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第七十一話 魔城攻略




「え、じゃあお前って私の身内なの!?」

「同じ魔王の血が流れているというだけだ」



 心底嫌そうに眉を潜めるヘルナイズ・シンス・ザルガケイデン。



「……ま、まぁいいや。でもさ、そもそもだけど、私とヘルナイズが現魔王デスファリアを倒したら、どっちが次の魔王になれるんだ? トドメを刺した方とか?」

「さぁな。ただ王位継承権の順位で言えば私の方が上だ」

「え、どうして」

「お前は前魔王オルファリアの息子だが、私はオルファリアの兄だからだ」



 誇らしげに語るヘルナイズ。しかし彼がオルファリアの兄ということは……。



「げっ! じゃあ私の叔父かよ! 無茶苦茶に身内じゃんか!」

「私の親族を気取るな、汚れた血め」

「マルフォイみたいになってるけど……ってか、オルファリアの兄って、アーバルデンだけじゃなかったんだな」

「アーバルデンは長男、次男が私だ」

「えぇ……じゃあお前と協力して魔王を倒しても、私は新魔王にはなれないのか」

「順当にいくならば、だがな。実際そのあたりは私も詳しくない。どうやって次の魔王が決まるのか、そして魔王になればすぐに“天界へのゲート”を開けるようになるのか……」



