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無能貴族(仮)〜てめぇやっちまうぞコノヤロー!〜  作者: あすく
第五章 無能貴族編
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第六十三話 第一王子




「あれは──イデアさん、なのか?」



 アルド王国軍本陣──魔導ドローンが映し出す戦場の様子の内、1つの画面に釘付けになるピカロ。



「……イデアさん、だな」

「シェルムお前、イデアさんは当分でてこないって言ってたじゃねぇかよ。仮面の男に拐われたから、魔界編で再会するのかと思ってたのに」

「あー、これは僕も予想外だ。多分、そんなに深い意味はないんだろうな……何となく邪魔しにきたのか、あるいは……」

「わ、私たちが狙われてたりはしないよな?」

「仮面の男は僕もピカロを恨んでる……仮面の男に心酔するイデアさんが、その意思を継いでるって可能性は否定できない」

「ええ……」

「あ、あのピカロさん、シェルムさん。何の話をしてるんですか?」

「あ、いやいや。なんでもない」



 指揮官補佐のシルベル・アンミッチ少佐は首を傾げる。この2人はよく意味不明な会話を始めるのだが、戦争中にそのノリはやめてほしいシルベルであった。



「え、あのリード・リフィルゲルとテテ・ロールアインが追い詰められてるんですか!?」

「……そうみたいだな」

「い、今すぐ助けに行くべきです! あの2人はアルド王国の貴重な戦力なんですよ!」

「わかってる。でも誰を向わせればいいのか──」



 ふと、ピカロが画面に目を移すと、その画面の端……イデアとリード、テテから少し離れた場所に、誰かがいるのが見えた。


 イデアたちは、その人影に気付いていない様子だ。


 リードとテテを助けに向かってくれたアルド王国軍の誰かなのかと思ったが、しかし見覚えのない容姿で──



「シェルム、行くぞ」

「……オーケー」

「ピカロさん!? どこに行くんですか!?」

「私とシェルムが、リードとテテちゃんのところに向かう。指揮は頼んだぞシルベル少佐」

「ちょ、ええ!?」



 急に立ち上がったピカロは、イデアたちを写していた画面を“閉じて”、シェルムを連れて本陣を出る。


 正直言ってシルベル少佐は有能なので、総指揮官としても十分働いてくれるはずだ──それに、ピカロにとって、もはや指揮や作戦なんてどうでもいい……“それどころではない”。


 そもそも、人類を裏切るつもりでいたピカロが、王国軍からの指揮官補佐の派遣を断らなかったのは、その指揮官補佐に本陣を任せていつでもピカロが戦場へと出れるようにするためだった。


 何か予想外の事態が起きたときに、ピカロとシェルムが動けるように──そして今こそがその時だ。


 風魔法で空を飛び、急いでイデアたちのもとへと向かう2人を、シルベル少佐はただ見送るしかなかった。



「シェルム、魔導ドローンを停止させるか、どっか別の場所に移せ。シルベル少佐には見られないようにしろ」

「……本当に行くんだな、ピカロ」

「あぁ。イデアさんを──“助けにいくぞ”」




────✳︎────✳︎────




「今頃、息子さんも頑張ってますかね?」

「ファンブは自慢の息子だ……実際、俺よりも強いからな。十分活躍しているはずさ」

「……まぁ5年も隣で見てきた私からすると、アンサイア副団長は武闘派というより頭脳派ですけどね。ヴァーン団長も、貴方の頭のキレを評価してるように思えますし」

「ふはは、娘ほどの歳の子に褒められると、随分むず痒いな」



 アルド王国、王都。


 並んで歩くのは、ノッチことノチノチ・ウラギルと、『山砕き』アンサイア・リーゲルト。


 王国立騎士団の若手エースであるノッチと、不動の副団長アンサイア。2人とも実は頭脳派ということもあり、任務外でも仲が良い。


 アンサイアの息子である『山脈砕き』ファンブ・リーゲルトの話題で盛り上がってはいるが、一応2人は勤務中。今から国王城にいる団長ヴァーン・ブロッサムのもとへ書類を届けなければならなかった。


