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第六十七話 新鮮社会




 人間界から魔界へと一方的に繋ぐ球体状ゲート以外、何もないだだっ広い部屋。


 ノッチことノチノチ・ウラギルに、魔法を封じる特別な手錠を外してもらい、自由の身となったピカロとシェルムは、とりあえず脱出を試みる。


 何せ目の前に扉があるのだから。


 ピカロは扉の取手を掴んでみた。



「鍵が掛かってるな」

「扉なんてぶっ壊しちゃえばいいじゃない」

「いやノッチ、待ってくれ蹴ろうとするな。ここは魔界だぞ……多分」

「だからどうしたのよ」

「魔界において人間がどんな扱いを受けているか……想像できるだろ? だから、明確な目標とか、やるべきことが定まるまでは、なるべく魔族たちにはバレないように行動したいんだよ」

「だったら解錠魔法か何かで開けなさいよ早く」

「いや私解錠魔法は不得手でして……」

「役立たず……」

「てめぇ言わせておけば生意気な口聞きやがってよぉ! ここが密室だってことはてめぇをブチ犯してドロドロ精液人間にしちまっても構わねぇってことだからな!?」

「あたし様に指一本でも触れたら粉々にするわよ」

「やってみろクソブスこら」



 喧嘩したり色々試したりしたものの、扉は開かなかった。


 解錠魔法も使えるシェルムでも歯が立たないようで、おそらく部屋の内側からでは開けられない仕様なのではないかと、絶望的な仮説に辿りついてしまったりもした。



「……ピカロ、お前何やってるんだ」

「あ? ハッキングだよ。ハッキング」

「魔界にパソコンがあるわけねぇだろ」

「天才ハッカーといえば私みたいなデブだからな。日本のアニメに出てくる天才ハッカーは何故か美少女や美少年だけど」

「お前ハッキングなんてできねぇだろ……」



 シェルムがパソコンの画面を覗き込むと、そこにはトランプが並べられていて──



「ソリティアじゃねぇか!」

「仕事してねぇのがバレちまった!」

「貸せお前、この役立たずが」

「あ、おい。勝手に私のパソコンに触るなブチ殺すぞッ!」

『Hey guys, we have a gift for you! We just need you to answer ……』

「『p●rn hub』じゃねぇか!」

「お前が勝手に開いたんだろうが」

『アオメンショウジャー・シエンシャンドゥチャン・シャンシエンラー……』

「たまにAVの冒頭に入る中国語の謎広告じゃねぇか!」

「ノリノリだな」

「ちょっとあんたたち、誰か来たわよ」



 退屈そうに壁にもたれかかっていたノッチが、迫る足音に気がついた。


 さすがにピカロとシェルムも口を閉ざし、扉を注視する。


 心臓の早鐘とは対照的に、焦らすような靴音が、扉の前で止まり、そして。



「ピカロ君、来てますか?」

「アーバルデン!?」



 扉が開き、その隙間から顔を出したのは、『魔皇帝』アーバルデン・シンス・ザルガケイデンだった。


 初対面の時や、『幻魔の森』に訪れた際などのアーバルデンは、まるで可視化した死を纏っているかのような悍しい雰囲気を醸し出していたものだが……。


 部屋の中に入ってきたアーバルデンは、いかにもな寝巻き姿で、緊張感に欠けた。



「いやはや、本当にこのゲートを通れたんですね。ピカロ君の作戦が失敗してたら、普通に私がゲートを作って魔界に連れて来ようかと思ってましたけど」

「見事に作戦は成功。シェルムだけじゃなく、ノッチまで連れてきたぜ」

「おやおや、先日は助かりましたノッチさん」

「……どうせ助かる手立ては考えてたんでしょ?」

「まぁ、普通に殺される私じゃありませんから……それはともかく」



 アーバルデンは魔法で椅子を作り出し、腰掛けた。


 追加で3つの椅子が部屋に現れたので、ピカロたちもとりあえず座る。



「ピカロ君が魔界に来てくれて嬉しい義父としては、まず魔界の現状について説明したい気分です」

「……まぁ知っておいて損はないな」

「真魔王軍などという集団が、人間界へと解き放たれたのは、現魔王デスファリアが、『魔界から人間界へのゲート』を全て封鎖したから、という話は、以前『幻魔の森』でしましたよね?」