 アーバルデンは、魔王になれば、異界間移動魔法が使えるようになると言っていた。


 そしてヘルナイズは、『魔王の魂』と呼ばれる歴代魔王の記憶に触れると、その魔法の使い方が分かる、と説明していた。


 つまり総合して考えると、魔王になると、『魔王の魂』すなわち記憶を知ることができて、その結果として時空を超える大魔法を習得できる、といえるだろう。



「色々と不安だな。こうすれば確実に魔王! みたいな正解が欲しいけど」

「何事もやってみなければわからない。とりあえず魔王を殺してから考えればいいだろう」

「クールな知能派キャラかと思ったら、意外と行き当たりばったりの馬鹿だったんだな。……まぁいいや、それで決行はいつにするんだ?」

「今から魔王城へと攻め込んでもいい。お前は私にやられた傷が治りきっていないため、足手まといだろうが、いい囮になってくれれば十分だ」

「い、今からぁ!?」

「勿体ぶってどうする」



 そう言ってヘルナイズはティーカップを台所に置き、上着を羽織った。


 隣にいたイデアもせこせこと動き始める。


 まさかここまで展開が早いとは予想していなかったピカロは、恐る恐るシェルムに目を向けた。



「え、もしかして魔王編って凄い短い?」

「だって、サキュバスに会いに魔界に来たのに、そのサキュバスがいないんだから。滞在する意味のない魔界編をダラダラ続けても意味ないでしょ」

「いや、あのさ。確か作者って、『魔界編』を書きたかったから、この小説を始めたんだろ?」

「正確には、老人を皆殺しにすれば高齢化を解決できると思いついたが、そんなの日本じゃできないので、可能そうな魔界のお話を書こうって感じだな」

「それがどうやって開幕ちんぽ小説に変わってしまったのか疑問だが……いずれにせよせっかくの魔界編なのに……」

「そう考えると、やっぱり魔法学園編って長いよな」

「長い」



 準備を終えたヘルナイズが足早に出て行ってしまったので、ピカロたちも急いで支度する。


 そこで、ピカロは自分がボロボロのパンツ一丁であることに気がついた。


 ヘルナイズの爆発魔法で、服を焼き払われてしまっていたのだ。



「あ、イデアさん。さすがに肌寒いからさ、パンティー貸してくれない?」

「……嫌」

「イデアさんのくっせぇくっせぇパンティーをさ、私のちんぽに巻き付けたら、身体が火照ってあったまるんだぁ」

「早く支度して。ヘルナイズ様を待たせないでくれる?」



 軽蔑の視線を向けつつ、イデアも館の外へと出て行ってしまった。



「ピカロお前、どうしてくっせぇとか言っちゃうんだよ」

「私以外の男のことを好きになってる時点でイデアさんはヒロイン失格なんだ。だからお仕置きとしてキツめのセクハラをすると決めた」

「納得」

「納得すんのかい」



 結局、ピカロはパンツ一丁のまま、魔王討伐に向かうのだった。


 ──早歩きのヘルナイズに必死になってついて行く途中、ふとピカロはノッチに話しかける。



「そういえばさ、ノッチって天界に行きたいんだよね?」

「ええ」

「でもノッチだけだと天界に行けなさそうだから、私たちを頼ってるんだよね?」

「まぁ、そうね」

「つまりノッチの望みを叶えるには、私の許可が要るわけだ」

「……何よ、天界へは行かせませんってこと?」

「いやそんな酷いことは言わないけどさ。でもまぁ、主導権はこっちにあるんだし、ノッチはお願いする側としての相応の態度ってもんがあるじゃん」

「敬語でも使えばいいかしら」

「ちんぽしゃぶれって言ってんだこのアバズレがぁッ!」



 好きだった女──イデアに振られた悲しみが、ピカロの中の悪を育てていた。



「嫌よ。あんたに奉仕して、それなのにあんたが魔王になれなかったらあたし様が損じゃない」

「……その言い方だと、私が魔王になれたなら、奉仕してくれるってこと?」

「あたし様は、ヘルナイズが魔王になると思ってるから、あいつに頼んで天界へ連れて行ってもらうわ」

「ヘルナイズのちんぽをしゃぶるつもりか! ずるいぞ!」

「じゃああんたもしゃぶればいいじゃない」

「ヘルナイズがずるいって話だ! 何で私がヘルナイズのちんぽを……っておい、ノッチ! ちょっとまて、おい! 足速いな!」



 早速ヘルナイズに交渉しに行ったノッチの後ろ姿を見ながら、ピカロは歯噛みする。


 イデアに続き、ノッチまでヘルナイズに取られた。


 仮面の男としてイデアを拐い、魔界ではピカロとシェルムに懸賞金を掛けて嫌がらせをし、そして好きだった女たちを奪っていく。


 もはやヘルナイズこそがピカロにとっての魔王であった。




────✳︎────✳︎────




 魔王城に到着した一行は、特に作戦会議などもなく、そのまま正面から乗り込んだ。


 門を開けると、そこには……



「あ、アーバルデン」

