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第七十三話 魔王三人




 剣で魔族を倒せるか。


 答えはイエスだ。人間界の数々の剣士たちが、これまで大量の魔族を屠ってきたことは事実なのだから。


 では剣で魔王を倒せるか。


 答えは──



「弱い」



 魔王の、その広々とした壁に全身を叩きつけられるピカロ。


 一瞬飛びかけた意識にしがみ付き、爪を立て、離さない。


 しかし激痛が平静を殺し、出血が判断力を眠らせる。立っているのか伏しているのかもあやふやな感覚。


 重ねて行使しまくった身体強化魔法のおかげでどうにか生きてはいるが、それも時間の問題かもしれない。


 たかが剣一本、人の身で挑むには、あまりにも──



「威勢だけはよかった。吐き捨てる言葉だけは勇ましかった。だが、それだけだ」

「う、うるせぇバカタレ……」

「お前など我の兄ではない」



 膝をつくピカロの頭上、バチッという音と同時に光が現れ──雷撃。


 脳天直下の雷魔法が全身を貫き、神経を焼き払う。



「我は、母親が魔王で、父親は『魔皇帝』……魔界最強の2人の子だ。ゆえに我こそが真の魔王族であり、純粋な魔王」

「……近親相姦で遺伝子バグったんじゃ……ねぇのかぁ?」

「いいや、むしろ逆。どこぞの人間との間に生まれたお前とは決定的に違うのだ──お前は、思想も、血筋も、何もかもが、魔王の器ではない」



 無防備に、歩いて接近するデスファリア。立ち上がるのが精一杯のピカロを、横薙ぎに殴りつけた。


 咄嗟に剣で防御しようとしたが、一瞬のうちに刀身は砕け、同じく骨を砕かれたピカロは魔王のの入り口まで跳ね飛ばされる。


 追撃を恐れ、かろうじて頭を上げると、真っ赤に染まる視界の中には、二本の足。



「……何だ、ピカロ・ミストハルト。まだ生きていたのか」

「へ、ヘルナイズ……」

「しかしイデアの話によれば、お前も魔王化の魔法が使えたらしいが……生身で戦ったのか?」

「アーバルデン……は?」

「殺した」



 ぼやけた視界が少しずつ正常なそれに戻りつつある中、よく見直してみれば、ヘルナイズは服もボロボロで血塗れだった。


 しかし外見上、致命傷は見当たらない──本当にあのアーバルデンを下したらしい。



「──ヘルナイズ・シンス・ザルガケイデン。父上を、殺したと言ったか?」



 デスファリアが首だけで横を向き、視線を寄越す。


 ヘルナイズは血に染まった白髪をかき上げて笑う。



「あぁ。つまりお前は、アーバルデンからの魔力供給という生命維持システムを失った」

「魔力など、国民から幾らでも徴収できる」

「そんなことをしたら、お前の言う良い社会とは程遠い印象が拭えないが?」

「今の不安定な魔界が、我という導き手を失う不利益と比較すれば、魔力徴収は是認されて然るべきだ」

「……まぁ、お前はここで死ぬから関係ない。おいピカロ・ミストハルト。早く魔王化して傷を治せ、一気に叩くぞ」



 尖った革靴で蹴られ、激痛に悶えるピカロ。白目を剥いて吐血する様子を見て、ヘルナイズは首を傾げた。



「お前、魔王化できないのか?」

「で、できるけど……自我を失っちゃうんだよ」

「初めて魔王化した時は、誰だって暴走する。要は慣れだ」

「コツとか、ないのか……」

「……お前にわかりやすく言うのなら──勃起だな」

「は?」

「だから、魔王化すると身体が巨大になって、外殻も硬くなる……自分で言って気分が悪くなってきた」

「勃起」



 ヘルナイズらしくない優しいアドバイスは、思いの外ピカロの胸にストンと落ちた。


 ピカロにとっての魔王化は、強化とかそういう次元ではなく、もはや生まれ変わるような、変貌の魔法だ。


 自分の底から溢れ出てくる力が、自分のものだとはにわかに信じ難く、魔族さながらの恐ろしい見た目も、自分ではない何かだと思っていた。


 しかし本質は違う──あくまでも自分自身。


 勃起は、元のちんぽがあってこそ。別の何かに変わるわけではない。




「そうか……勃起すると、人は理性を失い、暴走してしまう。しかしそんな獣のような本能の渦の中だからこそ、記憶を失っていては“もったいない”! 初セックスで、興奮と緊張が高まりすぎて、いまいち覚えてないなどという悲劇と同じ……これまで、私の魔王化中の記憶がなかったことはあまりにももったいない」

