──そこには、上記のような、貴重価値に惹かれた場合もあれば、純粋な恋愛もあるだろう。
しかしモテない男も、美人は好きだ。美人に告白することもある。
つまり、ただでさえモテる“女”という属性に、“美人”というリーサルウェポンが加われば、まさに天下無双!
美人は、どの界隈でも希少で、どの男からもモテる。
となると何が起こるか──美人の処女性は、より失われやすくなるのだ。
先述した通り、顔の悪い女に寄ってくるのは、その希少性に感化され、女性器にばかり視線を向けるモテない男か、シンプルにイケてない男か、または純粋恋愛を求める誠実な男。
いくらモテるからといっても、女には選択権がある。
男のブサイクなら、お前はイケメンじゃないんだから贅沢なんて言わずに、選り好みしない方がいいと言われるだろう。
しかし女は、そこまで美人でなくとも贅沢を言える!
だからこそ、“処女”の可能性な生まれるのだ。美人じゃないけど結構モテるから、もうちょっとイケメンの方がいいな、とか身体目当てじゃない人がいいな、などの理由で非モテ男を跳ね除けていたせいで、結局は処女のままの女が、一定確率で出来上がるのだ。
だがしかし悲しいことに、美人はそうではない。彼女たちには、イケメンも寄ってくるのだ。金持ちも寄ってくるのだ。
この人になら処女をあげてもいいかな、と思える素敵な男たちが、たくさん。
それをわざわざ嫌がる美人はいない。イケメンや金持ちにモテるというのはステータスなのだし、彼女たちが美しいスタイルを保つのも、難しいお化粧を頑張るのも、そういう“上流階層の男”をゲットするため。
だから彼女たちは、いとも簡単に処女を捨てる。
捨ててしまうのだ……悲しいことに。
そしてちなみに、それでも処女を守り切る鉄壁の美人もいなくはないが、少なくとも我々のような非モテ男には股を開かないので、諦めよう。
「いつだってそうだ……私たちは、処女とのセックスの機会に恵まれていなかった。学生時代にモテていれば、“未成年と合法的にセックス”できたのに! おい、できたんだぞ! JCやJKと、合法セックスが! なのに、なのに私たちは!」
「その私たちって誰よ」
「私と作者と読者だ!」
こんな小説を書いていることからわかるように、作者は童貞。成人済みだが、女の子と手を繋いだこともない。これは“ガチ”。ギャグじゃない。
腰が痛くて起き上がれなかった姉に、手を引っ張ってくれと頼まれて手を握ったことがあるくらいだ。
そして、ちんぽから始まるこの小説を読んでいる読者もまた、救えない童貞。
地べたを這いずり回り、女のスカートから陰毛が落ちる奇跡を待ち続けた同志たち。そうじゃない男は帰れ! 帰れチクショー!
仲間たちよ、我々は、もうどんなに努力しても、どんなに頑張っても、未成年とセックスができないんだ。
現役女子高生のケツの穴を舐めることが、できないんだよ。
こんなに悲しいことがあるか? 努力は必ず報われるんじゃないのか!?
……だったらもう、せめて。せめて初めては、処女がいいじゃん。
我々よりイケてる男で処女を捨てた女とやれば、比べられてしまう。無いも同然のプライドが、さらに傷つく。
なぁ……どうして、こんなことになっちまったんだろうな?