「ようやくデスファリアと戦う気になってくれましたか、ピカロ君」

「まぁね。色々あって」

「それは良かったです。しかし、ヘルナイズが一緒なのは……」

「2人で協力することにしたんだ」

「それは──いけませんね」



 瞬きを終えると、そこにアーバルデンの姿はなく──



「出来損ないの弟が、兄のささやかな願いを邪魔しないでくださいよ」



 いつの間にかピカロの真横にいたアーバルデンが、ヘルナイズの首を掴んでその身体を持ち上げていた。


 アーバルデンの弟ということで、ヘルナイズもまたアーバルデン並に強いのではないかと期待していたピカロにとっては、衝撃的な展開。


 しかし直後、首を絞めるアーバルデンの腕が、真っ二つに切断される──血潮が滴る腕を首から剥ぎ取り、投げ捨てるヘルナイズ。


 返り血が良く似合う白髪の男は、ピカロに視線を向けた。



「先に行け。魔王がビビって逃げないよう足止めするんだ。どうせお前1人じゃ殺せないが……時間稼ぎにはなるだろう」

「な、生意気な! よしアーバルデン、そいつ殺していいぞ!」

「最初からそのつもりです。ピカロ君とデスファリアの戦いが見たいので、私も早めに終わらせます」

「やってみろ……!」



 魔界最恐の兄弟喧嘩が始まった。


 巻き込まれれば命はないので、ピカロたちは急いで魔王城の中へ。イデアは残ってヘルナイズと共闘するようだ。


 城内には数日間滞在していたので、大体の部屋の場所は把握している。


 魔王城は来客用のエリアと魔王の居住エリアが分かれていて、後者は普段から立ち入り禁止な上に、警備体制も万全だ。


 当たり前だが、王族史上主義の魔界において、魔王の護衛を任される魔族たちこそ、まさしく魔界最強の集団といって差し支えない。


 言うまでもなく、全員が上級魔族だ。


 ──来客用のエリアから、中庭を通って移動しようとした3人の前に、複数の上級魔族が立ちはだかった。



「ここから先は立ち入り禁止だ。アーバルデン様のご厚意によって滞在していただけのお前たちに、ここを通る権利はない」

「さっさと帰れ人間、魔王様は忙しいのだよ」



 魔王城の警備を任されるほどの実力者とあって、その雰囲気は尋常なそれではなく、何も知らない人間が見たらこの魔族たちそれぞれが魔王に見えただろう。


 そんな悍しい巨躯でもって見下ろされ萎縮するピカロの背中を、シェルムが叩いた。



「よし、じゃあ僕とノッチはここで暴れ回って魔王城の護衛魔族たちの目を引いておくから、その間にピカロは魔王を倒してきて」

「ちょ、今になってこわくなってきた。だってヘルナイズが協力してくれるはずだったのに……」

「サキュバスが人間界に行ったのも、イデアさんやノッチがセックスさせてくれないのも、全部デスファリアのせいだぞ」

「そうだった。よし殺そう」



 別にイデアやノッチに関してはデスファリアなど関係なくピカロのことが嫌いなだけだが、ここ最近の不幸続きの責任を押し付けるにはちょうどいい悪役だ。


 ピカロは魔王城の奥へと走っていく。


 パンイチでドタドタ走る豚野郎を、上級魔族たちが見逃すはずもなく、その巨大な拳がピカロの頭上に振り下ろされ──



「ピカロは今から兄弟喧嘩をしに行くんだ……邪魔しないであげてよ」



 半透明の障壁が、魔族の拳を受け止める。


 衝突音が響き渡り、魔王城全体に、異常事態が起きていることが伝わった──やがて中庭には続々と魔族が集まってくるだろう。


 ピカロの汗だくの背中を見送り終わる頃には、シェルムとノッチは大量の魔族に囲まれていた。



「じゃあ、死なないようにね、ノッチ」

「こっちのセリフよ」



 シェルムが地面に手を叩きつける。


 直後、中庭の土を食い破って巨大な刃が続々と出現し、虚を突かれた魔族たちを串刺しにしていく。


 だがほとんどの上級魔族には、そのような不意打ちは効かない。当たり前のように回避した化け物共が迫る。



「天界じゃないから、魔力が物足りないけど……魔界のゴミ共を殺すくらいなら楽勝ね」



 ノッチが手をかざすと、空中に無数の槍が現れた。


 黄金に輝く槍が中庭を照らす──ノッチが踊るように腕を振るい、それに反応した魔法の槍が空を駆ける。


 ブォンと風を切る豪速。光の尾を残して飛翔する槍は、次々と魔族を串刺しにしていく。



「……ピカロ、早くしないと僕らが追いついちゃうぞ」



 魔王とのタイマンという主人公イベントが成り立たなくなる危機。


 中庭に駆けつけた魔族たちとの壮絶な戦闘音が、ピカロを急かすように響き渡った。




────✳︎────✳︎────




「イデア!」

「はい!」



 無数の暗黒光線が舞う。


 イデアの魔法はアーバルデンの頬を掠める。