 魔界から人間界へのゲートは無数にある。対して人間界から魔界へのゲートは、この部屋の中心に浮かぶ謎の球体のみだ。



「ではそもそも、なぜゲートの封鎖などしたのか。原因は、魔界の少子高齢化にあります」

「少子高齢化……? ってか、魔族って何百年も生きるんじゃないの?」

「いえいえ、ほとんどの魔族は人間と同じくらいの寿命ですよ。私たち王族含め、特別な最上級魔族だけが長寿なのです」

「じゃあ……魔族の平均年齢って」

「つい最近までは、60歳くらいが平均でした」

「うっわ、高齢化も甚だしいな」

「子供も少ないですし、いよいよ魔界も衰退が始まったのかと思われましたが、そこで大きく舵を切ったのが私の息子デスファリア!」



 アーバルデンが、妹のオルファリアをレイプしたことで生まれたデスファリアは、最初は魔族の本能に従い、人間を滅ぼそうとして母体を乗っ取り魔王軍を動かしたりしていたが、現在はそんなことより国内状況の改善のために働いているらしい。


 つまりそれこそがデスファリアの本質。



「数年前まで、高齢者介護の問題や、若者が多いことを前提とした社会システムの瓦解などで魔界の先行きはとても怪しいものでした」 

「どこかの極東の島国みたいだな」

「やがて多数派の高齢者ばかりを優遇するべきだという意見、政策打診も増えてきて……」

「どこかの日出ずる国みたいだな」

「そこでデスファリアが考えついた解決策が──高齢者の大量殺戮です」

「え」

「ただ“生きている”だけで、社会の役に立たない高齢者を、デスファリアは皆殺しにしました」



 禁断の解決策。


 増えすぎたのなら、減らせばいい。寿命を長引かせる必要などなく、国の規模を小さくしてでも、まずは正常な状態にリセットする。


 人権という概念に縛られたどこぞの島国には、到底真似できない所業だ。



「もちろん、無差別に高齢者を殺したわけではありません」

「いやもちろんもクソもないけど……」

「高齢者にも、価値の高い人材はいます。貴重な体験を語り継ぐことのできる者や、特殊な技術を持つ者。若い頃に多くの偉業を成し遂げたことで、今や生きているだけでも何らかのシンボルとして若者を勇気付けることができる者など」

「まぁ、偉人は大体、老人だろうな」

「そういった“社会にとって価値ある老人”は残し、価値のない老人は殺しました」

「その価値の有無ってどうやって線引きするんだ?」



 誰かにとって価値のないものでも、他の誰かにとっては替え難いものかもしれない。


 境界は曖昧で、それは濃淡やグラデーションでしか見られない──となると、価値のある老人と価値のない老人の明確な区別は難しくなる。



「主に“資格”の有無で判断します」

「資格?」

「つまり社会において何らかの“働き”ができる、ということを証明すれば、殺されずに済みます」

「手に職を付ければいいってことか?」

「先ほども言いましたが、たとえ寝たきりでも生きているだけで価値のある人間はいます。ここで言う“働き”とは、物理的なものだけでなく、精神的なものも含むのです」

「どんな形でもいいから、社会の役に立てってことか」

「はい。ですから高齢者でなくとも、働かずにだらだらしているだけの若者も、殺されます」

「こっわ。でも若者には可能性ってもんがあるじゃん。今後いつ活躍してくれるかわからないのに殺しちゃうのか?」

「いつ活躍するかわからない若者より、今活躍できる老人の方が価値は高い。それに、ここまで極端な政策を進める以上、とことん突き詰めて、“働きアリ100%”の社会にリセットする必要があったようですね」