「急に元気になったな」

「興奮しているからこそ、緊張しているからこそ、最大限にセックスを楽しむためには、ある程度の理性が必要なんだ。どこかで冷静な自分が必要なんだ」

「御託はいい、早くしろ」

「よしヘルナイズ、一緒に勃起するぞ」

「……変なアドバイスをした私が馬鹿だった」



 魔力の濁流。代々、魔界という混沌を力で捻じ伏せてきた魔王たちの血が、所狭しとばかりに暴れ回る。


 強者とは、生まれながらにしての強者。王族絶対主義の魔界においては、まさしく頂上決戦。


 現魔王デスファリアに対峙するは、王位継承権第1位ヘルナイズと、第2位のピカロ。


 最も魔王に近い2人が、並び立った。



「さて……今後の魔界を背負わなくてはならない魔王の座を、天界を目指す2人が狙うというのも酷い話だが……準備はいいか、ピカロ・ミストハルト」

「私たち2人ともボロボロだけど、勝てるのか?」

「お前はどうだろうな。少なくとも──私は勝つ」



 ヘルナイズはピカロの叔父にあたり、ピカロはヘルナイズの甥にあたる。デスファリアはピカロの弟で、ヘルナイズの甥。


 3人ともが近しい身内だからだろうか──魔王化したその姿は、似通っていた。


 見上げるような巨躯。鎧のような漆黒の硬皮。刺々しく、禍々しい輪郭。そして天を突くツノ


 違いといえば、デスファリアはその頭には王冠、ヘルナイズは白髪で、ピカロは金髪、というくらいだ。


 魔族たちが見たら震え上がるであろう光景──静寂を破ったのは、ヘルナイズ。



「魔王城ごと消し飛べ……!」



 極熱の煌球が魔王のを照らす。網膜を焼く灼熱の魔力集合体が、轟音と共に膨れ上がった。



「うわちちちち!」



 魔王特有の身体能力で退避するピカロ。背を焼く熱さに焦りつつ振り返ると、魔王城の一角は跡形もなく焼け落ちていた。


 焼け野原には、デスファリアが立っている。



「……我の仕事が増えた。余計なことを」

「安心しろ、お前が魔王城の修繕にあたふたする必要はない──次の魔王はこの私だからな!」

「ヘルナイズ……父上のようになれなかった落ちこぼれが!」

「その落ちこぼれに殺された父親も、これから殺されるお前も、所詮はその程度だったって話だ」

「おい私を仲間外れにするな!」



 ついていけていなかったピカロが割り込み、デスファリア目掛けて急降下。



「エロ・グラビティ!」



 お得意の重力制御魔法。魔王化の影響により、その威力も増大し──周囲を平らにならすほどの超重力。


 思わず片膝をつくデスファリア。その顔面にピカロの拳がめり込んだ。



「首もげろ!」



 無論もげないが、その威力は言わずもがな。


 飛び散る血潮に手応えを感じるも──眼前に迫るカウンターには反応できなかった。


 返す刀で撃ち込まれた拳。凄まじい破砕音とともにピカロは地面に叩きつけられる。



「……父上が死んで魔力供給が絶たれた今、長々と戦っている余裕はない。一瞬で終わらせてもらうぞ」



 ──そこからの攻防は、まさしく災害。


 魔王城どころか魔界さえも破壊しかねない極大魔法の嵐。ぶつかり合う異次元の魔力が、大地を割り雲を引き裂いた。


 魔王城の中庭で護衛たちと戦っていたシェルムとノッチ、そして後からそこに参加したイデアも、巻き込まれては敵わないと一目散に逃げ出す。


 とりあえず魔王城から離れろと、魔族たちが逃げ惑う。


 たった3人の家族喧嘩が、世界の終焉を思わせる地獄絵図を作り出した。



「ここまでか」



 そして、終わりは突然訪れる。



「もう、我には魔力がない」



 アーバルデンから、毎日湯水のように魔力を与えられて生命を維持してきたデスファリアにとって、ここまでの大規模な戦闘は初めてのことだった。


 1時間は保つと予想していた体内魔力は、およそ15分で尽きた──もはやなす術はない。


 滅茶苦茶になった魔界の光景を見渡して、小さく呟いた。



「我々魔王の記憶──『魔王の魂』に触れた彼らが、心変わりすることを祈ろう」



 魔界最強の男、アーバルデンの意向により魔王の座についたデスファリア。実力で選ばれたわけでもなく、むしろアーバルデンの魔力供給なしでは生きられない脆弱な魔王。


