第六話 至高一閃
「タイーヤマルゼン! タイヤマルゼン!」
「ちょ、うるさいうるさい」
数多のアルド王国旗が風に揺れる王都中心部。久しぶりの王都にテンションが抑えられないピカロとそれに苛つくシェルムは、アルド王国立魔法学園へと向かっていた。
その名の通り魔法を学べる学校だが、学費や給食費、交通費、その他卒業までにかかる莫大なお金を全て国が負担してくれるということもあり、魔法にそこまで興味がなくとも魔法学園に入学を希望する若者は多い。
しかしながら無論、誰でも魔法学園の誇り高き制服を着られるほどに生温い世界ではない。学費などがタダなことや、魔法分野において世界屈指の名門校であるという特徴は、偏に、その入学試験の難易度の高さに起因する。
今年もまた、将来のアルド王国を背負って立つ資格を、才能を、そして運を持つ少年少女を選び抜くため、大規模な入学試験が行われようとしていた。
「この辺りは、学割の効く店ばかりだな。何より、魔法学園の生徒たちは心から尊敬されているようだ」
「僕たちもすぐに羨望の眼差しで見られるだろうよ」
「別に魔法学園に入学してなくとも、私は大英雄ニクス・ミストハルトの息子だからな。そもそも尊敬されるべき人間だ」
「へぇ」
「へぇってなんだよ」
ちらほらと、魔法学園の制服を着た在校生の姿を見かける通りを歩く2人。道の先にはレンガ造りの校舎。巨大な校門前に人だかりができている。言うまでもなく、入学希望者だ。
毎年恒例のこの大騒ぎに慣れている人々は、口々に「頑張れよー!」「お前は落ちそうだな!」などと声をかける。ほんの一握りしか残らない入学試験前の緊張を少しでも解してやろうという優しさである。
校門から飛び出してきた青年が、大声で何か叫びながら入学希望者を並ばせている。身にまとう制服を見るに、在校生か卒業生か。先ほどまで緊張と昂りでざわついていた入学希望者たちも、本物の魔法学園の生徒には従順なようで、綺麗な長蛇の列が出来上がっていく。
ピカロとシェルムはとりあえず最後尾に並んだ。
「しかしまぁ、こんだけ人がいても、大英雄の息子だ! って気付かれないあたり、お前も大したことないんだな、ピカロ」
「そもそもニクス・ミストハルトに息子がいること自体は知られてても、それがどんな奴かなんて事は有名じゃないんだろう。まぁいい、入学試験で証明してやる」
「僕たちは伝説を作りに来たからね」
「……その伝説を作るっていう寒いノリはなんなんだ?」
「いやいや。ノリでも何でもなく、それがまずサキュバスとの再会への第一歩だ。対魔王軍での作戦指揮を任されるほどの男になるには、スタートダッシュが肝心だろ? なにより、何段も飛ばして登らないと、僕らの進む階段は終わらない。……お前みたいなデブにはキツイ道だ」
「寒いノリって言ったからキレてんのか?」
最終的には作戦失敗を重ねまくって人類の敵レベルの無能貴族になるつもりではあるが、そもそも失敗する作戦を任されないと話にならない。名目上は、人類の存亡を賭けた大戦である。その総合的な指揮官長ともなれば、なおさらだ。
父親のコネを使ってどうにかなる話ではない。人類の未来を任され、かつサキュバスと再会するために人類軍から魔界を守れるほどの実力者──それこそ父親を超えなければならない。
現実的に考えれば、このまま時が進み魔族との全面戦争となった際、人類側のトップは間違いなく、前魔王を討ち取ったニクス・ミストハルトである。息子が偉大な父親を超えるなんてベタなストーリーではあるが、今回に限って言えばその難易度は計り知れない。
「とりあえず、筆記試験は無いみたいだから、細長いちんぽをグルグル巻きにしたような脳味噌のお前でもどうにかなるぞ」
「細長……え?」
「おい見ろピカロ。お前の父親の銅像だぞ」
聞いたことのないタイプの罵倒で混乱するピカロの首をひねり曲げて、シェルムは斜め上を向かせる。2人の視線の先には、人類を魔王から救った大英雄が、剣を天に向けて立つ勇ましい銅像が鎮座していた。
「……そういえば父さんからの今年の誕生日プレゼントはあの魔王を倒した時の剣なんだよな」
「手足の短いデブには振り回せないんだから、宝の持ち腐れだろ」
「宝ってわけじゃないんだよ、アレ。父さんが言ってたけど、普通に武器屋で安く買った初心者向けの剣らしいぞ」
「初心者向けの剣でも魔王が斬れるなら、こんな風な金ピカの剣なんて意味ないんだな」
シェルムが指さしたのは、2人の前に並ぶ入学希望者が腰に携えている、やたらギラギラとした剣。田舎者感が丸出しの青年が持っていることもあり、なおさら滑稽に見えたのか、ピカロもクスリと笑う。
別段、聞き耳をたてていたわけでもないが、金ピカの剣なんて自分くらいしか持っていないだろうことを自覚している青年は、すぐさま振り返って怒鳴りつける。
「俺の相棒──“ソードofギラファノコギリクワガタ”を馬鹿にしたな?」
「そんな名前つけたら鍛治師が泣くぞ」
「今すぐ謝るなら許してやるが、馬鹿にしたことを、改める気がないのなら、その細い首──叩き折るぞ」
「剣の使い方知らねえのかコイツ」
額に青筋を浮かべる青年は、ボロボロの服の下から顔を出す筋骨隆々の身体を見せつけつつ威嚇する。なぜかじっとりと汗をかいている青年はシェルムと唇同士が付きそうなほどの近距離で睨みつけつつ言う。
「てめぇ、名前は?」