「……全体の2割いる働かないアリを取り除くと、残りの8割の内から、再び2割が働かなくなるってのは有名な話だけどな」

「それはそれでいいんです。平均年齢さえ落とせれば、いくらでも社会に選択肢はありますから。問題なのは、働かなくてもいいことを許容されている老人たち。若者の2割が働かないのに加えて、ボーッとしてるだけの働かない老人まで加わるのがダメなんです」

「もっとフレッシュに。全体的に若い社会にしたいんだな」



 ニートだろうが、若者でさえあれば、将来の活躍を期待できる。ならば社会を若者で満たせば、その全てに活躍の余地があるということだ。


 無論、老人の知恵や技術は、必要最低限を残しておく必要はある。老人が全員いなくなり若者だけになってしまうと、それはそれで立ち行かなくなるだろう。


 ようするに、現役世代が、現在の社会的弱者を救うために動く、という言わば社会保障制度の根本的な善意を無視し、純粋に未来ある、希望溢れる“若い社会”を作り出したい、ということだ。



「役に立たないと魔王に殺される──このことを知ると、本当はやれば出来るタイプだったり、挑戦したことがなかっただけの人が、無理矢理ですが努力を始めます。そうして、適者生存の資格レースを勝ち残った魔族だけが、今の魔界にいるのです」

「あ、じゃあ少子高齢化は改善されたのか」

「少子化改善については、まだ途上ですね。老人を殺せば速攻で成果の出る高齢化改善とは違い、時間がかかるものですから。とはいえ、魔王の権力で子作りを義務化しているので、子供がいっぱいの魔界も、そう遠い未来ではないでしょう」

「子作りを強制してるのか……いいなぁ。そしたら童貞なんていなくなるのに」

「ですが、自由恋愛の楽しさはなくなりますよ。1人の女性が沢山の男と子作りしますから、嫉妬深い男なら発狂ものです」

「ビッチ許さん!」

「そしてそして、ようやく本題に戻るんですが、このデスファリアの“社会をより良いものにする”という政策の一つとして、『人間界へのゲートを封鎖する』というのがあったんです」

「……ん? 人間界と隔離したって、子供は増えないし老人も減らないぞ」

「本質的な要求は、“ちゃんと魔界で働け!”ということです。先ほどから言っているように若い労働力はとても貴重なんです。それなのに血気盛んな魔族たちは魔界で働かず、人間界に遊びに行ってしまうのですから、そりゃデスファリアも怒りますよ」

「え、魔族たちって“遊びに”来てたの?」

「はい。人間を殺すというのは、魔族にとって娯楽の1つです。かつては人間が食糧だったので、殺さなければならなかったのですが、今は人間以外の食糧も豊富ですし人間よりも美味しいですから」



 魔族の本能に、人間を殺すというプログラムが刻まれている理由は、かつて人間しか食糧がなかったころの名残り。


 だからこそ、今更人間を殺しに行くというのは、本能に逆らえない魔族のみなので、周りから冷たい目で見られたりもする。


 理性がないと思われるのだ。まだ人間狩りなんてやってるのね、と。



「実際、腕っぷしに自信のある若者たちの多くは人間界に入り浸っていたこともあり、ある日突然“ゲート封鎖します”と言うのは少し勿体ない──魔界に帰ってきてくれるかもしれませんからね。だからデスファリアは何年もかけて少しずつゲートの数を減らしていきました」