 他の魔族よりは遥かに強くとも、同じ魔王族と戦えば、勝ち目がないと薄々わかってはいた。


 しかしだからこそ、そんな彼だからこそ、魔界のためにその人生を捧げる、献身的な魔王になれたのだ。弱い魔王だからこそ、力に溺れず、ただやるべきことのために生きた。


 願わくば、眼前に迫る2人の魔王候補が、清き世界を作り出してくれますように──



「終わりだ、デスファリア!」

「トドメは私だぁい!」



 無抵抗の魔王を、2人の魔爪まそうが貫いた。




────✳︎────✳︎────




 無言のまま、祈るように頽れたデスファリア。地に落ちた王冠を見つめながら、静かに息を引き取った。


 激戦を制した2人もまた、魔力の限界が近づいていたため、空気が抜けるように萎んでいき、人間の姿に戻る。


 疲弊しきったピカロは座り込み、ヘルナイズは辺りを見渡す。



「おい……魔王を殺したのに、何も起こらないぞ」

「す、すぐに即位するわけじゃないのかもな。もしくは、私とヘルナイズ、どちらが次の魔王になるのか、迷ってるのかも」

「迷う? 誰がだ?」

「さぁ。歴代の魔王たち、とか」



 魔王を倒すところまでは計画していたが、その後どうするかを詳しく考えていなかったヘルナイズと、ノリでここまで来たピカロ。


 こんな2人が、少なくとも自分なりのやり方で魔界を良くしようと生きていたデスファリアを殺してしまったというのは、もしかしなくとも魔界にとってとてつもない損害だ。


 しかし魔王とは、正しい者がなるわけではない──選ばれるのはいつだって強者。



「おい、王冠が浮いてるぞ」

「こわ」



 突然、光を放ち宙に浮く王冠。何かを探すように浮遊したそれは、やがてヘルナイズの頭上で動きを止めた。


 嫌な予感がするピカロ。ヘルナイズは座り込むピカロを見下ろし、いやらしく笑う。



「どうやら、次の魔王は私らしい」

「ふざけんなヘルナイズこらぁ!」



 ヘトヘトの身体を無理やり起こして、ヘルナイズの足にしがみ付くピカロ。そんなことは気にもせず、ヘルナイズは王冠を手に取り、それを揺れる白髪の上に──



「──ぐあぁッッ!」



 王冠が頭を覆った途端、ヘルナイズは雷に打たれたように痙攣し、苦悶の叫び声を上げた。


 激痛に耐えかねる様子から、ふざけているわけではなさそうだ。頭を抱え、膝をつく。


 急に苦しみ始めたので、驚いたピカロが心配そうにしていると、ヘルナイズは浅く呼吸を繰り返し、そしてゆっくりと目を開けた。



「……最悪の、気分だ」

「お、おいどうしたんだよヘルナイズ」

「なるほど……これが『魔王の魂』」



 フラフラと立ち上がったヘルナイズは、恐る恐る王冠を頭から外し、睨みつける。



「歴代魔王の記憶の全てが、一瞬で頭の中に流れ込んできやがった」

「何それ怖い」

「何千年も年をとった気分だ……まったく、嫌なものを見てしまった」

「と、とりあえずその王冠、私にも貸してくれ。それで記憶を遡れば、天界への行き方がわかるんだろ?」

「あぁ。ゲートの作り方は完全に理解できる……しかしまぁ──お前は自分で行け」



 ヘルナイズは、忌々しそうに王冠を握り潰す。


 黄金の欠片が、星の雨のように地に落ちた。煌く残骸を見下ろし、ピカロは怒りを露わにする。



「何してんだヘルナイズてめぇ!」

「少なくとも、王冠が選んだ次の魔王は私だった。つまりお前がこの王冠をかぶっても、『魔王の魂』には接触できなかっただろう」

「接触できた可能性だってあるだろうが! せめて試させろ馬鹿!」

「私は、魔王を殺すのに協力しろとは言ったが、天界へ行くのに協力しようとは言っていない」

「お前本当に最悪の性格してるな……!」

「まぁ、お前は“自力で来い”。私はもう天界へ向かう……イデアを迎えに行くか」



 頼りない足取りで去っていくヘルナイズ。酷い顔色だったことからも、万全でないことは確かだが、まさかこのまま天界へと向かうつもりだろうか。


 いずれにせよ、これまでの戦闘で体力が底をつき、魔王化で魔力を使い果たしたピカロでは追いかけることもできない。


 何もかも終わり、打つ手がなくなったことでこの世の全てがどうでも良くなったピカロだったが──仰向けで寝転がる顔を覗き込まれ、生気を取り戻した。