 アルド王国軍はピカロの采配で真魔王軍を蹴散らしている。王都は平和そのもので、むしろイケイケ攻めろモードというか、勝ち戦を楽しむよう雰囲気さえある。


 そういう意味では、ある種暇な2人だったが──そんな平和も長くは続かなかった。



「……何か、空が暗くないですか?」

「む、確かに様子がおかしいな──っておい、まさか!?」

「あ、あれって……」



 急に暗雲が立ち込める王都。分厚い雲から、黒い影が現れるのを目撃し、2人は戦慄する。



「──アーバルデン!」



 『アーバルデンの悪夢』と呼ばれた王都襲撃事件……その再来である。


 王都に魔族が攻めてくることを想定していなかったわけではない──現にアルド王国の最高戦力である王国立騎士団団長ヴァーン・ブロッサムと、王国軍元帥カノン・リオネイラ、そしてスノウ・アネイビス学園長は王都に待機していた。


 たとえどんな魔族が攻め込んでこようと、返り討ちにできる自信があった──しかし、『魔皇帝』は別だ。


 魔族としての次元が違う。



「アーバルデンは、ピカロ・ミストハルトが殺したはずでは……?」

「真実はどうだっていい……! あれがアーバルデンだろうが偽物だろうが、俺たちは王国立騎士団。国王陛下をお守りするだけだ!」

「はい!」



 空を覆う無数の影。記憶に新しい地獄絵図が、人々の脳裏を駆け巡る。


 王都各地から悲鳴が上がり始めた。混乱は避けられないだろう。少なくとも王国立騎士団としてできることは、国王を守ること──命には優先順位があるのだ。


 人波を掻き分けて走る2人。やがて国王城前の広場に着くと、そこにはヴァーンとカノンがいた──そして。



「久しぶりですね、人間たち」

「アーバルデン……!」



 剣を構えたヴァーンと、拳を構えたカノンの正面には、『魔皇帝』アーバルデン・シンス・ザルガケイデン、その人がいた。



「……ノッチ、アンサイア!」

「だ、団長……!」

「安心してください。私はヴァーンとカノンに会いに来たのであって、他の人々に危害を加えるつまりはありませんから」

「ならば何故、今も王都から悲鳴が止まない!?」

「あちゃー、これは一本取られましたね」

「ふざけるなアーバルデン!」



 5年前、『アーバルデンの悪夢』と呼ばれた王都襲撃事件においても、アーバルデンの分身が無数に降り注ぎ王都を襲った。


 本体を倒さなければならないということで戦闘も長引き苦戦していたところ、ピカロとシェルムが本体を討伐したことで事件は終息したのだ。


 おそらくは分身よりも本体が強い──そして今、ここにいるアーバルデンは本体である可能性が高かった。


 素人が見てもわかる……今も町中で暴れている奴らとはオーラが違うのだ。


 しかしまたこれは大きなチャンスでもある。


 余裕綽々で本体が現れたものの、その目の前にいるのは人類最強と言っても過言でない2人。


 今、王都でアーバルデンを倒せるのは、この2人しかいない。


 ──アーバルデンは言葉通り、ノッチとアンサイアに手を出すつもりがないらしいのを察して、アンサイアがヴァーンの元へと走り寄る。


 アーバルデンに聞かれないよう囁いた。



「スノウさんは今どこに?」

「国王城の中だ。城全体を包む防御魔法を、絶えず張り続けている」

「わかりました──俺に考えがあります。アーバルデンを、逃がさない罠を仕掛けます」

「……俺は何をすればいい?」

「10分……いや、5分だけ時間を稼いでください」

「わかった。まぁ、ここでアーバルデンを殺してしまうかもしれないがな」

「それが理想ですね。では団長、頼みますよ」

「任せろ、アンサイア」



 長年の信頼をその肩に乗せ、アンサイアは国王城へと向かっていく。ノッチも、戦闘の邪魔になるといけないのでアンサイアについて行った。



「作戦は整いましたか、ヴァーン?」

「今夜の夕食を相談していたところだ……アーバルデン、お前を殺した祝いのな」

「威勢がいいですね。まぁニクスの弟子らしいと言ったところでしょうか。……さてカノン、久しぶりですね」

「話しかけるんじゃないわよクソ野郎」

「……いつからそんな女性みたいな話し方になったんです? 前回の大戦の時に見たあなたは、もっと男らしい雰囲気でしたけど」

「オカマが最強だって気づいただけよ」

「……そ、そうですか」



 おちゃらけていたアーバルデンだったが、2人がとうに戦闘態勢に入っているのを感じ、ゆっくりと殺意を纏った。


 肌を刺す緊張感。この2人でもなければ、立っていることすら苦痛だっただろう。



「……殺す前に聞いておくが、アーバルデン。なぜわざわざ本体のまま姿を現した?」



 王都を襲撃するだけなら大量の分身で十分だ。一方で、仮に国王の命を狙うのならば、アーバルデン1人では難しいだろう。ヴァーン、カノン、スノウを同時に相手取るのはあまりに危険だ。