 全身をひしゃげて、襲い来る光線のその全てを避けきったアーバルデン。正面から迫るヘルナイズの掌底を瞬間移動で回避した。


 そのままイデアの背後に出現。その白く細い首に手をかける。



「さっきから鬱陶しい小娘ですね」



 『魔皇帝』の魔の手が伸びる。


 イデアの全身を駆け上がる怖気が、首筋に触れる、寸前。


 刹那を置き去りに肉薄したヘルナイズの拳が、アーバルデンの頭に叩き落とされる。



「私のイデアに触れてくれるな」



 爆音を立てて地に伏すアーバルデン。その腹にヘルナイズの革靴が突き刺さり──不可視の衝撃波。


 内部破壊の衝撃伝導魔法が、アーバルデンを吹き飛ばす。


 塀に打ち付けられたアーバルデンを瓦礫が覆う。墓標の下から這い出るゾンビのように、ゆっくりと立ち上がった。



「ヘルナイズ……強くなりましたね」

「お前が弱くなったんだ、アーバルデン」



 嫌悪感を隠さないヘルナイズの双眸を、寂しそうに見返すアーバルデン。


 かつては兄弟として共に育った仲だったというのに、いつの間にか殺し合いをする関係にまで落ちてしまった。



「魔王デスファリアは、お前が無理やり魔力を流し込んで育てたせいで、大量の魔力供給がなければ生きられない身体になった。その結果お前は、毎日デスファリアに魔力を与え続ける日々……常に魔力不足のお前じゃ、私は倒せない」



 アーバルデンは、オルファリアの子宮内に魔力を流し込み、受精卵に“意思”を持たせた。


 その結果、受精卵は母体であるオルファリアから魔力を吸い上げ、生命として誕生してから数時間で胎児にまで成長。


 そしてオルファリアの意識を乗っ取り、母体を操り人形にした。


 そんな経緯で誕生したデスファリアは、やがて外部からの魔力供給なしには生きられない身体に育ってしまい、その結果としてアーバルデンが付きっきりでデスファリアの生命を維持する日々が続くことになる。


 それは魔界最強と恐れられたアーバルデンの足枷となり、事実、同じく魔王族の最上級魔族ヘルナイズに圧倒される結果に繋がった。



「……私を、恨んでいますか、ヘルナイズ」

「当たり前だ。お前がオルファリアにした所業……その代償は、命で支払ってもらうぞ」

「魔界一の“遊び人”として、のらりくらり生きてきましたが……私の罪はいつまで経っても許されない。もううんざりです」



 アーバルデンはオルファリアをレイプし、子種に魔力を流し込んだ。このことが原因となって、オルファリアは後にニクス・ミストハルトの手によって殺されることになる。


 これが罪でないのなら、何だというのか。



「……私が、私だけが、オルファリアの真の意味で愛していた。無理やり犯したのだって、オルファリアへの躾のつもりでしたし。それなのに、ニクスも、ヘルナイズも……いつまでも過去の出来事に固執して……」

「お前の言い訳など聞きたくない。あの憎きニクス・ミストハルトと同意見なのは死ぬほど嫌だが……アーバルデン、お前は正しくない」

「オルファリアは、ニクスと結ばれるべきではなかったんです」

「お前に人生を無茶苦茶にされるべきでもなかった!」

「誰も、オルファリアを理解できていない……オルファリアは私のために生まれ、私はオルファリアを愛するために生まれた」



 アーバルデンを魔力粒子が覆い始める。みるみる傷が治っていき、そして筋肉が盛り上がっていく。


 真紫の紋様が全身を這う。ただでさえ長身だったアーバルデンの姿は、やがて当初の倍以上の巨体へと変貌する。


 ──『魔王化』の魔法。


 ピカロがそれを使えるように、魔王族の血を引く者だけがこの魔法を行使できる。


 ヘルナイズの言う通り、アーバルデンは常に魔力不足。なけなしの魔力を注ぎ込み、本来の自分へと近づく。


 “面倒くさいから”というだけの理由で、魔王にならなかった魔界最強の男が、全盛期さながらの威容を誇り、弟を見下ろした。



「何度でも言います──私は何も間違っていない」



 オルファリアへの性暴力も、生物として欠陥を抱えたデスファリアという息子も、全てアーバルデンにとっては正しい結末。


 罪の意識に苛まれたことも、デスファリアに魔力を供給する日々にうんざりしたこともない。


 望んだ未来を生きてきた。


 他人の持つちっぽけな正義感や倫理観など、何一つ関係ない。


 結果として、ヘルナイズに追い詰められる形となったことも、想定外の出来事ではないのだ。


 何百年も、最強の男として“遊び”続けた『魔皇帝』。


 アーバルデン・シンス・ザルガケイデンの人生に、“後悔”の文字は存在しない。



「死でもって救ってあげます、ヘルナイズ」

「──魔界最強の名は塗り変わる。無様に死んでくれ、愚かな兄よ」




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