もう、妥協しなきゃ、セックスできないところまで、追い詰められてしまったんだ。
「私たちレベルになると、美人は“怖い”」
「こ、怖くないわよ」
「怖いんだ! 常に見下されているような気分になる!」
「あのね、美人はあんたたちのことなんて1ミリも気にしていないの。元彼と比べたりしないわ……だって、比べようとすら思わないもの」
「それも怖い。もはや、当然のように恋愛対象じゃないからこそ、純粋に友情を求めることができてしまう……それが怖い」
「男女の友情を信じないのね」
「お前はちんぽと友達になれるのか?」
「い、いや人間の男と友達になるのよ」
「いいや、それはちんぽだ。男じゃない。人間でもない」
「意味がわからない」
「サイコパスだな。やっぱり女は怖い。ちんぽを見て友達になろうとするなんて」
「誰もがあなたみたいに、相手を性的な目で見てるわけじゃないわ」
「──世界にたった2人。人類最後の2人になった時に、それでも女友達とはセックスをしないと言える男は存在しない。しかし、同じ状況でも、女は男友達とのセックスを拒否することがある」
「……いや、さすがに、友達なんだし」
「友達じゃあない。“いつの日かセックスできるかも女”だ」
「ありえないわ、そんなの」
「男の言う“彼女が欲しい”は、イコールで“無料セックスできる女が欲しい”だぞ」
「そんなこと言ってるから彼女できないし女友達もいないのよ」
「え、ノッチは私の女友達じゃなかったの?」
「あ……」
思わぬ失言。お茶目なノッチは、わざとらしく手で口を隠してウインク。
ピカロは世界を恨む漆黒の目で睨みつけるのみだ。
焦ったノッチは、取り繕うように、かつ自然な形で話を戻した。
「でも、そんな美人なあたし様と結婚できるんだから、これまでの悔しさも吹っ飛ぶんじゃないかしら」
「だから、美人は処女じゃないから嫌なんだって」
「あたし様は処女よ」
ふふん、と胸を張るノッチ。
いつの間にかピカロの熱弁に絆されて、処女という属性に価値を感じてしまっていたようだ。
「嘘をつけアバズレ。どうせ使いまくりの真っ黒なんだろ」
「あのね、何度も言うようだけれど、あたし様は王女なの。神王族の末裔にして、天界を支配する神王国の本当のお姫様。そんなあたし様が、軽々に身体を許すわけがないでしょう?」
「……まぁ一理ある」
「そんな、美人で高貴で最高のノッチ様が、背に腹を変えられないからあんたと結婚してあげるって言ってんの!」
確かに説得力はある。ノッチほどの特殊な身分だと、たとえ絶世の美女だとしても男が寄ってこない可能性は高い。
高嶺の花は逆に不人気──なんて言説が、本当かどうかは定かではないが、少なくともお姫様に手を出す男はそうそういないはずだ。
実際には、神王族を皆殺しにした革命派の野蛮人どもに、神王族の名を奪われているので、生まれつき正式なお姫様ではないのだけれど、少なくともノッチの心はずっとお姫様。
いつの日か、必ず神王国を取り返し、正統なる王女として、由緒正しき神王族の姫として成り上がることを心に誓い、天界を捨てて人間界にまで降りてくるような、芯の太いノッチだからこそ──処女の可能性は極めて高い。
「確かに、これほどの美人で、処女で、そして私が気兼ねなく話せる相手はいないかもしれない」
「そうでしょ!」
「だがな、ノッチ。お前は先ほどからずっと“誤魔化している”」
「な、何をかしら」
「とぼけるな。お前は……“結婚”をするとしか言っていない。確かに魅力的な提案だがしかし、私にとって最も大切なのはそこではない」
「ふ、ふーん」
「なぁ、明言してくれないか──“セックス”をする、と」
魔力、体力共に限界が来ていて、立ち上がることすらできない寝たきりのピカロだが、まるで立っているかのような威厳でもって話す。
ノッチを、足元から舐めるように見上げていき、その金色の瞳を見つめながら、答えを待つ──セックスという言葉を、待つ。
ノッチはあえて避けていたところに気づかれ、ついに退路を失くした。
──やるしかない。
ぎゅっ、とスカートの裾を握る。少し内股で、捻るように身体をくねらせ、熱い吐息を抑えるように口元に手を寄せ、頬を赤らめ、涙を溜めた瞳でピカロを見つめ返す。
完璧な角度、ポーズ、表情、声音。
ノッチが口を開く前から、その光景だけでピカロは勃起! 瞬く間の射精! パンツご臨終!
「──そういうこと、してもいいから」
「ぁぁあイクイクイクぅ〜ッ!」
セックスという単語を出すよりも、よっぽど艶かしい返答。恥じらいがエロスを生むのだ。
ビクンビクン跳ねるピカロ。近い将来に訪れるノッチとのセックスを想像し、止まらない! 精子生産工場キンタマ大先生が、こりゃもう止まらない!