 1人で攻め込んできたのに、本体も戦場に立つ合理的理由がない。


 アーバルデンはニヤリと笑って、“本音”を言う。



「──暇だからですよ」



 黒影、消失。背筋を凍らせる極寒の殺意に、カノンが異次元の反応をみせた。



「おや、強くなりましたね」



 2人の背後に現れたアーバルデンの魔爪まそうを、正面から殴り砕くカノン。


 剣と魔法が跋扈ばっこする世界で、拳を武器に渡り合う男(心は女?)の実力は伊達ではない。


 ──再び視界から消えるアーバルデン。数瞬後、カノンはしゃがみ込むように頭を下げた。


 空間を裂いたかのように現れたアーバルデンの爪が、今さっきまでカノンの頭があった場所を薙いだ──のと、同時。



「オラァッ!」



 タイミング良く振るわれたヴァーンの大剣。間一髪で反応したアーバルデンの肌をかすった。


 体勢を崩す魔皇帝に、カノンの拳が迫る。下から突き上げられた拳を魔爪で受け止めるも、可視化された衝撃波が全身を襲う。


 歪む空間。到底、人の為せる業とは思えない威力で吹き飛ばされるアーバルデン。



「思ったより強いですね……!」



 空中で急旋回。両手をかざし、魔力を込めた。


 極上の火炎魔法が、国王城前広場を丸焼きにする。最上級魔族の魔法は常識の外にあるのだが──2人には通じない。


 迫る炎を拳で殴り消したカノンと、なぜか燃えていないヴァーン。距離を取ったアーバルデンが訝しげに目を細めた。



「……カノンはわかります。衝撃波で炎をかき消したのでしょう? しかしヴァーン、あなたは何をしたんですか?」

「何もしていない」



 ヴァーンは堂々と剣を構える。



「俺は魔法など“信じていない”。この世に斬れないものもないし、剣に勝るものもない。魔法などと言うまやかしには頼らない──だから、俺は“燃えない”」

「む、無茶苦茶ですね」

「こいつに常識は通じないわよ。こいつには魔法の才能がないのだと思っていたけど……むしろ、多分、こいつは魔法という存在から守られてる」

「意味がわかりません」

「分からなくていい──すぐに死ぬのだから」



 ヴァーンが地面を蹴る。


 魔法が通じない以上、直接、その手で殺さなくてはならない。


 しかし近距離で感じるヴァーンの圧力──アーバルデンの想像を遥かに上回る死の予感。



「こ、これは逃げたほうが良さそうです」

「逃がさん!」



 ヴァーンの剣撃をギリギリで避けるアーバルデン。しかし背後に迫るカノンの拳を見て、引き際を悟った。



「調子に乗って本体で来ちゃいましたけど、やっぱり帰ります。いやぁ最近の若い子は強いなぁ」



 次元の狭間に吸い込まれるように、アーバルデンの身体が渦巻きと化して消えた。


 ヴァーンの剣と、カノンの拳が空を切る。



「転移魔法……やっぱり魔族ってズルいわよね」

「まぁ逃げられないだろう──アンサイアがいるからな」




 ──魔力粒子と化して亜空間を移動するアーバルデンだったが、王都の空で“何か”にぶつかり、思わず墜落する。


 衝撃と負荷に耐えきれず実体化したアーバルデン。何かの壁にでもぶつかったような感覚に混乱を覚えていると……。



「掛かったな、魔皇帝」



 背後には、『山砕き』。


 アンサイア・リーゲルトの剣が、無慈悲に振り下ろされて──



「有能過ぎるのも考えものよね」



 ピタリと、アンサイアの動きが止まる。1ミリたりとも動けないアンサイアが、驚愕の表情で隣の少女を見る。


 金髪金眼の美少女が、アンサイアに魔法をかけていた。



「ノ、ノッチ……お前……!」

「人間風情が、あたし様を呼び捨てにするな」



 ノッチが手をくるりと回すと、連動するようにアンサイアの首が捻り回され、千切れて取れた。


 地に落ちた首を蹴り飛ばすノッチに対し、アーバルデンは警戒を解かない。助けてくれたようだが、敵か、味方か?