「人間界でもさ、年々魔族の数が減ってることを知った各国の上層部が、“魔界が手を引いたんだ”みたいな楽観的な考え方をしてたけど……あながち間違ってなかったのか」

「はい。魔王が主体となって、魔界は人間界から手を引いていました。“人間界どころではない、まずは魔界の内側をどうにかしよう”ということですね」

「……結果的に魔界はフレッシュな社会に生まれ変わったわけだろ? 会ったこともない義理の弟ながら、凄い政治手腕だな」

「政治というか、魔王権力の濫用ですけれどね。魔王絶対主義の魔界だからこそ実現可能だったともいえます」

「そしてそんな魔王に反発する若者たちに居場所はなかったと……」

「荒れた若者たちは、真魔王軍を名乗って人間界へと出て行ってしまったわけですね」



 魔界の中でせこせこ働くよりも、人間を殺している方が楽しいと感じていた若者たちは、人間界を第2の魔界とするべく立ち上がった。


 確かに彼らは若さと才能に溢れる可能性の塊だったのかもしれない──しかしデスファリアにとっては、命令すら聞けない無能集団だったのだろう。


 そういう意味では、魔界から反乱分子も取り除けたとも言えるので、ますますデスファリアの思い通りだ。



「……そうか、魔界ってそんなことになってたんだな」

「ですから本来なら、ピカロ君たちも資格勉強とか頑張らないと魔界では暮らせないんですよ?」

「……ん、人間でも資格さえあれば暮らせるのか?」

「はい。完全な実力主義社会ですから。社会の役に立つのなら種族を問わずに受け入れます。民意はともかく、形式的にはね」

「“本来なら”ってどういうこと? 私たちは資格勉強しなくてもいいの?」

「魔王の兄というだけで価値があります。お友達2人くらいなら資格なしでもかくまえますよ」



 危うく、『資格勉強編』がスタートするところだった。



「あれそういえばアーバルデンの目的って……」

「ピカロ君とデスファリアを戦わせることですね。どちらが強いのかを知りたくて仕方がないです」

「まじかよコイツ……」

「正直、もうデスファリアがいなくても魔界は良い方向に進みますから、今更魔王が変わっても誰も気にしませんよ。どうせならデスファリアを殺して魔王になってみませんか?」

「デスファリアはお前の息子だろうが。そんなこと言っていいのか」

「どちらもオルファリアの子供です。父親が私か、ニクスかの違い。私としては、どちらの子供の方が魔王にふさわしいのかは気になるポイントなんですよ」

「私がデスファリアを殺しても、構わないのか?」

「弱者に居場所はありません。いつの時代も、どの世界でも」

「厳しいな」



 前魔王オルファリアの兄であるアーバルデン。実力で言えばオルファリアよりも上だったにもかかわらず、魔王となることを拒んだ変わり者。


 魔界最強と噂される遊び人にとって、家族愛もまた玩具の1つなのだろう。



「いや、まぁ悪いんだけどさ、アーバルデン。私が魔界に来たのはデスファリアと戦いたいからじゃないんだ」

「え、違うんですか?」

「その、言いづらいんだけど」



 シェルムの方をチラリと窺う。しかしシェルムは思い切り居眠りしていた。


 誰のフォローも得られない状況ではあるが、しかし覚悟を決めて、言うしかない。



「私、サキュバスとセックスするために魔界に来たんだ」

「え!?」

「あんたそんな理由だったわけ!?」



 ついでにノッチまで驚いているが、それも仕方ない。なにせ、これまでの長かった冒険が、ただ性欲を満たすためだけのものだったのだから。


 もっと壮大なストーリーを想像していたであろうノッチがため息と共に俯いた。


 ついてくる男を間違えたらしい。



「だから、サキュバスとのセックスさえできれば、もう私は十分なんだ。魔王になろうだなんて、そんなモチベーションはないよ」



 情けなく苦笑いするピカロ。今更打ち明けるにはしょうもない事実だったので、申し訳なく思っていると、そんなピカロよりもずっと申し訳なさそうな表情で頭を掻くアーバルデンに気がついた。


 訝しげな視線を送ると、アーバルデンは困ったように口を開く。



「実は……サキュバスは──全員、慰安婦として真魔王軍と共に人間界に行ってしまったんですよね」




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