漂う激臭が、その興奮の凄まじさを物語っていた。
──10分後、シェルムから魔力を分けてもらい、ピカロ復活。
サキュバスのいない魔界に長居する必要は皆無なので、早速、天界へと行くことにした。
「よし、じゃあやるぞ」
記憶を辿る──『魔王の魂』を、なぞっていく。
数千年分の記憶が、一瞬で脳内に入り込んできたため、その全てを鮮明に覚えているわけでははないが、天界へのゲートの作り方を知る目的で記憶に触れたのだから、その部分だけは色濃く覚えている。
魔王族という選ばれし種族のその頂点──凝縮された魔力生命体だけが生み出す奇跡の魔法。
「ちんぽッッ」
脱力感を伴う魔力解放。渦となって宙を舞う魔力粒子に、魔王族の血が反応する。
目を焼くような極彩の発光と、劈く反響音。
恐る恐る目を開けると、そこには球体状のゲートが浮かんでいて──
「で、できた!」
「おお。人間界と魔界を繋ぐゲートと似てるな」
「何だっていいわよ、早く行きましょ!」
急かすノッチ。しかし彼女が先頭を切ってゲートをくぐるわけではなく、あくまでもピカロの背を押すだけだ。
この超常魔法を成し遂げて見せたピカロを立ててあげようという気遣いと、そもそもゲートが安全なのかをピカロで実験する魂胆。
浮かれた気分で踏み出したピカロは、ニヤケ面のまま、球体に触れた。
「行ってきま──」
「わ、吸い込まれた」
「吸い込まれたわね」
ぎゅるん! と液体のように吸い込まれたピカロ。
ノッチとシェルムは顔を見合わせる。
「だ、大丈夫かしら」
「……さぁ。でもこのゲートがあと何秒持続するかわからないし、このまま置いていかれたら最悪だから、僕らも行くしかない」
「そ、そうね。急ぎましょう!」
このままゲートが消えることこそ最悪。
ノッチとシェルムは、同時に手を伸ばし、球体に指先を触れさせた。
ぎゅるん!
────✳︎────✳︎────
ドスッ。
「え?」
眩い光の霧を抜け、ようやく辿り着いたその先。
ピカロを襲ったのは、全身を駆け抜ける激痛だった。
「や、やっぱり悪魔が出てきたぞ!」
「皆に報告だ! 悪魔たちが攻めてくるんだ!」
見渡すと、ピカロは大勢の天界人に囲まれていた。
そして、目の前にいる男が手に持つ槍──その刃先が、ピカロの腹に刺さっている。
「い、いってぇ!」
「動くな悪魔! こ、殺すぞ!」
内臓に触れる刃物の冷たさと、傷口を駆け巡る灼熱の激痛。
ぶわっと吹き出した汗が、背中を濡らして冷やす。
しかしそんなピカロに負けず劣らずの、恐怖と混乱の表情で、天界人たちはピカロを見ていた。
「い、今すぐ魔界に帰れ! 帰ってくれ!」
「まて、おい何の話だ……」
「あ、悪魔め! とぼけるな!」
「おい早く殺せ!」
「そうだそうだ!」
混乱が、理性のタガを外す。冷静さを失った男は、思わず一歩踏み出し、その結果槍が深く突き刺さる。
「うぐっ」
「こ、殺さなきゃ、我々が殺される!」
「や、やめ──」
縋るように見つめた先、帰ってきた視線は紛れもない恐怖。ピカロを心底恐れている目。
これは、話し合いにすら発展しえない。魔王化で全員蹴散らすしかないと、ピカロが唇を噛むと同時、最後のゲートからノッチとシェルムが現れた。
「うわ、何この状況」
「ちょ、あんた刺されてるじゃない!?」
突然増えた2人に驚き、さらなる混乱に陥るかと思われた天界人たちだったが、しかし逆に静まり返った。
そんな全員の視線は──ノッチに向いている。
「ひ、姫様!」
「姫様だ!」
「姫様がお帰りになられた!」
天界人たちは次々と膝を突き、頭を下げる。
ノッチの話では、ノッチが生まれた時には既に、“本当の神王族”はほぼ殺され、神王国は革命派に乗っ取られていたはずだ。
となると、ノッチの自覚はともかく、天界人にとってのノッチは、少なくともお姫様なんかではないはずなのだが……。
そんな疑問を喉元で我慢しつつノッチを見やると、彼女は嬉しそうに笑った。
「言ったでしょ──ちゃんとお姫様なんだって」