「転移魔法を無効化する魔法障壁でアーバルデンを囲い込む──そんな発想をするアンサイアも、それを当たり前のように実現してみせるスノウもやっぱりイカれてるわ」

「魔法障壁……」

「亜空間を強制的にシャットアウトして、その出口を1つに絞る。そして出口で待ち伏せていたアンサイアがトドメを刺す……即興で作った作戦にしてはべらぼうな完成度よね」

「……君は一体……?」



 アーバルデンに睨まれるも一切怯まない金髪美少女は、楽しげに見下ろして笑った。



「あたし様はノチノチ・ウラギル──あんたと同じ、ピカロ・ミストハルトの協力者よ」




────✳︎────✳︎────




「……誰?」



 最初に気づいたのは、イデア・フィルマーだった。


 静寂が支配する戦場に、ポツリと佇む人影。いつのまにかそこにいたそれを、訝しげに見つめる。


 闇を舐めるような艶かしい黒髪。鋭利で長い睫毛まつげに、整った目鼻立ち。恐怖すら感じさせる美少女が、そこにいた。



「君たちは邪魔だから、どこか行ってて」



 美少女は、傷ついて倒れるリードと、座り込むテテにそう言った。どうやら2人の敵ではないらしい。


 言葉にならない恐怖を感じたテテは、リードを背負って駆けていく──テテにとって、イデアも、謎の美少女も、同じくらい意味不明な敵だ。


 少なくとも今は、リードの救命を優先すべきである。


 2人きりになると、美少女はイデアをじっと見つめる──品定めでもされているかのような不快感に、イデアは眉をひそめた。



「退屈凌ぎにはなりそうな魔族がいたから来てみたけど……そんなに強くなさそうだ」

「何者なの……あなた」

「──殺してから答えてあげる」



 美少女の放つ殺気に、イデアは極限まで緊張感を高める。


 可視化された死を感じ取り、即座に攻撃を開始。暗黒の光線を美少女目掛けて放った。


 光速の殺人魔法。誰も逃れられない死の黒線──



「弱い」



 美少女が剣を抜く。白銀の刀身が煌めいた刹那、イデアの暗黒光線は紙切れみたく斬られて消えた。


 霧散する魔力。即座の追撃もことごとく斬り払われる。


 思考が追いつかないイデア──全身を駆け巡る激痛で、攻撃されたことに気がついた。



「な……!?」

「まだ弱いけど……発展途上って感じだね。来世に期待しよう」



 訳も分からないまま、眼前に迫る死。気がつけば魔法は無力化されていたし、気がつけば美少女は目の前にいた。


 気がつけば上半身を斜めに斬られていたし、気がつけば剣はイデアの首を──



「──ちょっと待ちなよお嬢ちゃん」



 美少女の腕を掴んだのは、汗だくのピカロ・ミストハルトだった。


 全速力で空を駆けてきた甲斐もあって、どうにか間に合ったらしい。



「やっと来たね、ピカロお兄ちゃん」

「おお、美少女にお兄ちゃん呼びされると勃起しちゃうよぉ」

「ピカロ・ミストハルト……!」



 混乱の最中にいるイデア。


 謎の美少女が現れたかと思えば、急に殺されかけて、そしたらピカロが助けにきた──意味不明である。


 ピカロは力強く美少女の細腕を掴んで離さない。



「イデアさんは一応、この物語のヒロイン候補だからさ……まだ殺さないでよ」

「この女は、ピカロお兄ちゃんのお気に入りなの?」

「まぁね。だから剣を降ろしてくれないかな、お嬢ちゃん。いや、こう呼んだ方がいいかな──」



 なびく黒髪に見惚れるように、いやらしく目を細めたピカロが、美少女に囁いた。



「──ノアライエ・アルドレイド第一王子」



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