「まずお前から名乗れ田舎もん。顔近いんだよ。美青年に欲情してんのか?」
「……俺はな、剣道極だ」
「おい逃げろシェルムこいつ絶対強い!!」
「僕は血飛沫崎首斬丸だ」
「ダメだ語呂が悪すぎる!」
額で押し合いながら睨み合う田舎者と美青年。慌てふためく金髪デブ。少なくともこの3人がこれから誇り高き魔法学園に入学しようとしているようには見えないらしく、次々と後ろに並んでいた入学希望者たちに抜かされていく。
思ったよりも列の進みが早く、小競り合いを演じている場合ではないようだ。
仕方なく歩を進める3人。早くも校門が近づいてきた。やがて増えてきたのは、3人が並ぶ列の横とは反対方向に歩く人々──つまりは魔法学園から離れていく人々だ。全員が一様に肩を落としている。
ここでようやくピカロは、もう既に入学試験が始まっていることに気がついた。あれだけいた人だかりが次々に意気消沈しつつ帰っていく。校門前で行われる文字通りの門前払い。シェルムと違い背の低いピカロには、はるか前方で何が行われているのかが見えない。ただ定期的に、不細工な金属音が響くだけだ。
数分後、ようやく人が減り、校門前の騒ぎも収まりつつあった。ピカロたちより前に並ぶ入学希望者が、校門前に立つ男に話しかけているのが見えた。これから自分たちも挑戦する試験を予習しておこうと、身を乗り出して観察した。
「──なるほど、そうかい。わかった。では早速入学試験を行う。剣は持っているかい? 無いなら貸し出すよ。よし、じゃあ、“コレ”を斬ってくれ」
魔法学園の制服を着た男は、入学希望者に剣を渡しつつ、隣の何かを指さした。黒か紫か、とにかく暗い色をした何かは、人間の腕くらいの大きさで、先端にいくにつれて尖っている、歪んだ円柱状の物体。
借りた剣を重たそうに構えた若者が問うた。
「これは、一体……?」
「これはね──魔族の角だよ。中級魔族の頭から引きちぎったやつ」
「ひぃッ──!」
「そんな怖がらなくても。これはただの角だから、君を食べたりはしないさ。そこらの石ころと何も変わらない」
唾を飲みこんだ若者は、心の中で何かを諦めたか、あるいは覚悟を決めたようで、ゆっくりと剣を図上に掲げる。刃が陽光を反射した一瞬後、振り下ろす。
「おらぁッッ!! ……痛ぇ!」
ガギンッ! っと情けない金属音。跳ね返った衝撃で手を痛めたのだろう、剣を落としてしまう。別段、沈黙が生まれることもなく、すぐさま魔法学園の制服を着た男は口を開く。
「はい、ダメね。不合格。次の人どうぞー」
絶望に満ちた若者に一瞥すらしない。どうりで列の進みが早いはずである。この一度の挑戦に失敗した者には割く時間すらもないらしい。無慈悲極まりない様子を見ていたピカロは少しだけ嫌な気持ちになりつつも、アルド王国の軍事力の象徴となるべき人材を育てる機関なら、これくらい普通かもしれないと、半ば無理やり納得した。
「……てか、魔法を学ぶ魔法学園の入学試験が、剣を使って魔族の角を斬るってどうなんだ? 私は別に剣の腕を上げたいわけではないんだが」
「お前あの大英雄の息子なのに何も知らないんだな。今時、魔法だけじゃ生き残れないんだよ。身体強化に特化した戦士には魔法が効かないなんてこともザラにあるし」
「……そういえば私の父さんは魔法が使えなかったな」
「敵に接近されても、はたまた魔力が切れても、それでも近接戦闘で敵を殺せるのが真の魔法使いってわけだな」
「でも剣にこだわる理由あるのか?」
「まぁ素手よりは確実に強い上に、さっき言った通りお前の父親は剣一本で魔王を倒したわけだからな。どんな魔法使いでも敵わなかった魔王に最後にとどめを刺したのは金属の棒でしたってわけですわ」
魔法を身につける気でいたピカロからすると、肩透かしというか、結局最後に頼るのは己の肉体という結論は好ましいものではなかった。何より手足の長いシェルムと違いチビデブであるピカロにその身体を使って戦えというのは酷な話でもあった。
彼があの大英雄の息子であるという点を考慮しなければ、の話ではあるけれど。
兎にも角にも、そろそろ自分の番である。緊張の面持ちで前へ。
「君たち3人は、一緒に来たのかい?」
「いいや、俺は一人で来た。この金髪デブといけすかねぇゴボウ野郎は一緒だったみたいだがな」
「じゃあまず君から始めようか。名前は?」
「剣道極だ」
「極くん、ね。腰に携えてるその剣を使う? それとも貸し出そうか?」
「いいや、この剣以外は使わない主義なんだ。そう、このソードofギラファノコギリクワ──」
「早速、斬ってくれ」
まぁ良いだろう、と余裕ぶる剣道極。よく見ておけと言わんばかりにシェルムの方を振り返る。金に輝く鞘から、これまた金に輝く剣身を抜き、日の光を集めるように空へ掲げた。
ゆっくりと息を吐いた剣道極は、カッと目を見開き、叫ぶ。
「大地よ、大空よ。少しでいい、力を貸してくれ。……“始まりの型”……至高の一閃……剣道流最終奥義──『Can’t keep my dick in my pants』!!!」
刹那、である。目にも止まらぬ速さで振り抜かれた金色の光剣は、光の尾を引き、斜めに空気を駆け抜ける。その煌めきが、魔族の角に触れた、その瞬間。
──ソードofギラファノコギリクワガタは、アホみたく粉々に砕け散った。
「はーい、不合格ね。次の2人どうぞー」
アルド王国は、今日も平和である。