「おぅあ、え? アーバルデン!?」

「さっきぶりですね、ピカロ君」



 ボヤけた視界に飛び込んできたのは、見慣れた義父の顔。


 しかし何かがいつもと違う──



「あれ、ヘルナイズに殺されたんじゃ」

「はい。殺されちゃいました」



 てへへ、と笑うアーバルデンは、よく見れば半透明で、まるで光る煙のようにふわふわと浮いていた。幽霊さながらの恐ろしい姿に、ピカロも目を見張る。



「え、もしかして私も死んだ? 今は亡霊同士で会話してる感じ?」

「いえいえ、死んだのは私だけです。弟に粉々にされちゃいましたよ……」

「じゃあ、お前は一体何者なんだ」

「私は私です。まぁ簡単にいうなら、私の自我だけが、魔力体となって現世に残っているという感じですかね」

「幽体離脱……?」

「ちょっと違いますけど……代々魔王族には、『死によって発動する魔法』というものが使えます。例えばオルファリアは、息子であるピカロ君に、“死んだら魔族として生まれ変わる”魔法……という呪いをかけていましたし」

「それで、お前のはどんな魔法なんだ?」

「死んでも、意識だけは世界に残る魔法です。時間制限はありますけれど」

「しょぼいな」

「ふふ、でもピカロ君のために考えた魔法ですから」



 そういうと、アーバルデン(の意識?)はくるりと回って得意げに指を立てた。



「そもそも、魔王にトドメを刺したのがピカロ君とヘルナイズで同時だった……この時点で、王位継承権が上のヘルナイズが次の魔王に選ばれてしまうのは、当然の帰結です。だから私は、ピカロ君1人でやってほしかったんですけどね」

「まぁどうせ1人じゃ勝てなかったけどな」

「結果としてピカロ君は、『魔王の魂』に触れることはできませんでした。歴代魔王の記憶の中に、天界へ行く方法が隠されているにもかかわらず」

「うるせぇなぁ」

「まぁ、最悪のパターンとして、こんなことになるんじゃないかなぁとは私も予想してましたから。そのための救済措置こそが、この私の魔法です!」

「意識だけの幽霊に、何ができるんだ?」

「ふふふ、結論から言いましょう──私が、ピカロ君にとっての“王冠”になるのです!」



 魔王となったヘルナイズが、歴代魔王の記憶を手に入れたのは、代々魔王に受け継がれてきた王冠をかぶったからだ。


 なぜ『魔王の魂』が外付けというか、概念チックなものではなくちゃんとした物質だったのかは謎だが、とにかくあの王冠──おそらくは魔法道具が鍵となった。


 そして王冠が壊され、どうすることもできなくなったピカロにとっての王冠が──アーバルデンらしい。



「つまるところ、歴代の魔王たちの記憶さえ手に入れれば、実際にピカロ君が魔王になれなくてもいいわけです。天界には行けますからね」

「な、なんだ。裏技があるのか?」

「はい。ピカロ君には、“私の記憶”をプレゼントします」

「いらねぇよ!」



 ピカロが欲しているのは魔王の記憶であって、魔界最強の遊び人の思い出ではない。


 何より、母親であるオルファリアがレイプされる光景や、ニクスによってオルファリアが殺される場面などは、息子のピカロとしては見たくない。


 しかしそんなことはアーバルデンもわかっているはずで、その上での提案なのだ──つまり。



「実はこれ、誰も知らないんですけど──」



 フワフワ浮かぶアーバルデンは、わざとらしく胸を張った。



「私、魔王になったことあるんです」







●タイトル変更のお知らせ!


 この度、次々回の7/11の更新を機に、作品のタイトルを変更します!


旧タイトル……『無能貴族(仮)』


新タイトル……『無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜』


Q:なぜ変更するの?

A:タイトルがシンプル過ぎたので……


Q:新タイトルはどういう意味?

A:意味はありません


Q:この新タイトルで確定?

A:変更したことを後悔したら、元に戻します。後悔したくない!



 というわけで、今後ともよろしくお願いいたします。

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